表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『太初の鯨』  作者: 大塚
48/57

48

アイリは『太初の鯨』から次のような文字列を発見した。

 

 筆が止まるという現象と、私は常に向き合っている。以前は、アイデアがあふれ出るように書けていたのだが。いま私は、精神の老いというのを感じる。

 人間が経験を積むと言うことは、芸術にとって良いことなのだろうか。私はわからない。

 むしろ、経験を積まない人間が必要だ。


 私の筆を縛り付けるのは、私の経験、そして高すぎる美意識である。私は、この年まで小説を書いてきてたいそうな作品を残してきた。けれど、それが返って私の文体、作家としてのスタイルを限定してしまっているように思う。


 私は、ほんとうに書きたいものをいつしか忘れてしまったように思う。私は、いつも頭の中に抽象的なものを入れていて、それをどうやったら言葉で書き表せるのかを考えていた。考えるスタイルはいつの間にか決まっていた。


 外に出ると、いつも人は私をあがめる。はやく次の小説を書いて欲しいとか、結婚式用に詩を書いて欲しいとか、お願いしてくる。この町で一番の言葉の使い手として私が認められていることを知っているのだ。私は、考え事をするとき散歩をよくしていた。歩きながら考えると、なんだか意味のあることをしたような気がして気持ちよかった。結局、何を考えていたのか今では思い出せないが、体を動かした感じが好きだったのだろう。散歩のあとは、家に帰ってすこし休んでから、仕事に取りかかった。

 仕事場の机には、いつも使っているペンと紙、それだけが用意されていた。私の仕事はその紙に物語りや詩を書いてゆくだけ。ただそれだけだった。私が書いた言葉はすぐさま町に広がっていった。歌詞をつくると、次の日には町で誰かが歌っていた。小説をつくると、すぐに本になって町中で読まれた。芸術作品だけではない、町のちょっとした広告や、新聞も私は手がけていた。

 いつの日か、私のもとには言葉の使い方を学びたいという弟子が訪れるようになった。あるものは、言葉の不思議さに引かれ、あるものは永遠にのこるような芸術家になることに憧れ、あるものは普通の仕事ができなくて最後に私のところに北面のだった。私はかれらにそれぞれ自分が好きなものを好きなように書かせることから始めた。

 好きなものを好きなように書く。それが書くことの基本だと私は信じている。そしてそれが職業になるかどうかは、自分が決めることではない。私は、言葉を学びに私の家に訪れた人たちには自由にさせた。あるものは、私の家に行くと紙一枚言葉で埋めるだけで金がもらえる、と噂を聞いてくるものもあった。私はそれでも、受け入れた。そしてきっちり彼が紙に言葉を書くと私はその代わりに、今日一日分の食事代を渡した。


 そんな様子だったから、私は仕事以外の時は弟子の面倒をみたりするぐらいしかなかった。私の世話をしてくれる妻がいたからできたことだ。私は起きている間常に言葉と向き合っていた。弟子と書いたものに対して考えたり、仕事ではない文章に仕事よりも時間をかけ足りしたこともあった。いつしかそうのような生活ができるようになってていた。

 言葉を使って生活を営むといという仕事を始めたのはこの辺りで私が初めてらしい。私は不思議に思いながらも、たいして責任感を感じずに書き続けることができた。


 弟子たちは、そんな珍しい私に負けず劣らず珍しい生活をしている人が多かった。

 百二十才の老婆なども、一応、私の弟子として家によく通っていた。昔高貴な身分だったのか、召使いのような老女に支えられながら私の家に通っていた。彼女は突然頭の中に歌が思い浮かぶのだと言う。

 「あたまのなかでねえ。ようせいが歌ってるのよ。高い声で。朝起きたら、なんときれいな歌、とおもってずっと聞いてたら私しかきこえてないみたい。マチ子ちゃんに言っても、そんなの知りませんとしかいわなくて。これは、これは不思議なもんだと驚いてね。頭の中で歌っている要請さんがかわいそうでかわいそうで、私はその代わりに歌を書いてあげるからねって約束したんです。」

 彼女は音楽的な概念を紙の上に書く手段を持っていなかったが、この家に来てからは「妖精の詩」を書くようになった。私はそれを知り合いの作曲家にみせて音楽を書くように頼んでいる。そのときは、老婆も一緒に作曲家と歌っている。作曲家が詩に合わせて曲を考えると、老婆は「違う違う、妖精さんはこういうふうに歌ってた」としわがれた不思議な味のある声で歌うのだった。作曲家が納得したものを創ると老婆はうれしいと言うより、安心したようだった。「これで妖精さんもたすかるわ」

 みんなは彼女を「妖精ばあさん」と呼んでいた。


 十二才になっても言葉を一切話さなくて、親に心配をかけている少年だった。親は書くことができるようになれば言葉が話せると思って私のものに来たのだった。私は少年に文字をおしえると、すらすらと言葉を書き始めた。親は初めて少年が言葉を発する瞬間を固唾を飲んで見守っていた。少年の書いた文字はうねって、判読できなかった。私は彼が言葉を話せないのではなく、このような言葉で考えているのだと両親に説明した。両親は唖然として、それから怒り狂って「馬鹿にするな」と私に怒鳴った。それを見た少年はまた紙に必死に書き続けた。それは言葉というよりかは、惨めな気持ちと怒りを紙にそのままぶちまけたような線の模様だった。自分が話せないことの悲しみと悔しさを初めて少年は自分で表現してみたのだ。その気持ちは瞬時に親に伝わった。親は泣きながら少年を抱きしめて必死に謝っていた。

 私は、彼を画家にしてはどうかと提案した。しばらく彼は絵のレッスンを受けたようだが、またこの家に帰ってきた。どうやら、言葉として自分の気持ちを表現したいようだった。彼は、そのまま自分自身だけにしかわからない言葉で紙を埋め続けた。

 彼のまねをして、ぐちゃぐちゃな線で紙を埋めて金だけをもらいにくる輩もいた。私は彼らにも金を払った。そうすると不思議なことに、面白い模様や線を書いたりするのだ。私はそれを書いた人を誉めた。彼らはいつしか、自分たちのそうした型破りな文章に誇りを持つようになった。少年の両親たちには申し訳ないが、おとなしい彼がそのグループのリーダー格として、新しい表現を日々生み出していた。町の不良な輩は、生まれ持った少年の才能を尊敬して彼の線の運び方や力のいれ加減などを学ぶのだ。すこし外見が奇抜な大人たちに囲まれている少年をみると、彼の両親たちはすこし怪訝な顔で私を見るのだった。「心配ありません」と私は安心させるためにいつもほほ笑むのだった。


 うちに来る若い人は、その少年だけではなかった。

 ある少女はこの町にある文章をすべて読んでしまった。


アイリは『太初の鯨』から次のような文字列を発見した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