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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第2章:再会編

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88話 ナレッジの企み

スパパパパパパパァーンッ!!!!!


一瞬。

文字通り一瞬だった。

空気を切り裂く高密度の魔力の刃が、目にも止まらぬ速さで降り注いだ。


「……え?」


次の瞬間、エマたちを貫こうとしていたティーチの触手が、数十もの断片となって地面に降り積もった。断面からは黒い血が噴き出し、ティーチが悶絶の咆哮を上げる。


「ジルさん……? いや、違う」


ショウが呆然と空を見上げた。

月を背に、夜空に静止する一人の男の姿があった。

ローブを棚引かせ、その全身からは周囲の空気を物理的に押しつぶすほどの、圧倒的な魔圧が放たれている。


「……遅くなったな、ショウ。少しは粘れたようじゃないか」


そこにいたのは、修行で何度も背中を追った、最強の師――ジラードだった。

燃え盛る町を包んでいた混沌とした空気は、彼の君臨によって物理的に押しつぶされ、爆音も悲鳴も、その圧倒的な存在感の前に一瞬にして掻き消える。

それは、理性を失い破壊の化け物と化していたバロスにとっても、本能的に理解できる「絶対的な上位存在」の到来だった。


狂ったようにジルへノコギリ腕を叩きつけていたバロスが、その動きをピタリと止める。焦点の合わない鮫の瞳が、恐怖に引き攣りながら、上空のジラードへと向けられた。

致命的な、あまりにも大きな隙。


「……俺を前にして、よそ見とは。随分と余裕だな」


ジルの冷徹な声が、凍りついた戦場に響く。

彼は刀を上段に構え、その切っ先を、硬直するバロスの首筋へと静かに向けた。

その瞬間、世界から音が消えた。

爆炎の揺らめきも、風の音も、鼓動さえも。

バロスがジルの気配を完全に見失った、その一刹那。


銀糸ぎんしの太刀」


抜刀の動作も、移動の軌跡も、斬撃の瞬間も。

その場にいた誰も、何が起きたのかを認識することはできなかった。

「認識」という事象が追いついた時、ジルはすでにバロスの遥か後方に立ち、静かに刀を鞘に納めるところだった。


「……カチリ」


鞘に刀が収まる音が、静寂を破る。


スパパパパパァーンッ!!!!!!!!


遅れて、バロスの巨体が崩壊を始めた。

首筋に、一条の、あまりにも細く、美しい「銀色の糸」のような光の線が走る。

その線が鮮烈に輝いた次の瞬間、鮫の頭部が、重力を無視するように宙へと高く舞い上がった。

断面からは、黒い血が噴水のように夜空へと噴き出す。

人外の力を得て、無敵の再生力を誇るはずだった「海魔」の巨体は、一太刀の銀閃によって自我も再生も許されず、そのまま崩れ落ちた。


静寂。

ジラードの威圧と、ジルの神速の斬撃がもたらした、圧倒的な「格の違い」による静寂が、広場を支配した。


「……ゔ、あぁぁぁ……」


下半身を切り刻まれたティーチが、初めて本能的な恐怖に震え、呻き声を上げる。ナレッジもまた、余裕の笑みを完全に消し去り、蒼白な顔で空を見上げていた。


「フン……。ジル、相変わらずの切れ味だな」


上空からジラードの声が、今度は優しく、しかし厳かに降り注いだ。

彼は視線を下に転じ、泥にまみれ、満身創痍で立ち尽くすショウを見つめる。


「……ショウよ。まだ、いけるな?」


その声には、修行で何度も聞いた、厳しさと信頼が込められていた。


「……はいッ!!!!」


ショウは激痛と疲労を精神力でねじ伏せ、力強く叫んだ。

地面に転がっていた愛杖グラウンドエッジを掴み、強く、強く握り直す。

その手には、これまで以上に鋭く、熱い魔力が宿っていた。

三人は並び立ち、自我を失った海魔ティーチへと、反撃の眼差しを向けた。

ティーチの執念は、もはや生物の理を越えていた。

切り落とされたはずの八本の触手が、傷口から爆ぜるように再生する。その先端はより鋭く、鋼鉄をも容易に貫く「槍」へと変質していた。


「ヴォォォォォォオオッ!!!」


咆哮と共に、八本の槍が全方位からショウたちを襲う。


ドドドドドーンッ!!!


