83話 勝敗
二回戦、三回戦と勝ち進むにつれ、対戦相手のレベルは目に見えて上がっていった。島の熟練ペアによる虚を突くドロップショットや、魔力を身体能力に上乗せしたような強烈なスパイクに翻弄され、ショウたちは幾度となく窮地に立たされる。
「くっ、今のを拾うか……!」「ショウ、右じゃ! 逃がすな!」
砂にまみれ、呼吸を乱しながらも、ショウはエマのトリッキーなトスに食らいつき、泥臭くポイントを重ねていく。一方のアリナとジルも、連携の隙を突こうとする強豪たちを、ジルの鉄壁の守りとアリナの鋭い一撃でねじ伏せてきた。
そうして満身創痍ながらも勝ち進んだ準決勝のコートには、昨日ビーチで共に汗を流したあの島民ペアが立っていた。
「まさか貴様らとここで戦うことになるとはな! 運命とは数奇なものよ!」
エマが不敵に笑えば、相手の青年も負けじと不敵な笑みを返す。
「昨日は負けましたが、今日は本気で行きますよ! 島の意地を見せてやります!」
「望むところだ! ショウ、いくぞ!」
「……よろしくお願いします!」
準決勝の火蓋が切られた。
相手の放ったサーブは、昨日よりも遥かに鋭く、そして空中で急激に変化する「魔球」となっていた。
「まかせろ! ……っ、なんだと!?」
エマの差し出した腕の先で、ボールが生き物のように逃げていく。返すことができず、砂を噛むような悔しさがエマの顔に走った。
「すごいカーブだ……。ですが、何度もやられませんよ!」
ショウが必死に食らいつき、エマが魔法を微調整してトスを上げる。
「はあぁぁっ!!」
ショウのスパイクが炸裂するが、相手も執念で拾い上げる。一進一退、砂を巻き上げ、汗を飛ばし、長いラリーが続く。観客の歓声が地鳴りのように響く中、最後はエマの隠し味のような風魔法を纏ったアタックが相手のコートを撃ち抜いた。
「決勝進出……! やったな、ショウ!」
「はぁ、はぁ……。勝ちましたね、エマさん」
やっぱり強いな……! 決勝進出おめでとう!」
敗れた島民ペアが、清々しい顔で握手を求めてきた。
「俺たちに勝ったんだ、必ず優勝してくれよ!」
「まかせろ! 貴様らの分まで、頂点を掴み取ってやるわ!」
そこへ、隣のコートで圧倒的な勝利を収めたアリナとジルが歩み寄ってきた。
「ショウ、お疲れ様! 私たちも勝ったよ。次は……決勝だね」
「アリナたちも、おめでとうございます。……なんだか、すごい感情移入しちゃってますね。僕たち、この島に何しに来たんでしたっけ?」
ショウが少し呆れたように呟くと、隣にいたジルが静かに海を見つめて口を開いた。
「……まあ、あの二人が楽しそうだからいいだろう。これから向かうガイスト大陸は、大変なことばかりだろうからな。今は、この瞬間を楽しめばいい」
「……そうですね。ジルさん、手加減はしませんよ!」
「ああ、受けて立とう」
二組のペアが、ついに決勝のコートへと足を踏み入れた。
「さあ! 今年の決勝はなんと、島の住人ではなく、余所から来た二チームの冒険者ペアによる頂上決戦だ! 運命の悪戯か、実力か! 波瀾万丈のヴィヌス・ラリー大会、ついに最終決戦の時だッ!!」
実況の咆哮と共に、会場の熱気はピークに達した。
「絶対負けないよ、ショウ!」
アリナが瞳を輝かせ、指先を突きつける。
「ふん、かかってくるがよい! 砂に沈むのはそちらの方じゃぞ!」
エマが紫の瞳を細め、不敵に笑う。
「「ヴィヌス・ラリー、決勝スタート!!」」
審判の笛の音が、楽園の空に高く鳴り響いた。
決勝戦の火蓋が切られた。
サーブ権は「最強剣士チーム」。ジルがゆっくりとボールを手に取り、エンドラインに立つ。その瞬間、彼の周囲の空気がピリリと張り詰めた。
ジルは深く息を吸い込むと、ボールを高く放り上げた。無駄のない、完璧な跳躍。爆発的な筋力が生み出すエネルギーが、その右腕に集約される。
ドォォォォォンッ!!!
