51話 つまらない意地の選択肢
どうやら一通りオレのスマホの待ち受け画面を楽しんだ黒咲は、ようやく強奪したスマホを返してくれた。
「さて、それじゃ次の場所に移動だよ、景君」
オレを散々からかって満足した顔の黒咲が、どこかへ向けて勝手に歩き出す。
「移動って……おいおい、まだ九時だっての」
外は台風による暴風雨で、とてもホテルを出られるような状況じゃない。
(……まあ、例外が既に目の前にいるけどな)
そうなると、普久間殿ホテルの中にある宿泊者が利用できる映画館などの娯楽施設で遊ぶことになるのだが。
どの施設も開館が一○時からとなっていた。
だから黒咲が一体どこに向かっているのか、オレはさっぱり見当がつかなかった。
すると、振り返った黒咲は勝ち誇るようなドヤ顔を浮かべながら、真上を指差すと。
「ふふん。甘い、甘いね景君。実は……もうこの時間から二人で回れる場所を、私は見つけだしてしまっているわけさ」
「なっ……なんだとおおっっ!?」
思わず驚きの声を上げるオレ。
それもそのはず。何故、宿泊者でもない黒咲がホテルに泊まってるオレよりもこの場所の詳細を知ってるのか。
「いや景君、そんな不思議がることじゃないさ」
実にあっけらかんと言ってのけた黒咲の態度に、即座にオレの脳裏には。
(いやいや、充分に不思議に思っていい事態だとオレは思うんだけどな……)
と、ツッコミの言葉が浮かんだのだったが。
ここで言葉を割り込ませてしまっては、黒咲の説明を聞けないため。
ここはグッと喉まで出かかった言葉を飲み込んでいく。
「さっきベットに伏せっていた真由と話していた時、ホテルが紹介されていたパンフレットに目を通しただけだよ」
「い、いつの間に……」
寝室では確かに、真由と二人だけで話し込む場面もあったが。
会話のほとんどには黒咲も混じっていたはずで、ホテルのパンフを見ている余裕なんてあったようには思えなかったが。
そう言えば、以前黒咲の口から聞いたことがあった。
入学してからほぼ毎回、中間や期末といった定期テストで黒咲は学年トップ、数度ほどトップを逃がしたことはあっても一○位以内から陥落したのをオレは見たことがない。
真ん中ほどの順位だったオレは、どうやったらテストの成績が良くなるのかを黒咲に冗談混じりで尋ねた時に。
『私はね、一度目を通した内容は忘れないんだ』
あの時は何を馬鹿なことを言ってるのかと笑い飛ばしたオレだったが。今考えれば、あれは本当の話だったのだろう。
「……で、どこにオレを連れて行く気だ?」
「水族館だよ」
確かにこの普久間殿ホテルの五階と六階には、小型ながらフロア全部にいくつもの水槽を入れ。珍しい沖縄近海に生息する熱帯魚を中心に展示している水族館がある。
周囲を海に囲まれている沖縄には「世界第二位」の規模を誇る有名な水族館があり、規模を比較すれば当然ながらあらゆる点で劣るだろうが。
一つは、ホホシロサメを飼育している世界でも唯一の水族館であること。実は某人喰い鮫映画で有名になったホホシロサメだが、人工的な飼育はとても難しいようで。現在、水槽で飼育できているのはここ『伏魔殿』の水族館だけだという話だ。
そしてもう一つは、宿泊者に渡されるカードキーがあれば、無料で入館し、ゆっくりと見学できるという特典であった。
真由の希望で一人休ませてあげるために、黒咲には真由のカードキーが手渡されているので。
入館に関しての問題は解決しているのだけど。
「あれ? 水族館って、九時から開いてたか?」
三階の映画館、四階の大型ゲームコーナー、そして五階・六階の水族館は。
昨晩の時点で台風が直撃していたことから、真由が元気であれば、どこを回ろうかと思ってオレもスマホで調べておいたのだが。
(オレの記憶じゃ……五階の水族館も一○時に開館だったハズじゃなかったっけ?)
だからこそ、もう少しゆっくりと朝食を摂る予定だったのだ。
先程話題にもなった黒咲のあまりの食べっぷりに、当初の予定はすっかり吹っ飛んでしまったわけだが。
「ふうん……それじゃ、景君は私の見間違いだ……と言うんだね?」
オレに開館時間が間違ってる、と言われ。
先程の勝ち誇ったドヤ顔とはうって変わって、目を細めた顔で振り返ってくる黒咲だった。
「ゔ? そ、そう言われると、オレのほうが間違えてるように思えてくるじゃないかよ……」
オレの記憶では水族館の開館は一○時だった。
でも、記憶力というだけなら黒咲が一枚も二枚もオレより上手なのは、学校での成績が示している通りだ。
ここでオレには二つの選択肢があった。
1.開館は一○時に間違いない! 間違ってるのは黒咲、お前のほうだ! と論破する。
2.オレの勘違いだったみたいだな、とこの場は笑って済ませて黒咲と水族館へとレッツゴー。
ここは普通に考えたら、2を選ぶのが賢い選択だと思うと頭ではわかっている……わかっているのだけど。
小学四年生の時に出会ってからというもの、黒咲の頭の良さを散々というほど見せつけられてきたオレは。
選択した結果によって重大なリスクを招かないこんな時だからこそ、黒咲に白旗を振るようなマネを自分から選びたくなかった。
それこそ、なぜ同い年齢の黒咲をオレがいつまでも苗字でしか呼べないのは。運動にしても、知識にしても黒咲に勝っている要素が一つもないという引け目が理由でもある。
本当にくだらない意地と、他人が聞いたらそれこそ笑うだろうが。
(これは……オレが黒咲を打ち負かす、最初の一歩なんだあああっ!)
だから最初は2の選択に傾きそうになった弱気な気持ちを、オレは1の選択肢へと強引に傾けていくと。
「い、いやっ! オレの見た情報に間違いはないっ、だから水族館が開くのは九時じゃない……一○時だっ!」
オレは水族館が開館するのが一○時だとハッキリ断定し、某少年探偵の決めポーズのように黒咲をビシッと指差してみせた。
「ふうん……面白いじゃないか景君。じゃあ、こうしよう」
当然ながら、開館が九時だと主張する黒咲も自分の意見を引き下げる気はまったくないようで。
胸の前で腕を組んで、不敵な笑みを浮かべていた黒咲は。指を一本立ててオレにある提案をしてくる。
「これから二人で水族館に行って開いてるか確かめてみようよ。もし、景君の言う通り閉まっていたら、私は景君の言うことを何でも一つ聞くよ……何でも、ね?」
「じゃあ、黒咲の言ったのが当たってて、水族館が開いてたとしたら……」
黒咲は、もし自分の主張が間違えていたとしたら。オレの命令を一つだけ、実行してくれると言う。
ということは、だ。オレが間違えていた時の代償も……当然、同じ内容になるだろうと覚悟していたのだが。
「今日一日、私のことを『杏里』と名前で呼んでもらうよ」
「へ?」
「ん。この条件じゃ不服かい、景君?」
思わずオレは間抜けな声を出してしまった。
というのも、オレの予想に反して。黒咲が提案してきた条件というのが、自分が負けた時の代償とはとても釣り合わない内容だったからだ。




