97話 赤龍討伐
取引は成立した。決戦は明日。
ショウたちはギルドの奥にある作戦会議用の円卓を囲み、ガルドが広げた羊皮紙の地図を食い入るように見つめていた。
「いいか、まずは地形とフォーメーションの確認だ」
ガルドの指が地図の一点、切り立った崖に囲まれた窪地を指し示す。そこが赤龍の巣だ。
「赤龍の巣は断崖絶壁の下にある。一頭の赤龍が眠っているはずだ。作戦はこうだ。まず、ガルド、ゴードン、アリナの近接チームは、気配を殺して崖下へ降り、突撃の準備を整える。その間、ショウとエマ、お前ら二人は崖の上から待機だ」
ガルドの鋭い目がショウとエマを射抜く。
「合図と共に、上からありったけの魔法を寝ている赤龍にぶち込め。先制攻撃で奴の機先を制する。魔法が着弾すると同時に、俺たちが下に斬り込む。中間距離には弓のアエラが控え、俺たちのサポートと周囲の警戒に当たる」
「魔法を撃ち終わった後はどうすればいいですか?」
ショウが尋ねると、ガルドは力強く頷いた。
「近接戦が始まったら、お前らも崖を降りてアエラと合流しろ。そこからは中距離から状況を把握しつつ、魔法で俺たちの援護だ。奴の武器は火属性のブレスと、岩をも砕く鋭い爪。ブレスが来たら、ショウかエマ、お前らの『ウォーターウォール』で防いでくれ。俺たちは奴のターゲットが魔法チームに行かないよう、死ぬ気で壁になる。……この作戦で行く。異論はないな?」
全員が覚悟を決めた顔で頷いた。
作戦の精度を高めるため、彼らは「練習台」として、近隣の森で農作物を荒らしているオーガの討伐依頼を受けることにした。
森の奥、巨大な棍棒を手にした三体のオーガが姿を現す。
「よし……シミュレーション通りに行くぞ!」
ガルドの合図で、パーティが連動するように動き出した。
「エマ、行くぞ! ――ライトニングボルト!」
「任せろ! ――ブラストレイヴ!」
崖の上(に見立てた高台)から放たれた魔法が、オーガの頭上で炸裂する。悲鳴を上げるオーガたちに、ガルドとアリナが左右から肉薄し、中央からはゴードンの巨大な盾が突進した。
「ハァッ!」
アリナの剣が、ひるんだオーガの足を正確に切り裂く。
「うおおおお!」
ゴードンがオーガの反撃を盾で弾き返し、生じた隙にガルドの双剣が喉元を貫いた。
その間、アエラは十数メートル後ろから、魔法チームを狙おうとする別のオーガの目に矢を射込み、完璧な援護を見せる。
ガルドの指示は常に的確で、無駄がなかった。
「ゴードン、右を抑えろ! アリナ、そのまま回り込め! ショウ、次が来るぞ!」
驚くほどスムーズな連携。わずか数分のうちに、森を恐怖に陥れていたオーガたちは物言わぬ肉塊へと変わっていた。
「ふぅ……。お前たち、なかなかやるじゃねーか!」
剣の血を拭いながら、ガルドが満足そうに笑った。
「これなら明日、赤龍相手でもいけそうだな」
「あたぼーよ! この大魔法使いエマ様に任せなさーい!」
エマが腰に手を当てて高笑いする。
「ガルドさんたちの指示が的確で、本当に戦いやすかったです。急造パーティとは思えないくらい、連携もうまくいきましたね」
ショウが率直な感想を伝えると、厳しい表情を崩さなかったアエラも、少しだけ口角を上げた。
「……フン。お前ら、やるじゃないか少しは見直したよ」
「みんな、怪我はないか? 明日が本番だからな、無理はするなよ」
ゴードンが優しい顔で一人一人に声をかける。アリナも、実戦での手応えに安心したのか、「はい! 明日、絶対に頑張りましょう!」と元気に答えた。
演習を終えた一行は、ギルドに戻り、賑やかな夕食のテーブルを囲んだ。
酒場の喧騒の中、ガルドがかつての仲間の思い出話を語り、エマが自慢話でそれを遮り、ゴードンが笑いながら肉を頬張る。アリナとアエラも、いつの間にか武器の手入れの仕方について話し込んでいた。
「いいか、明日は必ず赤龍を倒して、仲間の仇を討つ。そして、ショウ。お前のダチの居場所を突き止める。……全員、生きて帰るぞ!」
ガルドが掲げたジョッキに、全員の器が重なり、乾杯の音が響く。
ショウは、師匠であるジラードとの約束を破ることへの不安は、今はガルドたちの熱い信頼と、レンへの希望によって塗り替えられていた。
「明日……必ず勝つ」
夜の帳が下りるアイアングローリーの街で、六人の戦士たちは、それぞれの決意を胸に、静かに眠りにつくのだった。