空気が爆ぜた。音速を超えたボールは、視認することすら不可能な一本の光の帯となり、ショウたちのコートへと突き刺さった。
「……ッえ?」
ショウが反応するよりも早く、ボールは砂を派手に巻き上げながらエンドラインぎりぎりに落ちていた。観客席が一瞬の静寂の後、怒号のような歓声に包まれる。
「……おいおい、あの兄ちゃん、今まで手加減してたのかよ!?」
「とんでもねえサーブだ、化け物か!?」
ジルは表情一つ変えず、砂を払った。
「お前ら二人なら、手加減はいらないよな」
その静かな宣戦布告に、エマがニヤリと唇を噛んだ。紫の瞳に、好戦的な光が宿る。
「や、やるではないか、ジルよ……。ショウ、奴ら戦気を上げてきている。私たちも魔力を上げて全力でいくぞ!」
「……わかりました。やるしかないですね!」
再びジルの剛速球サーブが放たれる。
だが今度は、エマが動いた。彼女は勢いよく両手を砂浜に突く。
「サンドウォール!」
ガガガッ! と音を立てて、ショウたちの前に砂の壁が出現した。ジルのサーブは砂壁にめり込み、その勢いを劇的に殺される。
「そこだ、ショウ!」
砂壁を突き抜けてきたボールを、ショウが完璧なタイミングで捉え、相手コートの死角へと打ち返した。
「やるね、二人とも!」
今度はアリナが動く。瞳に戦気を宿し、砂に飛び込みながらボールを拾い上げる。上がったボールを、ジルが強烈なバックアタックで叩きつける。
ここからは、もはやスポーツの域を超えた死闘となった。
魔力で軌道を曲げるエマのアタックを、アリナが戦気を纏った腕で弾き返し、ジルの人間離れしたスパイクを、ショウが執念のレシーブで繋ぐ。
点を取り、取られ。砂浜が爆発し、水飛沫が舞う。観客のボルテージは最高潮に達し、会場全体が地鳴りのように揺れていた。
激闘の末、アリナとジルのチームが「マッチポイント」を迎えた。あと一ポイントで、彼らの勝利が決まる。
「ショウ……。あと一ポイント取られたら、私たちの負けじゃぞ」
エマの声から余裕が消えていた。
「……そうですね。ですが、絶対に勝ちましょう、エマさん!」
ジルが今日一番の戦気を込め、サーブの構えに入る。彼もまた、この一撃で決めるつもりだ。
「ウォーターウォール!」
ジルが放った砲弾のようなサーブに対し、エマは今度は巨大な水の壁を作り出した。
(もー、何でもありだな……!)
ショウは心の中で突っ込みつつも、水の壁で勢いを殺されたボールをしっかりと受け止め、エマの前へ、最高のアシストを上げた。
「これでも喰らうがよいッ!! ファイヤーボール!」
エマが高く跳躍し、空中で呪文を唱える。彼女の手にあるボールは、激しい炎を纏った「巨大な火の玉」へと変貌した。
「喰らえぇぇッ! メテオインパクトォォォ!!」
燃え盛る流星が、爆音と共にアリナとジルのコートへと降り注ぐ。
「もらったぁッ!!」エマが勝利を確信して叫んだ。
しかし、その炎の向こうから、アリナの気迫に満ちた声が響いた。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
アリナはさらに戦気を高め、炎に包まれたボールを、その身を焦がすのも厭わずに打ち上げたのだ。
「……なっ!?」
高く上がったチャンスボール。その下に、すでにジルが跳躍していた。
空中で、ジルとショウの視線が交差する。ジルの瞳に宿る、圧倒的なまでの「力」。
ズドーーン!!!!
ジルの右腕がボールを撃ち抜いた。
その一撃は、エマのメテオインパクトすら微温く感じるほどの、純粋な破壊の力の奔流だった。
ショウもエマも、一歩も動くことができなかった。ボールは彼らの間の砂に突き刺さり、クレーターのような穴を開けていた。
審判の笛が鳴り響く。
「ま、負けた……。私が、負けたのか……」
エマが砂の上に膝をついた。ショウも力なく膝をつき、肩で息をする。
隣のコートでは、アリナが笑顔でジルに飛びかかり、二人で勝利を喜んでいた。
「負けましたね……。でも、いい戦いでした」
ショウがエマに手を差し伸べた。
エマは少し悔しそうにしながらも、ショウの手を取って立ち上がった。
「ああ……。この旅が終わったら、この島でヴィヌス・ラリーのプロを目指そうかな……」
「いや、それはやめておいた方がいいですよ。他の選手のために」
互いに健闘を称え合い、四人は表彰台へと向かった。
優勝したアリナとジルには、賞金一万ゴールドが授与された。
そして準優勝のショウとエマには、この島で採れる不思議な蒼い石がはめられた「巨人の涙」というネックレスが贈られた。島の人々が身につける、強力な魔除けだという。
「ふん、私はこのような石ころは要らん! ショウ、貴様にやるわい!」
エマは興味なさげにネックレスをショウに押し付けると、さっさと表彰台を降りていった。
「あ、ありがとうございます……」
ショウは手元に残った「巨人の涙」を見つめた。
レテ島の海のように深く、澄んだ青色をしたその石は、ショウの手の中で、微かに、そして優しく熱を帯びているような気がした。
大会が終わっても、レテ島の熱狂は一向に衰える気配を見せなかった。
優勝したアリナとジルの快挙を祝うように、島のあちこちで焚き火が焚かれ、陽気な音楽と、至る所の屋台から漂うスパイスの香りが夜風に乗って流れている。
「ショウ、見て見て! この景品の山! しばらくは旅の資金に困らないよ!」
一万ゴールドの金貨袋を抱えたアリナが、満面の笑みで駆け寄ってくる。その後ろでは、ジルが相変わらずのポーカーフェイスで、振る舞われた酒を静かに煽っていた。
「……本当ですね。でも、ジラード様はまだ戻ってきませんね」
(調整に手間取っているのか、それとも……)
その時だった。
楽しい音楽と笑い声を切り裂くような、一人の島民の鋭い叫び声が砂浜に響き渡った。
「な……何だ、あの船はッ!?」
その叫びに、踊り狂っていた人々が凍りついたように動きを止め、一斉に夜の海へと視線を向けた。
月明かりに照らされた水平線の向こう側。そこには、この島の穏やかな漁船とは明らかに異なる、異様なシルエットの巨船が数隻、こちらへ向かって突き進んできていた。
「……一隻じゃない。三隻……五隻はあるぞ!」
黒い帆が夜の闇に溶け込み、船首には見たこともない魔獣の骸骨が飾られている。その船団からは、この距離にあっても肌を刺すような、禍々しく不吉な魔力のプレッシャーが漂ってきていた。




