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異世界転生 勇者の体で下宿屋営みます  作者: 抹茶のあずき
第2章:再会編

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105話 レンの足跡

酒場「石の杯」は、外観通り歴史を感じさせる石造りの建物だった。厚い石壁が外の喧騒を遮断しており、店内には歴史が染み込んだような独特の重厚な空気が漂っている。

アイアングローリーの酒場のような喧騒に満ちた熱気はないが、ここには、この街に集う冒険者や遺物探索者たちが醸し出す、どこか沈んだ、しかし熱い活気があった。

店内からは、様々な冒険の断片が聞こえてくる。


「……渓谷のワイバーン、ありゃ厄介だ。炎を吐く前に首を落とさなきゃ、全滅だぞ」


「おい聞いたか? また奇跡の液体が出回ってるらしいぞ!!」


「見ろこの報酬! 廃墟で拾った古文書を売ったらこれだ。すげーだろ!」


一行は、そんな騒がしいテーブルの間を縫うように歩き、カウンターの前へと立った。

カウンターの向こうで店主が手際よくコップを拭いていた。


「いらっしゃい。……おお、ガルドじゃねーか。今日はどうした、一杯やるか?」


「いや、マスター。今日は仕事だ」


ガルドはカウンターの上に、ショウが持ち歩いていたユーリが描いたレンたちの絵を滑らせた。


「この三人組、最近までこの街にいたはずだ。訳あって探している。何が分かるか」


店主はコップを置くと、眉間に皺を寄せて絵を覗き込んだ。


「ああ……こいつらなら、確かにここにいた。数日前まで、この席で必死に何かを調べていたよ」


「……何かを?」


ショウが身を乗り出すと、店主は声を潜めて言った。

「『予言の石』だ。……三人は憑かれたような顔でな。ここいらの古文書を漁り、街の歴史家や冒険者にも金を積んで情報を集めていたよ。長いことその石を探しているみたいだったが、ついに場所を突き止めたと言っていた」


「場所を……? どこだ!」


ショウの問いに、店主は店内の壁に掛かっている古い大陸地図を指差した。


「ここから西、険しい荒野の先にある『ヴェールフェン』だよ」


「ヴェールフェン……?」


ショウが聞き慣れない名に首を傾げると、横で地図を見ていたガルドが、険しい顔で地図を指で叩いた。


「……嘘だろ。あそこは魔族との戦争時代、人族が防衛拠点にしていた街だ。かつては立派な城もあって、軍の心臓部だった場所だぞ」


「そう、そこだよ。だがな、戦が終わってからはもう誰も近寄らねぇ。城も街も、とうの昔に廃墟と化している。魔物も蔓延り、地図の上だけで生きているような忘れ去られた場所さ。……あんなところに、そんな石があるなんて到底思えんがね」


店主は、呆れたように肩をすくめた。

ショウは拳を握りしめる。レンたちは、そんな忘れ去られた廃墟にまで足を踏み入れたのか。それほどまでに、石を求めていたのか。


「……行かなきゃならない。レンたちが、そこにいるかもしれないんです」


ショウの瞳に宿る熱量を見たガルドは、溜息を一つ吐き、豪快に笑った。


「言っただろ、ショウ。俺らも行くってな。……魔物が蔓延る廃都か。腕が鳴るぜ」


「あんな暗いところに一人で突っ込ませるわけにはいかないからね。アエラ、準備はいいかい?」


「もちろんだよ!ゴードン」


エマとアリナも力強く頷いた。


「そうと決まればさっさと行くぞ!」


ガルドの声と共に一行は後にしようとした。

その言葉を聞いたマスターが、慌てて声を荒らげた。


「おいおい、やめた方がいいぞ……! 最近、ヴェールフェンの辺りはいい噂を聞かん。変な魔物が出たり、何やら魔族が出入りしているのを見かけたという話もある。あの三人組にも忠告したんだがな……。近くで魔族軍と小競り合いも起きているらしいぞ」


(魔族……? 変な魔物だって……?)


