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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第2章:再会編

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92話 要塞都市アイアングローリー

小屋を出て数分、赤茶けた土を踏みしめながら森の中を進むショウの足取りは、どこか重かった。ジラードを先頭に、一行は薄暗い原生林の合間を縫うように歩いていく。


「……ジラード様、なんだか体がだるいというか、妙な違和感があるんですけど」


ショウが胸のあたりをさすりながら漏らすと、隣を歩いていたエマも大きく頷いた。


「おお! ショウもか! 私もさっきから思ってたんだ、空気が肌にまとわりつくみたいで、なんだか気持ち悪いぞ」


ジラードは足を止めずに、事も無げに答える。


「ふむ、やはり気づいたか。ガイスト大陸はルミナ大陸に比べて魔素が少し濃くてな。お主らのような魔法使いは特に敏感に感じるんじゃよ。……まあ、慣れない大魔法を無闇に使わなければ、すぐに適応できるじゃろう。だがエマよ、お主の魔眼は少し使いにくくなるかもしれん。感覚が微妙に狂うから、今のうちに慣らしておけ」


「ラジャー! なるほど、視界にノイズが走るような感じはそれのせいか」


エマは片目を細め、瞬きを繰り返しながら魔力を調整し始めた。

ショウはジラードの解説を聞きながら、一つの疑問を口にする。


「それって……ガイスト大陸へ行く転移魔法陣を、ルミナ大陸に直接設置しなかったこととも関係があるんですか? 考えると、ルミナ大陸にさえあれば、わざわざレテ島に中継地点を作る必要もなかったんじゃないかと……」


「ほう、勘が鋭いのう。半分正解じゃ」


ジラードは振り返り、少しだけ得意げに指を立てた。


「確かにルミナに設置すれば手間は省ける。だがお主が言う通り、魔素の濃度が違う場所同士の転移は、距離が遠くなればなるほどコントロールが極端に難しくなるんじゃ。座標のズレを防ぐため、ちょうどいい距離と魔素のバランスを保てるレテ島を中継地点にしたというわけじゃな」


「なるほど……。魔素の違いと距離の問題で、魔法の精度が落ちるのを避けるためだったんですね」


ショウは納得し、改めて賢者としてのジラードの計算深さに感心した。……が、ジラードの口角が卑猥に釣り上がったのはその直後だった。


「それに、レテ島に行けば、あのみちみちに詰まった可愛いお姉ちゃんのボインが拝めてたまらんのじゃ……! うへへへ、あの揺れは魔素の揺らぎより重要じゃわい」


「……変態よの。一気に尊敬の念が失せたぞ」


エマが冷たい視線を送り、アリナも「あはは……」と力なく苦笑いして顔を伏せる。

ショウは深くため息をついた。魔素の重圧よりも、師匠の業の深さの方がよほど胃にくる。


森を抜け、赤茶けた平野を横切るにつれ、その威容は空を分断するように迫ってきた。

目の前にそびえ立つのは、幾重にも塗り重ねられた鉄板と、数多の魔術攻撃を弾き返してきたであろう黒ずんだ巨石で築かれた、絶壁のような外壁。見上げるほど巨大な鉄の門が、地響きを立てて開閉し、重厚な鎖の音が辺りに響き渡っている。

門をくぐり抜けた瞬間、ショウは思わず息を呑んだ。


「す、すごいですね……街ひとつが、まるごと武器みたいだ。王都の華やかさとは、正反対の迫力を感じます」


「すごいの! すごいの! かっこいいな、あのトゲトゲした屋根とか!」


エマが目を輝かせ、アリナも「本当に……『鉄壁』って言葉がぴったり。それに、人がすごく多いね!」と圧倒されたように周囲を見渡す。

アイアングローリーの街並みは、中央に鎮座する巨大な主城を頂点として、緩やかな螺旋状の坂道が上へと続いていた。

街全体が中央にそびえ立つ漆黒の主城を頂点とした巨大な円錐状の構造になっており、なだらかな坂道が螺旋を描くように上へと続いている。建物はどれも装飾を一切削ぎ落とした無骨な石造りで、窓には例外なく頑丈な鉄格子が嵌められていた。屋上には胸壁が設けられ、有事の際には街路そのものが敵を迎え撃つ巨大な殺戮陣地へと変貌するよう設計されている。


「この坂道はな、ただの道ではないぞ」


ジラードが杖で上方を指しながら、教え子たちに軽く解説を加える。


「万が一門を突破されても、上から一方的に矢や魔法を浴びせられるよう計算され尽くしておる。機能美の極致というわけじゃな」


街の至る所にある鍛冶場からは、絶えず「キン! キン!」と火花を散らす槌の音が地鳴りのように響き、石炭の黒い煙が空を薄暗く染めている。鼻を突くのは、潤滑油と焼けた鉄、そして大勢の活気が混じり合った重厚な匂いだ。

