表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第2章:再会編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/116

90話 島の朝

「……終わったのう」


ジラードが静かに振り返り、杖をトントンと地面に突いた。その穏やかな声が響いた瞬間、張り詰めていた空気が一気に解け、エマとアリナの顔に安堵の笑顔が広がる。


「流石だな、ジラード」


ジルが刀の血を払い、鞘に収めながら呟く。


「あとは海賊の残党どもじゃな。島の兵士や冒険者も奮闘しておるようだが……。お主ら、まだいけるな?」


ジラードの問いに、ショウ、エマ、アリナの三人は力強く頷いた。


「はい!」


その時、瓦礫の影から一人の男が調子よく駆け寄ってきた。


「旦那ぁー! いやー、皆さん、すっげぇ戦いでしたね! 痺れましたよ!」


レイヴだ。彼はいつの間にか、変異が解けて力なく横たわるバロスとティーチの元へ歩み寄っていた。怪物の姿から一転、ただのボロボロの人間に戻った二人の頭に、レイヴはそっと手を添える。


「レイヴさん、何をしてるんですか?」


ショウが不思議そうに尋ねると、レイヴはニヤリと笑い、指先から細い魔力の糸を二人のこめかみへと伸ばした。


「へへ、俺はね、意識を失ってる奴の記憶を覗ける魔法が使えるんすよ。この『記憶の剥離』が、情報屋としての俺の生命線ってわけっす」


「ほう……。器用な真似をする奴じゃ」


ジラードが感心したように見守る中、レイヴの瞳が妖しく光る。


「これで『奇跡の液体』の出どころが掴めるかもしれねぇ……。ん、んん? これじゃねぇな……。お、これか!? ……な、なんだ……こいつ……。なんて悍ましい姿だ……」


レイヴの顔から余裕が消え、蒼白になっていく。彼の脳裏には、複数の生物の臓腑を繋ぎ合わせ、粘液に塗れた巨大な培養槽の中で蠢く「何か」のビジョンが映し出されていた。


「……『混血のベサリズ』じゃろうな」


ジラードが重々しく口を開く。


「さっき、ナレッジが言っていましたね。ベサリズって……」


「ベサリズは大魔族の一人。その液体は、おそらく奴が進めている禁忌の実験の副産物じゃろう。ナレッジであれほどの力を持っておったのなら、その主であるベサリズの底は知れん」


(ナレッジ以上の化け物が、まだ背後にいるのか……)


ショウは、世界の深淵を覗き込んだような寒気を感じた。


「……ま、今は考えるより動くことじゃ。まずは街の残党を掃除してこい。ほれ」


ジラードが杖を振ると、柔らかな黄金色の光がショウたち三人を包み込んだ。


「……っ!?」



細胞の一つ一つが活性化し、激痛も疲労も、嘘のように消えていく。内側から熱い魔力が、これまで以上にみなぎってくるのが分かった。


「行ってきます!」


回復したショウたちは、夜の街へと駆け出した。その背中を見送りながら、ジラードは険しい表情で、ナレッジが消えた場所をいつまでも見つめていた。


東の空が白み始め、激闘の余波が残るレテ島の街に冷たい朝霧が立ち込めていた。

一通り残党を制圧し、縛り上げた海賊たちを島の兵士に引き渡したショウたちは、ようやく深く長い息を吐き出した。街の被害は決して小さくはなかったが、最悪の事態――島そのものの壊滅や住民の大量虐殺――は免れたのだ。