ショウの背筋に冷たいものが走る。レンたちは、そんな場所へ飛び込んでしまったのか。

だが、ガルドは大きく手を振った。


「大丈夫、大丈夫。すぐ見つけて帰ってくるさ! 俺たち、さっき赤龍二体を討伐したんだぜ! こいつらにだって恩があるしな」


ガルドの言葉に、ショウもエマもアリナも力強く頷く。

マスターは溜息をつき、コップを置いた。


「俺は止めたからな……まぁ、その友人見つかるといいな」


「マスター、貴重な情報ありがとうございます!」


店を出る直前、エマが鼻をピクピクと動かした。


「ヴェールフェンへ……怪しい匂いがプンスカするが、行くしかあるまい!」


「そうだよ、ショウの友人が危険な状態なんだもんね。急がなくっちゃ!」


一行は、忘れ去られた街ヴェールフェンを目指し、酒場を後にした

グラントールを出発した時、空にはまだ高い太陽が輝いていた。

街の門を抜ける際、ガルドは足を止めようとしたが、ショウは首を振った。


備品の調達はしなかった。レンたちの容態を考えると、一刻も早く行かなきゃならない。日が高いうちに、少しでも距離を稼がことにして、そのまま荒涼とした荒野へと足を踏み入れた。遮るもののない平原に、突き刺すような日差しが降り注ぐ。赤龍との激闘の疲労は、ロロの魔法による癒やしがあっても完全に拭えるものではなく、全員の足取りにはどこか重さがあった。


「……おい、ショウ。あれを見ろ」


ガルドが不意に足を止め、前方右手の岩場を指差した。

視線の先、荒野の広がりの中に、異様なほど白い塔がひっそりとそびえ立っている。


「あれは……! 俺が持っている絵の中の塔と似てる..」


ショウは胸ポケットから、ユーリが描いた絵を取り出した。そこには、レンたちが背にしていた特徴的な監視塔が確かに描かれている。


「あれは昔の戦争で、この一帯を監視するために建てられたものだ。……レンたちは、ここを通ったんだな」


「本当だ……一緒だ。レンに近づいている気がする」


ショウの表情に、微かな希望と抑えきれない焦燥が混ざる。しかし、アエラは厳しい表情で周囲を警戒した。


「ガルド、少し慎重にいこう。魔族との戦いはなるべく避けたい。昨日の疲れもあるし、何より備品の調達もせずに飛び出してきたんだからね」


「わかってるよ!」


ガルドは鼻を鳴らし、仲間の肩を叩く。


「ショウの友人のレンだっけ? あいつを見つけて、さっさとずらかろうぜ。怪我してるんだろ? 戦闘に巻き込まれたのか、魔物に襲われたのか……何にせよ、今一番優先すべきは『レンの救出』と『無事な脱出』だ」


「ですね……。無理な戦闘は避けます」


ショウが深く頷いたその時、頭の上から威勢のいい声が飛んできた。


「わしはまだピンピンじゃよ! どんな雑魚魔族でもかかってこい、返り討ちにしてやるわい!」


エマが杖を地面に叩きつけ、血気盛んに息巻く。しかし、アリナが呆れたように彼女の肩を掴んだ。


「ダメだよ、エマ! さっきまでボロボロだったの忘れたの? ロロがいなかったら、今ごろ……」


「そーだよ! みんな血だらけ、火傷だらけでボロボロだったんだからね!」


ロロがショウの頭の上でパタパタと腕を振り回す。


「僕に感謝してよね! 僕がいなきゃ、ショウも今ごろ空の上から落っこちてグッチャリだったんだからね。いい? 今回の冒険のMVPは、このロロ様だからね!」


ロロの生意気で可愛らしい言葉に、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。ガルドが苦笑しながら歩き出す。


「聞いたかショウ。ロロ様のご機嫌を損ねると命に関わるらしいぜ。……急ごう。日が暮れると、ここは魔物の狩場になる」


彼らは監視塔を背にし、再びヴェールフェンを目指して荒野を駆けた。

ショウは強く唇を噛み締め、レンの無事を祈りながら、一歩一歩、確実な足取りで荒野を前進していった。


荒野を抜けきったその時、ショウの目の前に巨大なシルエットが浮かび上がった。


「……見えてきたぜ」


ガルドが足を止め、低い声で告げる。

夕日の残光が、その街を不気味に赤く照らしていた。

荒れ果て、あちこちが崩れ落ちた巨大な城壁。長い年月を経て朽ち果てた家々が、まるで墓標のように寄り添い合っている。かつて人族の希望であった防衛拠点は、今はただ静寂と黄昏たそがれの中に沈んでいた。

吹き抜ける風が、石の隙間を通り抜けてヒューヒューと笛のような音を立てる。まだ少しだけ残る陽光は、この街の気味悪さをかえって際立たせ、影を長く、歪に引き伸ばしていた。


「あれが……忘れ去られた街、ヴェールフェン……」


ショウは息を呑み、その廃墟を見つめた。

街のどこかに、レンがいる。血を流し...街のどこかで――。

一行の影が、沈みゆく太陽に背を押され、忘れ去られた街の入り口へとゆっくりと伸びていった。

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