103話 ロロの魔法
空から見下ろすと、そこはまさに「焦土」だった。
先ほどまで二頭の赤龍が暴れ回っていた窪地は、焼き払われ、至る所で煙が上がっている。そして、その中心に――。
(……みんな)
倒れた赤龍の巨大な亡骸のすぐそばに、エマたちがバラバラに倒れ伏しているのが見えた。
ショウの心臓が、再び激しく鼓動を始める。
「着地するよー! 捕まってて!」
ロロが葉を操り、風を操作する。ショウは地面が近づくのを見計らい、パラシュートから飛び降りた。
「ドンッ!」と軽い音を立てて着地し、そのまま転がりながら仲間の元へ駆け寄る。
「みんな……ッ!!」
そこには、エマが最期の力を振り絞って作った「岩の壁」の中に、無傷で守られた仲間たちの姿があった。
エマの魔力障壁は、役目を終えて砂のように崩れ落ちようとしていた。
ショウは震える手で、最も近くに倒れていたエマの首元に指を当てる。
(……微かだ。でも、生きてる……ッ!)
皆、焦土の熱と爆風に巻き込まれ、意識を失っているだけだった。
ショウは安堵のあまり、その場に崩れ落ちそうになった。だが、立ち上がる。
勝ったのだ。彼らは、龍を、つがいごと打ち倒した。
「……よかった。本当に……よかった」
遠くで、ロロがどんぐりのお面を揺らしながら、不思議そうに戦場の跡を眺めていた。
「すごい有様だね……って、うわっ! ドラゴン!? 君たち、こんなのと戦ってたのかい!?」
ロロがどんぐりのお面を大きく揺らし、赤龍の巨大な亡骸を見て腰を抜かした。ショウは瓦礫の山に腰を下ろし、掠れた声で頷く。
「そうなんだ。……訳あってね」
ロロは戦場の中心を見渡し、息を呑んだ。エマ、ガルド、ゴードン、アリナ、アエラ。皆、凄まじい熱と衝撃に焼かれ、土にまみれて横たわっている。
「……みんな、ひどい傷だね。命があるのが不思議なくらいだよ」
その言葉で、ショウはかつてエーテルフォレストでロロが口にしていた伝承を思い出した。コロンボ族にのみ伝わる、森の生命力を直に流し込む治癒魔法。
「ロロ!」
ショウは縋るようにロロの手を握った。
「前、治癒魔法が使えるって言ってたよね……。みんなを治療してくれないか。頼む!」
ロロは、ショウの必死な姿をじっと見つめた。そのどんぐりのお面の下から、少しだけ寂しげで、しかし優しい声が漏れる。
「……ショウ、そういう仲間思いなところも、ヴェンクスにそっくりだね。わかったよ、任せて!」
ロロはカバンから、枯れ木のように見える一本の小さな木の枝を取り出した。
「でも、ショウだって満身創痍だよ? 」
「俺は最後でいい。……頼む!」
ロロはコロンコロンと軽快な音を鳴らしながら、一番重傷の――あの防壁を一人で作り上げたエマの元へ歩み寄った。
「まずはこの子だね。一番深く、熱を吸い込んでいる」
ロロがそっと木の枝を振った。
その瞬間、戦場の空気が一変した。殺伐とした焦土の匂いが消え、森の深淵のような瑞々しい香りが漂い始める。枝の先から放たれた緑の光がエマの全身を包み込むと、彼女の焼けた皮膚が、まるで脱皮するように新しい肌へと再生していく。
魔法が触れた地面からは、ひび割れた土を突き破って、色鮮やかな草花が瞬く間に芽吹き、咲き乱れた。
「キラキラキラキラ〜」
魔法の残光が蛍のように舞い、焦土を幻想的な庭園へと変えていく。
「これで大丈夫。……次は、他の人たちも直しちゃうね!」
ロロは休む間もなくアリナ、アエラ、ゴードン、そしてガルドの元へと移動した。彼らの傷口が緑の光に触れるたび、荒々しい戦いの爪痕が魔法のような力で消えていく。
「……ん?」
最初にエマが、まどろみの中で目を開けた。
「せ、赤龍……!!」
跳ねるように起き上がる。彼女の手には、杖がないにもかかわらず、指先が火炎を求めてピリピリと震えていた。
「どこだ!! 今度こそこのプリティ・エマ様が、ペットにしてあげるわい!」
「エマ! 大丈夫か!?」
ショウの声に、エマは動きを止めた。
「ショウ……?」
彼女は、倒れ伏す赤龍の亡骸に気づき、呆然と口を開けた。
「……倒したの? 」
「はい。……みんなの、おかげです」
ショウが説明を終えると、次々と仲間たちが意識を取り戻した。戦場の緊張が解け、代わりに押し寄せてきたのは、安堵と、言葉にできないほどの連帯感だった。