しかし、そのすべてを銀の閃光が叩き落とした。ジルが神速の抜刀でショウを守り抜く。だが、ティーチの本命はその隙を突いた突進だった。

巨体が地を削り、巨大な黒いカニのハサミがショウを両断せんと迫る。


「いくぞ……!!」


ショウはグラウンドエッジを真っ直ぐに突き出し、体内の魔力を極限まで圧縮して一点に集中させる。


「……アズールフレア!!!」


その瞬間、夜闇を塗り替えるほどの蒼い輝きが爆発した。

放たれたのは、超高密度の魔力を纏った蒼い火球。それはティーチの巨大なハサミを正面から粉砕し、そのまま巨体を飲み込んだ。


「ヴ、ヴォォォーーーッ!!? ギャァァァアアッ!!!!」


この世のものとは思えない金切り声が響き渡る。蒼い炎はティーチの粘液質な肉体を蒸発させ、再生の隙さえ与えない。かつて「黒髭」と呼ばれた怪物は、のた打ち回りながら、やがて炭化して動かなくなった。


上空から、ゆっくりとジラードが地に降り立った。

彼は愛弟子の元へ歩み寄り、その肩にそっと手を置く。


「……よくやったのう、ショウ。見事な一撃じゃ」


その温かい言葉にショウが安堵した、次の瞬間。


ダダダダダダダッ!!!


死角からナレッジが放った「ウォーターバレット」の連射が、二人を襲った。しかし、ジラードは眉一つ動かさない。彼が指を鳴らすまでもなく、二人の目の前に巨大な岩の壁が瞬時に隆起した。


ドドドドドーンッ!!!


激突し、霧散する水弾。

ジラードは指先一つ動かさず、ただそこに立つだけで鉄壁の守護を発生させてみせた。


「ほほほー。これほどとは……」


霧状の魔力の中から、ナレッジがゆらりと姿を現した。その顔には不敵な笑みが張り付いているが、その瞳には明らかな警戒の色が混じっている。


「情報にはありませんでしたが、まさかここであなたに会えるとは……。ジラード殿」


ナレッジは優雅に一礼してみせた。


「お初にお目にかかります。ブラックビアード海賊団の参謀をしております、ナレッジと申します」


しかし、ジラードはその挨拶を受け流し、冷徹な眼差しでナレッジを射抜いた。


「……お主。……人間じゃないの」


その一言が、戦場の空気を一瞬で凍らせた。

ショウ、アリナそしてエマ。仲間たちの視線がナレッジに集中する。


「え……? 人間じゃ……ない?」


ショウの呟きが虚しく響く。ナレッジの笑みが、どこか「作り物」のように歪んで見えた。


「そこまで見破られるとは……。やはり、ただの隠居した老兵ではないようですね」


ナレッジが低く、くぐもった声で笑った。その瞬間、彼の身体を包む空気の密度が劇的に変化する。


パキィィィィン……ッ!!


乾いた音と共に、ナレッジの側頭部、片方から漆黒の角が突き出した。

肌の色はさらに血の気を失ったように青白く透け、瞳の虹彩は蛇のように縦に割れる。見た目こそ人間に近い形を保っているが、そこから放たれる気配は、もはや生物としての「種」が異なることを告げていた。


「改めて名乗りましょう。私は、大魔族『混血のベサリズ』が配下――『臓腑ぞうふ』のナレッジと申します」


姿が変わると同時に、彼を中心に渦巻く魔力の質が変貌した。

それはこれまでの「水魔法」のような清涼さは微塵もなく、まるで錆びた鉄と死臭が混ざったような、重く、冷たく、悍ましいプレッシャーとなってショウたちの肌を刺す。


(な、なんだこの感じ……。魔力が上がっただけじゃない。空気が……腐っているみたいだ……!)


ショウは本能的な嫌悪感に喉を鳴らした。グラウンドエッジを握る手が、無意識に汗ばむ。


「……ベサリズ、とな」


ジラードの目が、かつてないほど鋭く細められた。その低い声には、明らかな「敵意」が宿っている。


「大魔族の配下が、こんなところで何を企んでおる。奴ほどの格があれば、人間同士の小競り合いなど、ただの児戯に等しかろう」


(ベサリズ? 大魔族……? 一体、何の話をしてるんだ……?)


混乱するショウを背にかばいながら、ジラードはナレッジを射抜くように見据えた。


「……少し、実験をさせていただきましてね」


ナレッジは平然と言ってのけた。


「あの『赤い液体』。あれを人間に投与した際、どれほどの出力が出るのか……。ティーチたちは良いサンプルでしたよ。もっとも、最後はただの肉塊に成り果てましたがね。ククク……」


「……そうか。」


ジラードが、静かに一歩前へ踏み出す。

その足音が響いた瞬間、ナレッジの放っていた悍ましい魔圧が、ジラードの放つ「絶対的な武」の気配によって一瞬で押し戻された。


「ワシは魔族が嫌いでのう……。それに、名高い魔族の配下とあらば、ここで見逃すわけにはいかんわい」


ジラードの周囲の地面が、彼の意志に呼応するように不気味に震え始める。

ナレッジは角をさすりながら、歪んだ笑みを深くした。


「……ほう。伝説の魔法使い様が、私と戦うとおっしゃるのですか?」


戦場に流れる火花が消えるほどの、圧倒的な緊張感。

「海賊との戦い」は終わり、ここからは「魔族」という世界の深淵との、新たな死闘が始まろうとしていた。


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