50話 スマホに写る想い
こうして、朝食を終えたオレと黒咲。
食後のドリンクにコップ一杯の牛乳を一気に飲み干した黒咲を、オレは冷ややかな視線で見ていた。
「ふぅ、食べた食べた……さすがにもう入らないかな」
「……ちょっと待て。お前のどこに今のパンが収まってるのか、オレにゃ謎なんだが……」
「ふふん。それは私、黒咲杏里の七不思議の一つだよ、景君?」
ジト目で見つめるオレを軽くあしらう黒咲だったが。
いくら無制限のバイキング形式だったとはいえ、黒咲が腹に収めたパンの個数は実に、二〇個以上だったりする。
当然ながら、同じく朝食を摂っていた他の宿泊客も、黒咲の盛大な食べっぷりをだいぶ生温かい目で見ていたに違いない。
「いやいや、景君? 常に焼き立てのパンを数種類も用意してくれるんだ。なら……全部味わってみたくなるのが、朝食はパン派としての性じゃないか?」
確かに黒咲の言う通りだ。このホテルは専用のパン焼き窯があり、食パンからクロワッサン、ベーグルにプレッツェルまで、様々な焼き立ての美味しいパンを提供していた。
さすがは沖縄で一、二を争うほどの高級リゾートホテル、と呼びたくなるが、当然ながらそれだけではなく。パンのお供と言うべきバターやジャムにも普通とは違った高級なものが使われていた。
……というのを加味しても、オレは食べたパンの数は三個だ。
さすがに二〇個もというのは朝から平らげる量にしては多すぎる。
「それに、剣道は日本の武道……ってこともあって、合宿中の食事はほぼ主食がご飯なんだ」
「なるほど、そりゃ朝パン派には厳しい環境だな」
黒咲から剣道部の合宿の食事情を聞いて、その朝食メニューに妙に納得してしまうオレ。
(……まあ、最初はオレも剣道やってる黒咲が朝パン派って聞いて、嘘だろって思ったもんなあ)
日本の武道だからと言って、パンを食べたら弱くなるとか、ご飯でないと強くなれない……なんて理屈はもはや迷信でしかない。
日本の国技たる相撲も、一昔前はちゃんこ鍋以外の食事を認めなかったそうだが。現代では身体を成長させるために鍋以外の料理も認められている……と、テレビで見た記憶がある。
だから、黒咲が焼き立てパンをつい食べ過ぎた、というのは理解できたが。
「わかった、パンをあれだけ食べたワケは何となくだがわかった……けどな」
「何だい? 納得してくれたというのに、ずいぶんと浮かない顔してるんだな、景君は」
「そりゃそうだろ……だってなぁ、黒咲がキレイに平らげたのはパンだけじゃないからな……」
当然ながらパンだけパクパクとパクついたのなら、朝っぱらからでない空腹時なら二〇個とまではいかなくても腹に収めることはできるかもしれない。
でも、パン二〇個と同じだけのオカズや惣菜まで食べた、というのなら話は別だ。
黒咲は、ベーコンエッグにオムレツなどの卵料理やサラダ、各種スープだけでは飽き足らず。和食用に用意されていた焼き鮭や海苔に、果てはオープンキッチンで調理していたステーキを数皿、同時に平らげていたのだから。
先程のバイキングで食べた黒咲の食事量は、サッと見積もってもオレの三倍以上であった。
あれだけの量を盛ってきた時点で、ホテルの従業員や料理人は「ホントに食べられるのか?」と少し顔をしかめていたが。
実際に皿をキレイに平らげた後に、再び料理を取りに席を立った途端に。従業員らの顔が一気に驚きに変わっていたのはあまりに印象的だった。
「にしても、景君はあまり食べてなかったけど」
「……そりゃあ、なあ」
黒咲の指摘通り、オレがあまり食べられなかったのは。
横で信じられない量を平らげていた黒咲を見ていただけですっかり腹いっぱいになってしまったからだ。
(まさか、朝からリアルなフードファイター的大食いを見せつけられるとは思ってなかったぜ……)
