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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第2章:再会編

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87話 奇跡の液体

ナレッジはニヤリと笑うと、懐から取り出した二つの小瓶を、膝をつくティーチとバロスに向かって放り投げた。


「船長、バロスさん。……どうぞ、これを」


ティーチは受け取った瓶を眺め、血に汚れた顔で不敵に笑った。


「ふふふ、はははは! まさか、これを試す日が来るとはな……!」


「お、お頭……! これが、あの……!」


バロスもまた、震える手で瓶を握りしめた。


「なんだ、あれは……?」


ショウがグラウンドエッジを構え直しながら呟く。瓶の中で脈打つ赤い液体は、月光を浴びて一層不気味に輝いていた。

ティーチとバロスは躊躇うことなく瓶を開け、一気にその中身を煽った。


ガシャーンッ!!!


空になった瓶が石畳に叩きつけられ、砕け散る。

その瞬間、戦場に異様な静寂が訪れた。


ズドーーンーーーッ!!!!


直後、二人の体から、これまでの比ではない凄まじい戦気と魔力が爆発した。放出された魔圧は衝撃波となり、周囲の炎を吹き飛ばし、ショウたちを仰け反らせた。


「すげーな……! 身体中が、熱くてちぎれそうだ……! 噂通りだ……!」


ティーチが、己の巨大な拳を見つめながら、陶酔した声を上げる。


「な、何が起きているんだ……!?」


ショウが動揺を隠せず叫ぶ。


「あ、あの赤い液体……! ガイスト大陸で噂になっている『奇跡の液体』じゃねーか……!」


レイヴが顔色を変え、震える声で呟いた。


「奇跡の液体??」


「ああ、飲むと力がみなぎり、どんな怪我も治って、圧倒的に強くなれるっていう『奇跡』の液体さ。最近大陸の裏社会で出回っているって聞いたことはあったが……まさか、本当にあるとはな……!」


レイヴの説明を裏付けるように、二人の体はさらなる異変を見せ始めた。


ドーーーーンッ!!!


再び凄まじい衝撃が戦場を駆け抜ける。


「が、はぁぁぁ……あ、アツい、身体が……あぁぁぁッ!!」


バロスが苦悶の声と共に、己の右腕を掻き抱いた。


グチャグチャグチャーーーーッ!!!


骨が砕け、肉が裂ける、おぞましい音が響く。

彼の右腕は、みるみるうちに巨大化し、皮膚は硬く灰色の鮫肌へと変質していく。そして、その先端は鋭利なノコギリザメの「ノコギリ」へと成り果てた。

異変は腕だけに留まらない。背中からは巨大なサメの背びれと尻尾が生え、その顔面は人間の輪郭を失い、無数の鋭い牙が並ぶサメそのものへと変貌していった。


一方、ティーチの変貌はさらに凄惨を極めた。


ぐ、ゔぁぁぁーーーッ!!!


ティーチの巨体が、さらに二回り以上も巨大化していく。全身が墨のように黒く染まり、その髭からは、もはや煙ではなく黒い炎のような魔力が立ち上る。

上半身は服を突き破って筋肉が異常発達し、その腕は、鋼鉄をも容易に噛み砕くであろう巨大な「黒いカニのハサミ」へと変質した。

そして下半身は、人間の足を失い、八本の巨大な吸盤のついた触手が生え揃う。

月明かりの下に現れたのは、かつての「黒髭」ではなく、タコの下半身とカニのハサミを持つ、生き物に変異していた。


「……ゔぁ、ぁ、ぁ……」


二人の瞳からは理性の光が完全に消失し、焦点の合わない虚ろな目で、ただ破壊衝動だけを撒き散らしていた。自我を失い、力だけが暴走する化け物。

それを見て、ナレッジは血を滴らせながらも、不敵な笑みを深くした。


「おやおやおや……。失敗、ですか。理性が保てないとは、まだまだ改良の余地がありますねぇ……」


彼が漏らした謎の発言は、この「奇跡の液体」が、単なる力をもたらすものではないことを物語っていた。


「ゔぁ、ゔぁゔぁゔぁーーーッ!!!!!!!!」


二つの異質な喉から放たれた咆哮は、もはや言葉の体をなしていなかった。それは大気を物理的に震わせ、燃える建物の窓ガラスを粉々に砕くほどの衝撃波となって広場を駆け抜ける。


