53話 前哨戦はオレの勝ち
にもかかわらず、だ。
オレのスマホに連絡が入っていないのは、本来ゆっくりと真由が休んでいるという証なのに。
「くそ、何だか……複雑な気分だよな」
学校の内外で真由につきまとわれていた時には、あれほどに鬱陶しいとさえ感じていて。一度は我慢の限界からか、二人の前でブチ切れてしまったぐらいなのに。
こうして突き放されてしまうと、心の中に冷たい隙間風が吹いたような寂しさを感じてしまうのは、オレが欲張りなのだろうか?
(い、いやっ……だ、大体、この沖縄旅行を誘ってきたのは真由からなんだぞ、なのにっ……)
そうだ。
剣道部の合宿日程とかぶったとはいえ、既に誘っていたと思ってた黒咲を出し抜くカタチでオレを誘ってきたのは真由だ。
何なら、合宿とかぶったのは偶然ではなく。黒咲を沖縄へ連れて行かないために計算されたことだったのではないか……と思っていたのだけど。
だったら何で、看病しようとしたオレを避けるように「黒咲と遊んでこい」と言い出したのだろう。
わからない。
いくら考えても、真由の考えがわからない。
(く、くそっ……何でオレが落ち込まなきゃいけないってんだっ! それもコレも、昨日、真由があんなコトやあんなコトをしてこなけりゃ……)
などと考え込んで階段を昇っていると、不意に背中に走った衝撃でオレは我に返る。
「う……うおぉっ!?」
「何、難しい顔をしてるんだい景君? ほら、五階に到着したよ」
背後から歩いていた黒咲が、五階に到着してもなお上の階を目指そうとしていたオレの様子がおかしいと思い。
オレの背中を叩いてくれたのだった。
「そ、そうか、そ、それじゃ早速、開いてるか確認するとしますかっ」
「ふぅん……ねえ、景君?」
五階に到着したことに気づかなった理由が、まさか熱にうなされ寝ている真由のことを考えていた、だなんて。
今、黒咲に知られるのは非常にマズい。
だからオレは下手にボロを出す前にその場を取り繕って、水族館の入り口へと向かおうとするのだが。
何故か黒咲は、まだ五階への階段を到着まであと一段という位置に腕を組んで立ったまま、その場を動こうとしなかったのだ。
「何だい、その様子じゃ勝負に勝った時に私に何を命令するかを悩んでいたわけでは……ないみたいだねえ」
「い、いや……それは、その……な?」
自分でも一体誰と何に「な?」と問いかけているのかはさっぱり分からないが。
とにかく今オレが理解できるのは、黒咲を上手く丸めこむのに失敗した、ということだ。
(ま、マズいっ?……時間をかけたら、オレの考えが黒咲に読まれちまうっ……)
用意周到な真由と違い。さすがは体育会系、単純明快な性格をしている黒咲だが。
どういうわけか、オレの頭の中を透かして見てるのかと思うくらいにこちらの思考を先回りしたり、的中させてくるのだ。
それはもう、一時期は黒咲が他人の心の内側を理解することができる「超能力者」なんじゃないかと疑ったほどだ。
だから、この間はマズい。
最初に黒咲が言ったように、確かに階段を昇っていた時には賭けの勝負のことは頭になかったのは事実だ。
それでも、真由の容態を心配していたということを知られるのは何としてでも回避しないと。
(ならば、先手必勝。先んずれば人を制す……って言うし、オレがこの会話の主導権を握るっきゃない!)
