54話 賭けの勝敗は
ここまではオレの計算通り。
(ふっふっふ、これぞオレの切り札……褒め殺し作戦だぜっ!)
真由の心配をしていたことを勘づかれないよう、黒咲の良い点を褒めて、褒めて、べた褒めまくってみせる。
文武両道を絵に描いたような黒咲は、当然褒めようと思えばいくらでも良い点などあるのだが。
黒咲と出会ってからの七年間。
オレは面と向かって、黒咲を褒めた記憶がなかったりする。
何故、と聞かれたら理由は数多くあるのだが。
一番の理由は、悔しかったからだろう。
思えば、初めて黒咲と知り合ったのは小学四年生になって。
忘れもしない、チャンバラ剣道の授業だった。
剣道といっても小学生がやるものだ。頭に当たっても痛くない柔らかな棒を振り回して、互いにえいえいと振り回す程度なのだが。
その中に、小学四年生離れした棒さばきを見せていた女の子がいた。
その女子こそ、黒咲であった。
どれだけ小学生離れしているかと言うと。手本を見せてくれようとした先生の攻撃を巧みに回避し、そのまま先生の頭に見事なまでの一撃を叩き込んだのだから。
その瞬間、いつもは遊び半分でチャンバラ棒を振り回していた同級生の男らの目の色が変わり。授業の内容は途端に「先生をも倒した女の子から一本取れるか」に変わってしまった。
(けど、結局は誰も黒咲からは一本取れなかったんだよなあ……)
最初こそ、やられた先生も参加して盛り上がっていたチャンバラ剣道は。一時期は定番のドッチボールに代わり、昼休みには男子が黒咲へと挑んでいたが。
小学生の興味というのは飽きるのも早く、しかも誰一人として黒咲に勝てなかったためか。結局のところ、二週間ほどでほとんどの男子がドッチボールに鞍替えしていった。
そう、オレ以外は。
クラスの誰もが黒咲に勝負を吹っかけるのをやめても、オレは懲りずに勝負を挑み続けた。
別に勝ち目があるから、とかそんなこともなく。何度となく黒咲に向かっていったが、結果は相変わらずオレの惨敗だったにもかかわらず、だ。
(そういや、あの当時はクラスの男子にやたら茶化さかれたっけなあ……)
そんなある日、給食が終わり昼休みになって。
いつも通りに黒咲をチャンバラ剣道に誘おうとした時のことだった。
昼休みにチャンバラ剣道をやろう、と言い出しながら一番最初に飽きてやめてしまったクラスのリーダー格の男子にこう聞かれた。
『なあ灰宮、お前もしかして……黒咲のことが好きだったりするのか?』
要は、自分たちが飽きた遊びにまだオレが付き合っているのは。チャンバラ剣道が楽しいからじゃなく、オレが黒咲を好きで気を惹こうとしてるのではないか、という邪推だった。
あの時はその言葉に腹が立ちもしたが、今になって思えば「当然そうなるよな」と納得もできる。
正直に言えば、理由なんてものはなかった。
黒咲とチャンバラ剣道で勝負している時間が何よりも楽しかったから誘ってたわけだが。
本音を言わせてもらえば、負けっぱなしのまま終わるのがイヤだった、というオレなりの意地があったのも確かだ。
結論を言えば、チャンバラ剣道の授業が終わり昼休みに道具を貸してもらえなくなるまで、一度も黒咲には勝てなかったという結果だったが。
(思えば、あれから黒咲に何を挑んでも、一度も勝てたことがないんだよなあ……)
運動会で別々の組になった時や。
通学路を走って競走してみたり。
学校の定期テストの点数を比べてみたりと。
今まで黒咲に勝負を挑んだ回数は、大小合わせて数十にもなるが。
オレが黒咲に勝てたことは一度もなかったのを、作戦だとはいえ黒咲を褒めて、褒めて、褒めようとした時点で思い返してしまっていたのだ。
(あ、あれ……これって、盛大な負けフラグじゃね?)
……いやいや。
弱気になるな、灰宮景。
今回の勝負は、オレと黒咲の能力の差は関係ない。あくまでこの先の水族館が開いているかどうかという運の問題だからだ。
体力や運動神経、学力や知力で黒咲に勝てなかったとしても。運ならば黒咲に勝てるチャンスはある!
「な、なあ景君っ……悪かった、悪かったから……そろそろ水族館に行かない、かい?」
オレは、褒めに褒めちぎった事で顔を真っ赤にしていた黒咲はもうオレが何の考え事をしていたのかを追及する側ではなくなっていた。
いつもは超能力者かと思うくらいに勘の鋭い黒咲に、隠し事ができない素直でピュアな心の持ち主であるオレが責め……もとい、攻められるのが日常なだけに。
もう少し褒め殺し作戦を続けて、黒咲を攻め立てたい気持ちがふつふつと湧いてくるが。
(……い、いやダメだ灰宮景っ! ここで深追いすると手痛いしっぺ返しを食らうとオレの本能が警告を鳴らしているっ?)
そう。
黒咲と一緒にいながら、真由の心配をしていたことを誤魔化すという当初の目的は果たしたのだ。
この場は、自分の心の中の警告に素直に従って。黒咲の言う通りに水族館に向かうことにした。
「ああ、それじゃ行こうか黒咲っ」
「え? あ、ああっ」
オレは頬を真っ赤にして下を向いていた黒咲の手を少し強引に取ると、水族館へと黒咲を引っ張ってしまい。
「う、うおっ! あ……あ、あ、ごっごめん黒咲っ……」
ここ数年、オレから黒咲から手を繋いだことなんてなく。
今の誘い方と対応がまさに、小学四年の頃に彼女を昼休みにチャンバラ剣道を誘った時のまんまだったことに気づき。
慌てて黒咲の手を離そうとするオレだったが。
「──え?」
指を離したオレの手を、今度は黒咲が握り返してきたのだ。
「……ふふ。景君にこうやって手を引かれたのは、小学生の頃に昼休み、景君にチャンバラ剣道を誘われた時以来だね」
「……っっ!」
オレは、離したはずの手を逆に握り返されたことにも驚きはしたが。
(い……いや、オレはついさっき、小学生の頃を思い浮かべてたからだけど……な、何で黒咲までチャンバラ剣道の事をっ?)
それ以上に、黒咲が小学生の時の記憶をすぐに持ち出してきたことに驚きを隠せなかった。
褒め殺し作戦で、黒咲を見事にやり込めたとぬか喜びしていたオレだったが。最後の最後に形成逆転、どんでん返しをされてしまった。
黒咲に手を握られながらも、引っ張られて歩くのがイヤだったので。黒咲の歩く速度に合わせ、彼女の横に並ぶように歩き。
こうして向かった水族館だったが。
「あ……開いてーら……」
「ほらね、景君。私が言った通りだったじゃないか」
「え? は? そ、そんなハズがっっ?」
オレたちの目の前では、一〇時に開館しているはずだった水族館はもう営業を始めていた。
慌てたオレは、ポケットにしまっていたスマホの画面を見てみるが。
表示されている時刻は、九時四五分。
「ふふん。勝負あり、だね。景君」