それにしても、だ。
黒咲が朝パン派と聞いて驚いたが、それ以上にここまでの大食漢だったことのほうが一層の驚きだった。
オレの家で朝を一緒に食べていた時には、オレや母親に大食いな気配を一切見せていなかったのに。
「……黒咲、もしかして。母さんの前じゃ大人しくしてたな」
オレの言葉を聞いた黒咲は、バツが悪そうに頬を指で掻きながら、オレから顔を背けていく。
「……な、何のことかな?」
(あ。こりゃホントに猫被ってたな)
そういえばまだ事故が起きる前。母さんが生きていた頃はよく「杏里ちゃんが娘に欲しいわあ」なんて冗談をよくオレや黒咲本人に漏らしていたくらい、母さんは黒咲を気に入っていた様子だった。
おそらく黒咲は、母さんが持っていた良いイメージを崩したくなかったのだろうが。
(いや……黒咲がこれだけ大食いだったと知ってりゃ、母さんのことだ。喜んで料理作りそうな気もするんだよなあ……)
……実は。
母さんは生前、食が細かったこともあってか。テレビでは大食い関係の番組を好んで観て、大食いを売りにしていたフードファイターを応援していたくらいだ。
黒咲がここまでの大食漢だという正体を明かしたとしても、むしろ好感度は高まったんじゃないかと思うのだ。
「……コホン。さて、景君」
「なんだよ、急にあらたまって」
二階の大食堂を出て、朝食について語らっていた黒咲とオレだったが。
突然、咳払いをした黒咲がキョロキョロと何かを探している様子だ。
「ん? どうした、いきなり──」
どうやら黒咲が見ていた視線の先は、時計が配置されてそうな位置ばかりだった。
(そうか。そういや黒咲、スマホ持ってないんだっけ)
普通であれば、持っているスマホの画面から現在の時刻を確認できるのだろうが。
黒咲は最近の高校生としては珍しく、スマホを所持していない。だから沖縄旅行の前夜の電話だけでなく、昨日の深夜もホテル備えつけの公衆電話だったのだろうし。朝、到着した連絡もホテルのフロントからだった。
「ほら、これが今の時間だ」
だから代わりにオレのスマホの待ち受け画面を黒咲に見せてやった。画面には現在の時刻が表示されていたからだが。
「……へえ」
「あ」
画面を黒咲に見せてから、その行動が失敗した事にオレは気づく。
「嬉しいよ、景君。この写真、ずっと待ち受けに使ってくれてたんだね」
慌ててスマホを黒咲から取り返そうとするオレだったが、時すでに遅し。
画面に表示された時刻と一緒に待ち受け画面を見た黒咲は、実に晴れやかな笑顔をオレへと向ける。
「い、いや……こ、これは違っ? た、ただ変更するのが面倒くさかっただけでっ……」
「ふうん?」
オレのスマホの待ち受け画面の何がいけなかったのか。
なぜ、待ち受け画面を見て黒咲がニヤニヤと嬉しそうな顔を浮かべたのか。
画面に映っていたのは、九時ちょうどの時刻と。
今から四か月ほど前に新年度が始まり。オレと黒咲が二年生になったのと同時に、真由が新入生として同じ制服を着て。
うちの玄関に三人で並んで笑っていた姿だ。
確か、今年度の始業式帰りに黒咲と真由がウチへと立ち寄った時に。母さんが面倒くさがるオレを冷やかしながらスマホで撮影したのを、まだ憶えている。
「も、もういいだろっ、ほらスマホを返せよっ!」
「いやいや、もう少しじっくり見させてくれよ。スマホを持ってない私はこんな時じゃなきゃ見れないんだから」
画面に写る本人に、それがバレるほど恥ずかしい事はない。
オレは顔が熱くなるのを感じながら、黒咲から自分のスマホを取り返そうと慌てるが。黒咲は一向に返そうとしない。
あまりオレの気は進まないが、黒咲がスマホを所持しているなら画像を送れば、自分の画面からいつでも見られるのだが。