皆がロロの魔法のおかげで完全に治癒したことを確認すると、エマとアリナがロロの元へ駆け寄った。
「あ! エーテルフォレストで捕まっていた精霊の子!」
「本当にありがとう! あなたのおかげね!」
二人に囲まれ、ロロはどんぐりのお面を左右に振って、照れくさそうにモジモジと揺れた。
「べ、別にいいよ! 前は僕が助けられちゃったからね……!」
戦いの傷跡は、ロロの魔法によって草花に埋め尽くされ、消えていた。しかし、この地に刻まれた戦いの記憶と、仲間を守り抜いたという確かな重みが、ショウたちの心には深く刻まれていた。
空には、ようやく本来の静かな夕闇が降りてきていた。
二頭の赤龍が絶命した窪地は、今は静寂に包まれていた。
戦いの焦土には、コロンボ族・ロロの治療魔法によって芽吹いた小さな草花が、焚き火の光を反射してキラキラと揺れている。
ショウたちは、龍の亡骸の影に焚き火を組み、夜を越すことにした。
ロロの魔法のおかげで、皆の体から傷の痛みは引いている。だが、戦い抜いた後の疲労と、死線を越えた興奮が混ざり合い、焚き火の爆ぜる音だけが心地よく響いていた。
「……ショウ、エマ、アリナ。今回はすまなかったな」
ガルドが突然、改まった様子で口を開いた。頑強な戦士である彼の表情には、珍しく後悔の色が滲んでいる。
「まさか赤龍が二頭潜んでいるとは……偵察の不手際だ。お前たちをあそこまで追い詰めるつもりはなかった。本当に……死なせてしまわなくてよかった」
ショウは焚き火の炎を見つめながら、静かに首を振った。
「いいえ、ガルドさん。ギルドの報告になかったことですから。誰のせいでもありません」
「そうですよ! みんな無事なんですから、笑って終わりましょう!」
アリナが明るく笑い飛ばし、エマもまた、不満げに鼻を鳴らした。
「全くだわい。赤龍のトドメを、このエマ様がささっと刺せなかったのが唯一の心残りじゃわ。……次は負けぬぞ」
ゴードンとアエラからも、改めて感謝の言葉が告げられた。先ほどまでの死闘を潜り抜けた彼らの間には、依頼人と請負人という枠を超えた、確かな絆が芽生えていた。
ガルドは焚き火に薪をくべると、懐から古ぼけた地図を取り出した。
「約束通り、お前が探している友人の情報を話す。……その三人組は、『グラントール』という街で見かけた」
「グラントール……?」
「ああ。古くからの石造りの街だ。歴史が深くてな、冒険者だけでなく、古い遺物を追う連中もよく集まる場所だ。そこでな、その三人組が……『予言の石』をかざしていると言っていたな...」
「予言の石……?」
エマが、驚きで目を見開いた。
「本で読んだことがあるぞ……! 未来を映すという、大魔法使いソフィア・アルカディアの遺産の一つじゃ! そんなものが本当にあるのか?」
「あるかどうかは分からん。だが、その三人組は長年、ガイスト大陸中で石を探し回っているらしい。そいつらも友人を探しているって言っていてな……それがまさか、ショウのことだったとはな」
ガルドは地図の、少し先にある一点を指差した。
グラントール。アイアングローリーから戻るよりも、今の場所からであれば遥かに近い。
「ここだ。グラントールまでなら、ここから少し歩けば明日には着ける。なんなら、その友人を見つけるまで俺らも手伝うぜ!!」
ガルドの言葉に、アエラもゴードンも力強く頷いた。
ショウの胸が高鳴る。レンの足取りが、ようやく明確になった。明日、グラントールへ向かえば、会えるかもしれない。
ジラードからは、「街から出るな」と命じられていた。何より、皆の体は癒えたとしても、その魂は極限の疲労の中にあった。
ショウは地図を指でなぞり、ゆっくりと顔を上げた。
「……ありがとうございます。本当に、助かります」
ショウは感謝を伝えたあと、少しだけ口角を下げて続けた。
「でも、明日は一度、アイアングローリーに戻りましょう」
「……戻るのか? 今すぐ行けば、すぐに追いつけるかもしれないんだぞ」
「みんな、傷は癒えていても、限界まで疲れているはずです。それに……俺たちには他にも仲間がいましてアイアングローリーから出るなという命令もありますし……。万全の状態になってから、改めて向かいます。」
ショウの判断に、ガルドたちは少しの悔しさを滲ませたが、やがて「わかった」と力強く頷いた。
焚き火が、夜の闇の中でひときわ熱く燃え上がった。