「……まずは、ひと段落ですね」


ショウが杖を杖代わりにして、疲労の滲む声で言った。


「ふん、海賊どもめ。死に物狂いだったが、我らの敵ではなかったな!」


エマが強がってみせるが、その肩は激しく上下している。


「流石に……もう一歩も動けないくらい疲れたよ……」


アリナも力なく笑い、ジルの背中に隠れるようにして歩く。


「あとは島の連中に任せればよかろう。我らの役目は果たしたわい」


ジラードが穏やかに微笑むと、ジルが隣で歩調を合わせながら問いかけた。


「ジラード、例の『ガイスト大陸』への転送魔法陣の準備はどうだ?」


「おお、そうであった。無事に調整は終わったぞ。いつでも飛べるわい」


「本当か! 案外早かったな!」


エマが目を輝かせ、アリナも「ヴィヌスラリーの賞金もあるし、旅路の蓄えはバッチリだね」と、久々に明るい声を上げた。


「ほう、お主ら、あの大会で優勝したのか? はっはっは、やるのう!」


ジラードの豪快な笑い声に、ショウも少しだけ誇らしい気持ちになり、安堵の表情を浮かべる。


「……では、出発できますか?」


「ああ、いけるぞ」


ショウは心からホッとした。


「なら、あとは兵士たちに任せて宿に戻りましょう。もう、くたくたです……」


「そうじゃのう。これ以上派手に目立っても、島から消えるときに怪しまれるからの。船も使わずに有力な優勝者たちが忽然と姿を消したとなれば、あらぬ疑いをかけられかねん」


ジラードの言葉に、ショウはハッとした。確かに、優勝して有名人になった今、自分たちが「どう消えるか」は慎重にならなければならない。魔法陣の存在は、決して他人に知られてはならない極秘事項なのだ。

一行が重い足取りで宿への道を進み始めた、その時だった。


「旦那たちーー!!」


背後から、聞き慣れた軽薄な声が響く。振り返ると、レイヴがひらひらと手を振りながら駆け寄ってきた。


「戻るんすか? 宿までお見送りしましょうか?」


「いえ……流石に疲れましたし、自分たちだけで大丈夫ですよ」


ショウが苦笑いして断ると、レイヴは一瞬だけ表情を緩め、殊勝な顔で頭を下げた。


「そうですか……。旦那たちには、船の時から色々助けられました。感謝してるっすよ!」


そして、レイヴはすれ違いざま、ショウの耳元に顔を寄せた。

その声は、これまでの軽薄さが嘘のように低く、鋭かった。


「……ガイスト大陸へ行くなら、気をつけてくだせぇ。魔族たちが、かなり不穏な動きをしてるみたいっすからね……」


「……えっ?」


ショウが驚き、問い返そうとした時には、レイヴはもう数歩先で陽気に手を振っていた。


「じゃ! 気をつけて!」


「待って、レイヴさ――」


ショウが呼び止める間もなく、レイヴは夜の街の影に溶け込むようにして、忽然と姿を消した。


(……おかしい。あいつに『ガイスト大陸』へ行くなんて、一言も言ってないはずだ……!)


ショウは慌てて辺りを見回したが、そこにはもう、静まり返った街路があるだけだった。

振り向いたショウの背筋に、冷たい汗が流れる。

あの男は何者なのか。そして、なぜ自分たちの目的地を、教えもしない情報を握っているのか。


「……ショウ、どうした?」


ジルの声に我に返り、ショウは首を振った。


「……いえ、なんでもありません。行きましょう」


口ではそう答えたが、ショウの胸の中には、レイヴが遺した不気味な警告が、おりのように深く沈み込んでいた。

昨夜の喧騒が嘘のように、宿の主人は涙を浮かべてショウたちを迎えてくれた。


「ああ、無事だったか……! 本当に、本当によかった……」


主人の安堵した顔を見て、ショウもようやく心の底から「生き残った」ことを実感した。

部屋に戻ると、糸が切れたように意識が遠のいた。泥のように重く、深い眠り。ジラードの回復魔法で傷は癒えていても、精神的な摩耗までは拭いきれなかったのだ。


次に目を覚ました時、視界には柔らかな黄金色の陽光が差し込んでいた。

窓からは潮の香りを孕んだ海風が入り込み、カーテンを静かに揺らしている。


「……寝すぎたな」


昨夜の血生臭い戦いも、ナレッジの不気味な予言も、すべてが遠い夢の中の出来事のように思えるほど、穏やかな朝だった。ショウは重い体を起こし、身なりを整えて部屋を出た。


