エピローグ
今回の事件は闇に葬られ、ハルト様は病死したことになった。
そりゃそうだ。
ハルト様は王様の言葉を聞き違えたばっかりに殺されたようなものだし。
ヘイズ様は「人を殺しちゃってピンチ! でも冤罪事件に仕立てればあの子と距離を縮められるんじゃねウヘヘ」の恋愛脳だし。
ルーザ嬢は日陰の女を自称していたものの、裁判の結果、二度と太陽を拝めない立場まで身を落としてしまったし。
なんというか、色々とひどすぎる。
真相が明るみに出れば、王家の威信もだだ下がりだろう。
「そういうわけで、この件についてはボクもキミもお口チャックだ、いいね?」
宰相閣下はひどく疲れた顔つきだった。
この人にしては珍しく、目の下に深いクマを刻んでいる。
穴の開いた執務机もそのまま、全身から倦怠感が漂っていた。
「ただまあ、人の噂ってのは雨漏りみたいなモンだしねえ。
よくわかんないところからポタポタと伝わっていくもんだし、ルナティアくんにはしばらく王都を離れてもらうことになるかなあ」
「私もそれを考えていたところです。東方の竜人族が怪しい動きを見せていますし、その前にちょっと交流を深めてこようかと」
「……念のため、交流の内容を窺ってもいいかな?」
「別に大したことではありません。旅の武芸者に変装して、主立った猛者たちを斬り伏せてくるだけですから」
私の場合、髪に染料を塗りたくって革鎧を纏えば「やや女顔の男」で通る。
正体さえバレなければ問題にはならないし、仮にバレても目撃者を消せばそれでいい。
「……キミには一年くらい、実家で大人しくしててほしいんだけどなあ」
「やめてください、退屈で死にかねません」
「正直、宮廷でキミが一番の危険人物の気がするよ」
「御冗談を。私が道理の分からない人間だったなら、ヘイズ様とルーザ嬢はあの場で骸に代わっていたでしょう」
王族を殺し、しかもその罪を他人に被せようとする。
本来なら即座に首を刎ねるところだが、私はちゃんと全てを司法に委ねたのだ。
我ながらなんて行儀のいい人間なんだろう。
それからほどなくして、私と黒耳騎士団には東方辺境の防衛任務が課せられた。
おそらく宰相閣下が手を回してくれたのだろう。普段に比べてずっと物資も贅沢だった。
「ああ、今回は帳簿とにらめっこしないでもよさそうです」
どこか夢見心地な様子で副官のフェントは呟いた。
よほど嬉しいのだろうか、ピコピコと尻尾が跳ねている。
「任務は任務ですけど、これなら久しぶりにゆっくりできますね。
ルナティア様、お願いですから竜人領に散歩なんかしないでくださいよ」
「分かってる。散歩はしない」
「旅行もアウトです」
「遠足は? 糧食は300ディルまでのつもりだ」
「ダメです、いやホントやめてください。獣人領の時みたいな行殺行脚とかシャレになりませんからね?」
「だが、そのおかげでフェントとも出会えた。そう悪いことじゃないだろう」
「……その言い方はずるいですよ、ルナティア様」
とりとめのない話をしつつ、ゆっくりと馬で東方へと向かう。
まるで故郷に帰るかのような心地だった。
やっぱり私には、きらびやかな宮殿なんて似合わない。
好きなら好きで真正面からそれを伝えて、必要なら剣と剣をぶつければいい。
私の脳髄と言うのはどうにも単純で――だから、ヘイズ様やルーザ嬢みたいな考え方には距離を感じてしまう。
彼らはいまごろ牢獄の中で、己の運命とやらを嘆いているのだろうか。
まあいい。
最後にひとつだけ余談を。
事件の夜、私が関所で助けたメイド。
名前をミリアというのだが――どうやら、ハルト様と恋仲にあったらしい。
夜も明けきらぬ時間にヒバリの間を尋ねたのは逢引のためで……そこで、物言わぬ骸と化した恋人を見つけた、というわけだ。
その衝撃は、悲嘆は、どれほどのものだったろう。
ヘイズ様とルーザ嬢がそれぞれ盲目的に恋愛物語を演じた結果、ミリア嬢の幸福は踏みにじられてしまったわけだ。
彼女は事件のあとひっそりと姿を消していた。
ハルト様の後を追ったわけではない……と信じたい。
宰相閣下曰く、母方の実家で静養するつもりらしい、と。
場所は東方辺境。
ちょうど私の任地でもあるし、時間が許せば様子を見に行くつもりだ。
こうして。
筋違いの婚約破棄にまつわる事件は、ほのかな苦みを残して幕を閉じた。
この時点での私は、まだ、知る由もない。
東方辺境において新たな事件が待ち受けていることに。
「悪役」に仕立てあげられた商家の令嬢。
計算高い「平民の素朴な少女」。
そして貴族嫌いで有名な、伯爵家のドラ息子。
できればもう他人の恋路に、関わりたくはないのだけれど。
次回『悪役令嬢殺人事件』をお楽しみに!(うそです)
お読みいただきありがとうございました。それでは失礼いたします。