「な、なにこれ……。この戦気と魔力……心臓が、潰されそう……」


戦い慣れているはずのアリナの指先が、目に見えて震えていた。彼女の持つ直感が、目の前の存在を「敵」ではなく「天災」だと認識している。


「……人間のものではないな。理性の欠片も感じられんわい」


エマもまた、冷や汗を流しながら杖を握り直す。その瞳には、魔法使いとして感じる「生物学的な歪み」への嫌悪感が浮かんでいた。


「こ、これはやばいぜ旦那……っ! お、俺は下がるぜ! こんな化け物相手じゃ、情報は取れても命がいくつあっても足りねえ!!」


レイヴは本能的な恐怖に突き動かされるように、脱兎のごとく後方へと飛び退いた。情報屋としての「生き残る嗅覚」が、ここが死地であることを告げていた。


「これが、『奇跡の液体』の正体か……」


ジルが低く呟き、静かに、しかし力強く刀を引き抜いた。その切っ先は、微塵も揺れていない。

変異した二つの怪物が、同時にショウたちを「捕食対象」としてロックオンした。


ドゥーーン!!


爆発的な踏み込み。サメへと変貌したバロスが、砂を爆ぜさせながらショウの眼前へと肉薄する。重力を無視したような、あまりにも不自然で超常的な加速。


(……速すぎるッ!!)


ショウが反応するよりも早く、バロスの右腕――巨大なノコギリ状の骨が、ショウの胴体を両断せんと振り下ろされた。


ガギィィィィィンッ!!!!


凄まじい金属音が響き、火花が夜闇を焦がす。寸前のところでジルが割り込み、その一撃を刀の腹で受け止めていた。ジルの足元の石畳が、その衝撃の余波だけで円形に陥没する。

一方で、巨大化したティーチがズルズルと音を立て、不気味な地響きと共に動き出した。

八本の触手が石畳の建物をなぎ倒し、粘液を撒き散らしながらアリナとエマへと迫る。その両腕に備わった黒いカニのハサミが、ギチギチと不快な音を立てて開閉される。


「来させないよ! ロックキャノン!!」


エマが杖を突き出し、凝縮された岩の弾丸を連射した。


ドドドドドドーンッ!!


直撃。ティーチの黒い甲殻に岩が叩きつけられ、爆煙が上がる。しかし、煙の中から現れたティーチは、わずかに体を仰け反らせた程度で、その進撃を止めない。硬質化した皮膚は、並の攻撃魔法では傷一つ負わないほどに強固に変質していた。


「嘘でしょ……!?」


ティーチが、まるで鬱陶しい羽虫を払うかのように、下半身の巨大な触手を横一閃に振り抜いた。


「あ、危な――」


叫ぶ間もなかった。

鞭のようにしなる巨太な触手が、アリナとエマを正面から捉える。


「きゃあああーー!!!!」


「うわあああッ!!」


二人の体は木の葉のように宙を舞い、数十メートル先の民家へと叩きつけられた。


(……こいつら、もう人間の動きじゃない。魔法も、剣も、常識が通じない化け物だ……!)


仲間がなぎ払われる光景を目の当たりにし、ショウの背筋に、これまでにない冷たい戦慄が走った。理性を失い、ただ破壊の権化となった「海魔」たちの前で、ショウは己の無力さと、圧倒的な「死」の予感に震えていた。


「落ち着け……。今まで、あの地獄のような修行を耐えてきたんだ。できるはずだ、俺なら……!」


ショウは激しく打ち鳴らされる心臓を鎮めるように、深く、長く息を吐いた。乱れた魔力を指先まで均一に整える。

視線を転じれば、ジルが猛威を振るうバロスを完璧に封じ込めていた。


ガキィィィィィンッ!!!