腕を組みながらこちらをジーッと見ていた黒咲に向け、意を決してオレは口を開く。
「え、えーっとさ黒咲っ……その、考え事をしてたのは、確かに今回の賭け事のことじゃあ、ないんだ」
「だったら一体、景君はこんな時に何を考えていたんだと言うんだい?」
「そりゃあ──」
こうやって会話をしている最中でも、黒咲はずっとオレの目をジッと見てくる。
まるで目の奥にあるオレの本心を見抜こうとしているようで、内心ではヒヤヒヤしていたのだが。ここで変に誤魔化そうとすれば、それこそ黒咲の思う壺だ。
(この場を切り抜けるには、この話題しかない)
オレはできるだけ冷静を装いながら、先程決意した通りの「嘘」を黒咲に向かって言うことにした。
「昨日、海で途方に暮れてたオレと真由を助けてくれた時のことを思い出してただけだよ」
「ん?……ああ、そう言えば。泳げない真由の水着が高波に流されていたな、あの時の真由の困った顔は中々に見れるものじゃないな」
まだ昨日は台風が直撃する予兆などまったくなかった平穏な海で、全然泳げない真由はレンタルのゴムボートに乗って沖まで泳いでいたが。
突然の高波が真由の乗ったボートを襲い、ひっくり返った時の拍子で胸元を隠す水着が流されてしまう。
高校生離れした真由の胸は、とても手で隠しきれるボリュームではなく。そんな状態の真由とどうやって砂浜に戻ろうか、沖に浮かびながら何も思いつかずにいると。
流された真由の水着を持って登場したのが、何を隠そう黒咲その人だった。
「あの時、黒咲が水着を手にしてなかったらどうなってたか。だけど……さっき思い出してたのはそこじゃないんだ」
「じゃあ一体何を思い出し──」
少しばかり回りくどい言い方をするオレに痺れをきらしたのか。黒咲はあと一段残した場所からついに動き、こちらを問いつめようとしてくるが。
会話の主導権を得ようとしていたオレは、迫る黒咲に先んじてピタリと彼女を指差すと。
「いや、今さらなんだけど。黒咲の水着姿、スポーティーで似合ってたなって」
「えっ! あ……あ、ありがと、で、でも、何でいきなりそんなっ……」
「いや、だって最初に黒咲の水着を見た時は足の裏が火事になってて、水着を褒めるどころじゃなかっただろ?」
水着を洋服の下に着込んでいたものの、脱いだ服やスマホなどの小物を一旦ホテルに置いてくるために真由が離れたその隙に。
何と、剣道部の合宿だったはずの黒咲が、黒のビキニにパレオという海を満喫する気満々の姿で現れたのだ。
あの時は不覚にも、オレが知っていた幼馴染の持つポテンシャルを完全に舐めきっていたことを思い知らされたのだ。
「い、いや、だけど……私の水着姿なんて小学校や中学校のプールの授業でいくらでも見てるだろう、景君ってば?」
「いやいやいや……ありゃ色気も味気もない学校指定の水着の話だろうがっ」
背中やお腹など肌の露出を最低限に抑える仕様のスクール水着。
最近は上下が別となって、下半身も太ももまで隠すセパレートタイプが普及しつつあるが、オレたちの学校はまだ女子はワンピースタイプだった。
スクール水着こそ至高にして究極……という一部の特殊嗜好の持ち主はともかくとして、オレはスクール水着の魅力の一切を理解できていなかった。
しかも黒咲の凹凸の乏しい……ゲフンゴホン! も、もとい、スレンダーでスポーティーな体型だと余計にスクール水着の味気なさが目立ってしまう。
(しかも、比較対象ってのがあまりに残酷すぎる戦力差だったんだよなあ……)
それに、真由という存在が水着姿の黒咲の魅力を減退させるのに、さらに拍車をかけていた。
一学年下なために、同じプールで並んで授業を受けている様子など覗いたこともないが。普段からオレに「これでもかっ!」と見せつけてくる大きな大胸筋から、その破壊力は容易に想像できるというものだ。
ここだけの話、黒咲の水着姿に女としての魅力を感じたことは皆無、ゼロだったわけだ。
そう……つい、先日までは。
いや、まさか。スクール水着の定番である紺色から黒になり、ワンピースタイプからビキニに変えただけで。言っちゃ悪いが、平坦な黒咲の体型と格好良さを際立たせるとは、まさに想定外と言うしかなかった。
「学校指定の水着から、似合う水着に着替えただけで、まさか黒咲があんなに見違えて美人に見えたなんてな……驚いたよ」
立て続けに黒咲を褒めちぎったことで、先程までオレの心の内を読み取ろうと向けていた鋭い目線はどこへやら。
「ゔ……ううう、な、なあ景君、は、恥ずかしくなるじゃないかっ……」
顔を真っ赤にした黒咲は、今ではすっかりオレから視線を逸らしてしまっていた。