翌朝、アイアングローリーの巨大な城門の前。朝靄が立ち込める冷たい空気の中に、六人の影が集まった。
「おーーい、こっちだ! 遅れずによく来たな!」
快活な声を上げたのは、既に装備を完璧に整えたガルドだった。朝日を浴びて短髪の金髪が眩しく光り、その鋭い瞳には決戦を控えた高揚感が宿っている。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
ショウが短く一礼すると、エマとアリナもそれぞれの武器を手に並んだ。
「よろしくお願いします!」
「ふふん、このエマ様に任せなさい! 龍だろうが何だろうが、わしの魔力で塵にしてくれるわい!」
ガルドは頼もしそうに笑うと、腰のポーチから使い込まれた地図を取り出し、平らな岩の上で広げた。
「よし、予定通り赤龍の巣まで行くぞ。ここから街道を北上し、森を抜けた先にある『絶壁の窪地』を目指す。今の足なら半日程度で着くはずだ。だが、道中には凶暴な魔物も出る。一瞬たりとも気を抜くなよ」
「了解です」
ショウの返事を合図に、一行は城門を抜け、ガイスト大陸の荒野へと踏み出した。
道中、一行は警戒を緩めることなく歩を進めた。ガルドが先頭に立ち、周囲のわずかな物音にも耳を澄ませている。しばらく歩いていると、ガルドがふと肩の力を抜き、ショウたちを振り返った。
「いやー、しかし本当にお前らに了承してもらえて助かったぜ。この赤龍の討伐依頼、実は報酬が跳ね上がっててな。他の腕利き冒険者たちに横取りされそうになってたんだ。もし先に倒されちまってたら、俺らも仲間の仇を討つ機会を永遠に失うところだった……。危なかったぜ。本当に、ありがとうな」
その言葉には、リーダーとしての責任感と、亡き仲間への深い情愛が滲んでいた。普段は不敵に笑うガルドが見せた、少しだけ弱気で、それでいて真っ直ぐな本音だった。
「いえいえ。まだ討伐が終わったわけじゃありませんよ」
ショウは前方の道を見据えながら、静かに、しかし力強く応じた。
「お礼なら、全部終わってからたっぷり聞かせてください。今はただ、全力で頑張りましょう」
「……ああ! 違いねえ。全くだ!」
ガルドは照れくさそうに笑い、再び前を向いた。
その後、数時間の行軍の中で何度か戦闘が発生した。現れたのはゴブリンの群れや、一つ目の巨人サイクロップスだった。ルミナ大陸で見た個体よりも一回り大きく、強力だったが、ガルドたちの指示は完璧だった。
ゴードンが盾で突進を防ぎ、アエラが急所を射抜き、ガルドがトドメを刺す。ショウたちもその流れに自然と溶け込み、苦戦することなく道を切り開いていった。
やがて一行の前に、視界を遮るような広大な浅瀬の川が現れた。
水は透き通っており、川底の石がはっきりと見える。水量はそれほど多くはないが、対岸までの幅はかなり広い。
「この川を横断して、あの森の中に入れば奴の巣はすぐそこだ」
一行は一列になり、ジャブジャブと音を立てて川へと入り出した。今の時期は水が少ないらしく、水深は膝の下ほどしかない。しかし、足元は滑りやすい苔の生えた岩ばかりで、一歩一歩に注意が必要だった。
川の真ん中付近まで差し掛かった、その時だ。
「…ゴドゴドゴド……!!」
不気味な重低音が、川底から響いてきた。
「なんだ……? 地震か?」
ショウが足を止める。
「な、何!? 岩が動いてる……!?」
アリナが指差した先。川の中央に鎮座していた巨大な、苔むした大岩が、重力に逆らうように浮き上がり、互いに組み合わさり始めた。
「みんな、戦闘態勢だ!!」
ガルドの怒号が響く。
「こ、こいつ……まさか!」
アエラが矢を番え、後ずさる。
「ゴーレムだな……。それもただの石ころじゃねえぞ」
ゴードンが巨大な盾を構え、重心を低くした。
音を立てて組み上がった岩は、やがて太い腕と脚を形成し、一行を見下ろすような巨大な人型へと変貌した。顔に当たる部分には、魔力の光を宿した二つの穴が空き、不機嫌そうにショウたちを睨みつけている。
川底の石や砂を巻き込みながら、立ち上がった巨像が川の水を激しく跳ね上げる。
「ゴーレムだ! かなりでかい個体だぞ、注意しろ!!」
ガルドの警告と同時に、巨大な岩の拳が振り上げられた。水しぶきが舞い、川の静寂は一瞬にして戦場の咆哮へと塗り替えられた。ショウたちは足元の不安定な水流の中で、自らの武器を固く握り締めた。