狂ったように連撃を繰り出すバロスのノコギリ腕を、ジルは最小限の動きで受け流し、弾き返す。その背中は「ここは任せろ」と語っているようだった。


「なら……俺はこっちを止める!!」


ショウは、倒れたエマとアリナへ向けて這い寄る、巨大な黒い影――変異したティーチを見据えた。


「突き上げろ……グランドスパイク!!」


ショウが地面に掌を叩きつけると、ティーチの足元から巨大な岩の槍が無数に、鋭く突き出した。


ズドーンッ! ズドーンッ!!


「グ、ヴァァァッ!?」


凄まじい衝撃と共に、ティーチの巨大なタコ足の数本が、根元からズタズタに引き裂かれ、宙を舞った。確かな手応え。しかし、驚愕の光景はその直後に訪れた。


ぐじゅり、ぐじゅぐじゅ……ッ。


断面から不気味な肉が爆発するように盛り上がり、切り飛ばされた足が瞬時に再生していく。それどころか、吸盤からは紫色の毒液が噴出し、弾丸のような速さでショウへと放たれた。


「くっ、ウォーターウォール!!」


ショウは水の壁を展開し、毒液を霧散させる。その間に、エマとアリナが意識を取り戻し、ふらつきながらも態勢を整えた。


「よくも……やってくれたわね、この化け物がッ!!」


エマの瞳に、怒りの焔が灯る。彼女は杖を天に掲げ、全身の魔力を一気に解放した。


「全てを薙ぎ払い、削り、斬り刻め……ストームコール!!!」


その瞬間、エマを中心に凄まじい暴風が吹き荒れた。大気が悲鳴を上げ、鋭利な刃と化した風の渦がティーチを飲み込む。


ズガガガガガガッ!!!!!


「ヴォォォォォオオッ!!」


黒いタコの巨体が、強烈な竜巻によって宙へ巻き上げられ、そのまま近くの建物へと叩きつけられた。


ドォォォォォンッ!!!


崩落した瓦礫が、ティーチの姿を完全に埋め尽くす。


「どーだ……!! これで……っ」


エマが肩で息をついた、その時だった。


ドシュッ!!


瓦礫の山から、無数の巨大な触手が弾丸のような速さで飛び出してきた。

それは回避不能なタイミングで、ショウ、アリナ、エマの三人を正確に捕らえ、力任せに別々の方向へと放り投げた。


「が、はっ……!?」


ショウの背中が石壁に激突し、肺から空気がすべて絞り出される。視界が火花を散らし、激痛が走る。

見れば、アリナとエマも血を流して倒れ伏していた。ジルは未だバロスの狂気的な猛攻を凌ぐのに手一杯で、こちらに加勢する余裕はない。


「させねぇ……っ、まだ……!」


ショウは震える手でグラウンドエッジを構え、最後の手札を練り上げた。


バチバチバチバチッ!!!


青白い電光が杖の先端に収束していく。


「ライトニングボルト――」


「させませんよ、坊や」


背後から冷ややかな声が響いた。


シュルルッ!!


「っ!?」


死角から放たれたナレッジの「ウォーターウィップ」が、ショウの腕に巻き付いた。


ガツンッ!!


衝撃と共に、ショウの右腕からグラウンドエッジが弾き飛ばされ、虚しく石畳を転がった。


「カラン……、カラン……」


杖を失い、魔力を使い果たしたショウの前に、ティーチが立ちふさがる。その足の一本が、獲物を仕留める槍のように鋭く変質し、倒れたエマとアリナの心臓へと狙いを定めた。


「やめろ……!! やめろぉぉぉッ!!!」


ショウの絶叫が夜空に消えようとしていた

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