行き交う人々もまた、ルミナ大陸とは根本的に異なっていた。


「……本当に、魔族が普通に生活してるんだ」


ショウが驚きを隠せずに呟く。

荷車を引く筋骨隆々のオーク、露店で値切る牛頭の魔族、鋭い角を光らせて談笑する魔族の戦士たち。彼らが人間と肩を並べ、当たり前のように武器屋で品定めをし、酒場で杯を交わしている。敵としてではなく「住民」として存在する魔族の圧倒的な多様性に、ショウはここが本当に未知の大陸なのだと、肌に刺さる熱気を通じて実感した。


「ほれ、呆けておらんで行くぞ。まずは情報収集じゃ。ギルドや酒場なら、何かしら手がかりがあるはずわい」


ジラードの言葉に促され、一行は鋼の匂いが立ち込める要塞都市の喧騒へと足を踏み入れた。この巨大な鉄の迷宮のどこかに、レンがいるかもしれない。ショウは期待と緊張を胸に、賑わう大通りを突き進んでいった。


ギルド、酒場、武器屋……。一行は手分けして、石造りの街並みを隅から隅まで歩き回った。


「青色の鎧を着た、逆立った金髪の男を知らないか? 女一人と男二人の三人パーティなんだが……」


ショウは何度も同じ問いを繰り返したが、返ってくるのは「そんな特徴の奴はこの街にゃ腐るほどいるよ」「青い鎧? どこの騎士団の話だ?」といった、つれない返答ばかりだった。数時間が経過し、再び合流した仲間たちの顔にも、確かな収穫がないことへの焦燥が滲んでいた。


「……やっぱり、この広さで人伝てに探すのは限界があるのかな。こうなったら、エマの魔眼に頼るしかないですかね」


ショウが肩を落として呟くと、ジラードは渋い顔で首を振った。


「うむ……だが、まだガイスト大陸の魔素に馴染んでおらん今の状態で無理をさせれば、エマの眼にどんな負荷がかかるか分からん。もう少し、この街の空気に体を慣らしてからじゃな」


その時だった。

街の入口にあたる大門の方から、重々しい蹄の音と、鎧が擦れ合う金属音が波のように押し寄せてきた。


「なんだ……?」


大通りを埋め尽くすようにして、外から兵士たちの集団が戻ってきたのだ。

しかし、それは「凱旋」と呼ぶにはあまりに痛々しい光景だった。先頭を行く騎馬隊の鎧には無数の斬り傷や凹みが刻まれ、後方に続く歩兵たちは泥と乾いた血にまみれ、疲れ果てた様子で城へと続く坂を力なく登っていく。包帯を巻いた腕を吊り、仲間に肩を貸されながら歩く者の姿も少なくない。

街の活気は一瞬で引き、静まり返った群衆の間を、死線を越えてきた者特有の鉄錆と血の匂いが通り過ぎていく。


「ジラード様……あの人たちは?」


「……あれは、魔族との戦いから帰還した精鋭部隊じゃろうな。ガイスト大陸では、こうした小競り合いが日常茶飯事じゃ。そこへ駆り出されていた兵士たちが、ようやく戻ってきたというわけじゃな」


「魔族との……戦争、ですか?」


ショウが問い返すと、ジラードは遠くの空を見上げるように目を細めた。


「いや、国を挙げた全面戦争というほどではない。だが、人間を極端に嫌う魔族の軍勢がおってな。そ奴らと、魔力を蓄える希少な鉱石や肥沃な土地といった『資源』を巡って、争いが絶えんのじゃ。奪い、奪われ、そのたびに誰かの血が流れる……。この大陸では、それが当たり前の景色なんじゃよ」


ジラードの言葉を聞きながら、ショウの胸の奥に、苦い既視感が込み上げてきた。


(……結局、この世界でも変わらないのか)


前世の記憶が脳裏をよぎる。教科書に書かれていた、石油や領土を巡る数多の戦争。大義名分を掲げながらも、その根底にあるのは飽くなき欲望と資源の奪い合いだった。文明が進み、世界が変わっても、生きるための「糧」を巡る対立という本質からは、人間も魔族も逃れられないのかもしれない。

傷ついた兵士たちが坂を登り、要塞の奥へと消えていく。その背中を見つめながら、ショウはこの「鉄壁」の街が、なぜこれほどまでに強固で、そして重苦しいのかを、ようやく理解し始めていた。

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