「あ! ショウ、おはよ! ぐっすりだったみたいだね」


廊下では、すでに旅の支度を終えたアリナが待っていた。その顔にはいつもの活気が戻っている。


「……おはよう、アリナ。みんなは?」


「エマなら、さっき起こしにいってきたよ。ベッドから落ちたまま爆睡してたから、起こすの大変だったんだから!」


アリナは可笑しそうに笑いながら、エマの寝相の悪さを語る。その日常的な光景に、ショウの心も少しだけ軽くなった。


「ジラード様とジルさんは、もう準備を終えてるって。予定通り、今日出発するよ。ガイスト大陸へ向かう魔法陣を使うから、もう目立ったことはするなって釘を刺されちゃった」


「……わかった。僕もすぐに準備するよ」


数時間後。正午を回り、太陽が天頂を過ぎた頃。

一行は目立たないように宿を後にした。

目指すのは、レテ島の中心部にそびえる険しい山の麓。そこにはジラードが密かに管理している隠れ家があり、大陸へと繋がる転送魔法陣が刻まれているという。


「ふわぁ……。まだ眠いぞ……。誰だ、こんな時間に歩こうなんて言ったのは……」


エマが杖を杖代わりにして、ふらふらと夢遊病者のように歩いている。


「エマ、しっかりしてよ。もう街を抜けるんだから」


アリナが呆れながらその背中を押し、一行は賑やかな港町を離れていった。

石畳の道はやがて土の匂いが漂う獣道へと変わり、周囲を深い森林が包み込んでいく。

木漏れ日が揺れる静かな森。鳥のさえずりと、自分たちの足音だけが響く中、ショウはふと、去り際にレイヴが囁いた言葉を思い出していた。


(魔族が不穏な動きをしている……)


これから向かうのは、未知の地、ガイスト大陸。

そこには、自分たちがまだ知らない世界の真実と、さらなる深淵が待ち構えている。


「……よし」


ショウはグラウンドエッジの感触を確かめ、一歩一歩、確かな足取りで森の奥へと進んでいった。

木漏れ日が揺れる静かな森を抜け、視界が開けたその時だった。

目の前に、天を突くほどに巨大な山容が姿を現した。


(……そうだ。レイヴさんが言ってたな。あの山は、伝説の巨神が姿を変えたもの……「巨神グラン・アトラスの眠り山」だって……)


ショウは足を止め、その威容を仰ぎ見た。

ただの岩塊とは思えない、圧倒的な生命の圧力を感じる。山全体が、まるで巨大な肺胞のようにゆっくりと鼓動しているのではないか——そう錯覚した、次の瞬間。


ズギィィィィィィンッ……!!!


「っ……あ、がぁっ!?」


突如、頭蓋の内側を鋭い楔で打ち抜かれたような激痛がショウを襲った。

あまりの衝撃に膝から崩れ落ち、地面を強く掴む。視界が激しく明滅し、色彩が混濁していく。


「ショウ!? ちょっと、どうしたの!?」


「ショウ! しっかりして!」


アリナとエマが駆け寄り、何かを必死に叫んでいる。しかし、その声は厚い水壁に遮られたかのように遠く、霧の彼方へと消えていく。


(なんだ……これ……。意識が、吸い出される……)


感覚が麻痺し、上下左右の概念すら失われていく闇の中で。

物理的な「音」ではない、魂の芯を直接震わせるような重厚な声が響き渡った。


『……時が……満ち……ようとして……いる……』


脳裏に、見たこともない幾何学的な紋章が青白く浮かび上がる。

それは文字ですらなく、原初の魔力そのものが形を成したような光の羅列。


『……Ξ ψ Φ ……覚醒せよ…… Γ ρ ……』


(何を……言っているんだ……。誰なんだ……お前は……)


抗う術もなく、ショウの意識は深い、深い深淵へと沈んでいく。

アリナたちが伸ばした手の感覚さえも消え、ショウの身体は糸の切れた人形のように、湿った土の上へと倒れ伏した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