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『太初の鯨』  作者: 大塚
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アイリは『太初の鯨』から次のような文字列を発見した。


 形の重なり合い。文字のつながり合い。

 言葉が言葉を呼ぶ。その声を聞け。

 形が形を生み出す。

 考えずに、からだが生み出すリズムで

 考えずに、言葉が生み出すリズムで


 僕は毎朝詩を一つ書く。詩は、僕のからだから出て来る一つの創作物だ。僕は毎朝詩を一つ書く。それがないとなんだか一日が始まる気がしない。僕は毎朝詩を一つ書く。一日のリズムを作り出すように。僕は毎朝詩を一つ書く。時計の針を巻き戻すように。僕は毎朝詩を一つ書く。この繰り返しが、生み出す力で僕は日常を進んでいく。


 詩は繰り返す。

 詩は繰り返す。

 同じ意味ではない。

 詩は繰り返す。

 日は繰り返す。

 同じ意味ではない。

 僕は知っている。

 僕は知っている。

 

 朝起きてただ、学校に行くだけの日々。「行くだけ」と言ってしまう時点で退屈そうに見える。通学路、とはもう言わないのかな。大学生になったから、みんなそれぞれの道で駅から大学に向かっている。

 

 僕は歩く。

 詩の材料を探す。

 街は詩であふれている。

 ビルの幾何学模様

 鳩の曲線

 人の流れの不規則さ

 空の平面

 時計台の異次元


 大学にいく。それに何の詩的な意味があるのだろう。あまりにベタすぎて僕は吐き気がする。僕は飽きると吐き気がしてしまうタイプだ。だから、大学の授業中は吐き気でたまらなくなる。ハンドスピナーは手放せない。パソコンでノートをとるつもりで、詩を書いている。詩に飽きたら、絵を描く。詩的な絵を描く。


 指はキーボードの上で回る

 若者は詩に向いている

 キーボードで指は素早くうごかなくてはならないからだ 脳よりはやく

 言葉よりはやく

 指はキーボードの上で走らなくてはいけないからだ

 下手な鉄砲数打ちゃ当たる

 詩は百発百中で、言葉を打ち抜く


 なにを書きたいか。なんて考えたこともない。書くべき何か。自分の中にあるとも考えたこともない。だから、僕は自分というものを捨てたいと思う。なにかを書きたいと思って書くとうまくいかないのだ。詩を書くとき僕は透明になる。指だけが踊る。言葉だけが存在する宇宙に僕は行く。手が疲れるまで書いて、僕は寝る。


 日差しは緑

 言葉は水色

 空は赤

 地面は白

 他者は黒

 本は桃色


 僕は、本を読むのが好きだ。言葉を眺めるのが好きだ。ただ言葉の意味というよりかは肌理をなでるように読む。意味がとれない文章が好きだ。ただ発音はできなくてはならない。と言うわけで僕は音読したい。しかし大学には思い切って音読できる場所はない。小さな声で歌う。僕は誰かに聞いてもらいたいと少し願う。

 

 もうあえないという恋は

 もう会わなくても良いという別れ

 人は死ぬのだから生きなくてはならない

 小説は終わるのだから書かなくてはならない

 詩は読まれるのだから消えなくてはならない

 踊る指は白い

 限りなく軽くならなくてはならない

 評価をしてはならない

 ただほとばしる言葉を生み出し続ける

 書き続ける

 書き続ける

 喉がかれるまで

 叫び続けても

 言葉は枯れない

 むしろ言葉は書けば書くほど

 豊かになっていく

 書き始めたものはそれを知る

 書き続けられないものは

 言葉続く先に絶望しただけ

 書き続けるものは

 言葉が本来もつ力を知っている


 僕は帰るときも電車の中で詩を書く。筆が止まることはなかった。手帳にはいくつもの詩が書かれている。詩は、本当に自由だ。詩は、本当の自由を知っている。僕はまた透明になる。


 夜寝ると僕は本当に透明になっていた。

 朝起きると僕は本当に透明になっていた。

 僕はノートのページを開こうとする。

 手はページをすり抜ける。ペンは手をすり抜ける。

 僕は愕然とした。

 僕は詩になった。

 窓に向かって走り出すとからだが窓を透過した。

 まるで海に飛び込んだみたいに、窓の外の景色が僕を包んだ

 百四十五階建てのマンションの百二十階から僕は飛んだ

 水平線が僕を包む

 僕がまわると水平線も回る

 空の青さが僕を透過する

 遠くの海の波の光が僕を突き刺す

 痛みもなく、僕はそれらをすべて透過する

 世界は存在していた

 立ち並ぶビルを見下ろしながら僕は叫ぶ

 声が透過する

 それでも世界が響き合う

 重力の透明な波が見える

 さざ波が重なり合い新しい形を作っている


 僕は着地した。詩の世界に降り立った。街は静。人はまばら。木は整列されたまま動かない。風が吹かないから。僕は歩く。僕は歩いた。本当に意味があるものを探していた。不思議なものでどんなものも考えすぎれば意味が無いものに見えた。考えようによっては素晴らしいものに見えた。僕はクラクラする。


 朝の公園では、鳩が地面をついばんでいた

 なにももとめずに

 なにかをしようともがくことをせずに

 ただくちばしで地面をつついては歩いていた

 

 速く速く回りすぎる

 頭についていけない人間たち

 からだもこころも疲れ果てて

 眠るほか無い

 それでも眠れない人たちは

 布団の上で狂って踊る


 草たちは月を見ていた

 夜の光でゆっくりと光合成していた

 明かりが消えた家々は瞑想していた


 中心点と主張と鋭さをもたない情報

 人を酔わせながら思考を失わせる情報

 いつからか

 わからないことが幸せだと笑う

 わからないことが素晴らしいという倫理ができる

 

 眠れないのはなぜだろう

 踊りながら思う

 眠りたくないのはここがもう夢だから

 一晩一晩

 夢のまた夢に潜って行くのはいやだから

 目覚めること無く朝をむかえて

 いつになったら現実

 痛みに出会えるだろう


 公園にはのどかに散歩する人がいた。鳩ほど静かではないけど、静かにわずかにぬれる芝生を見つめる人がいた。また別の公園では鯉がいた。池を透明に泳いでいた。からだが初めから透明な生き物もいるものだ。橋の上にたって鯉に餌をあげる人がいた。鯉はわかっていて、必死に口をあけて餌を求める。


 何かを考えた結果

 何かは生まれたの

 

 何かを求めた結果

 何かは死んだの


 詩は死

 それとも

 死は詩


 池の鯉はいつ死ぬの

 生きている鯉を見た


 生があなたのものなら

 死もあたなのもの


 生きている鯉を見た

 生きようとする鯉をみた


 まな板の鯉

 

 知っているわけではなく

 月に照らされる草木のように

 波が満ちて引くのと同じように


 生き方を忘れているだけ


 

アイリは『太初の鯨』から次のような文字列を発見した。

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