48話 部屋を追い出された理由
すると、口元を押さえて恥じらう素振りを見せる真由が、少しキョロキョロし始めたかと思うと。
オレの後ろにいた黒咲をちょいちょいと手招きで呼び寄せる。
「ん? なぜ今、私を呼ぶんだ?」
「い、いいからっ杏里ちゃんっ……」
真由が黒咲を呼んだのは、どうやら看病しようとするオレをわざわざ遠ざけようとする理由を、黒咲だけに耳打ちして話したいらしい。
熱を出した真由のことを心配するオレは、何故その理由を話そうとしないのかイラッとはしたが。
「オレからも頼む、黒咲。真由の理由を聞き出してくれ」
同時に、黒咲には心を許して話してくれるということなら。ここは黒咲に任せようとも思い。
オレは両手を合わせると、真由のワガママを聞いてほしいと黒咲に頼みこむ。
「ふぅ……仕方ないね。景君のお願いだから特別だぞ」
軽くため息を吐いた黒咲は、オレにウインクを一つ送った後。
ベットに寝ていた真由の話を聞くために顔を寄せていくと。
「あ、あのね、杏里ちゃんっ……」
オレが聞こえたのはそこまでだった。
両手で黒咲の耳を覆った真由はホントに、本当に小声で喋っているのだろう。
何を黒咲に話しているのか、一文字も聞き取ることができなかった。
(う、嘘だろっ……耳澄ましてるのに……ぜ、全然聞き取れないじゃねえかっ……)
あわよくば、漏れ出す音を聞き取ってやろうと思ったオレの目論見は完全に外れてしまった。
(こ、こうなったら真由がどんな理由だったのかは、後で黒咲に聞くしかないか……)
それにしても、理由がよほど長いのか……黒咲と真由のわちゃわちゃは予想以上に時間がかかっていた。
真由の小さな声での話を聞きながら、黒咲はオレを見ながらコクン、コクンと何度もうなずいている。
「……ははあ、なるほど。それで、景君に直接言えなかったのか」
そして、ようやくオレに言えない理由を話し終えたのか。黒咲から顔を離した真由が起こしていた上半身を枕に向け倒すと、ベットに寝転がっていく。
「あはは、せんぱい……ごめんなさい、ちょっと真由、熱で身体がだるくなったので、少しだけ寝かせてください」
「い、いや、そりゃ身体はツラいだろうけど、まだ食事取ってないじゃないか、真由っ──」
内緒話の内容は気にはなったが、それ以上に。
熱を出した真由の体調が急に悪くなって起きてられなくなったのか……と心配になったオレは、真由の様子を確認しようとするが。
そんなオレの腕を掴んだのは黒咲だった。
「……えっ?」
黒咲は、掴んだ腕を引っ張るとそのままオレを真由とは正反対の、寝室の外へと自分ごと連れ出していった。
「ちょ、ま、待てよ黒咲っ? ま、まだ真由はまだ薬を飲んでないんだぞっ!」
「いいから、景君っ……まずは一度外に出て真由を寝かせてやろう?」
真由を寝かせるにしても、まずは朝食を摂ってもらわないと用意した解熱薬もあまり効果がない。
だったら、真由のワガママを聞いて一人にしてやるとしても。それは食事して薬を飲むのを確認してからだろう……そう思っていたのに。
男子の意地を見せて抵抗してみたオレだったが、黒咲との身体能力の差を見せつけられる結果となり。
オレはなすすべもなく部屋の外に出されてしまった。
「……オレ、真由を何か、怒らせるようなことしたのかな……」
寝ていた真由を気遣ってかドアを静かに閉めた黒咲に対し。オレは真由の態度が突然変わったことへの疑問を口にする。
最初は照れ隠しでオレを避けていたのかと思っていたが。何故か看病をさせてくれなかったり、その理由をオレには聞かさなかったり、挙げ句には問答無用で部屋から出されたりと。
まあ……最後のは、やったのは黒咲だが。
「どうやら真由は……景君がしきりにパジャマ越しに胸の谷間を見てるから、身の危険を感じた、って言ってたぞ」
「ま、まあ……そりゃ、見てなかったと言えば嘘にはなるさ」
そりゃ、最初は突然真由が熱を出して倒れたのには慌ててしまったけど。徐々に状況を飲み込み、落ち着いていくと。
いつもオレに立派な胸を押しつけてからかってくる真由と、無防備な寝間着姿で寝ている部屋にいたんだ。
(しかも、狙ってたのか……胸元のボタンを一つ外してたんだよなあ、あの時の真由はさ)
着替えは黒咲に任せたはずだが、しっかりとした黒咲の性格から胸のボタンを一つ外しておくわけがない。
なら……どうしても胸に視線がいってしまうのは、健全な男子高校生なら許してもらいたいものだ。
あたふたと慌てながら言い訳をするオレを、呆れるような顔で見ていた黒咲だったが。
「まったく……真由がその程度のことで景君を部屋から追い出そうとするわけないだろ?」
「じゃ、じゃあ、何でっ!」
黒咲から、胸を見ていたのが原因ではないと断言され。オレは心底ホッとしてしまっていたが。
そうなると問題はまたふりだしへと戻ってしまう。ならなぜ真由は朝食を用意する前にオレを遠ざけようとしたのだろう?
そんなオレの疑問に、真由から答えを聞いている黒咲が真顔に戻るとオレの顔の前に人差し指を一本立て。
「それはね……自分の汗のニオイを嗅がれるのがイヤだったから、なんだとさ」
「へ? え、えーと……汗?」
「そう、汗だよ汗。景君だって汗が出たことくらいあるだろう?」
おいおい、馬鹿にするなよ黒咲。
確かにオレは帰宅部で、あまり運動する機会はないが。
一学期最後の下校の時に、帰り道を全力で競走した後にイヤというほどびっしょりと全身から汗を噴き出したっての。
まあ、確かに高熱を出した人間は身体から多量の汗をかくものだ。現に真由だって、黒咲に寝間着に着替えを手伝ってもらった際に「汗を拭いた」と言っていた。
「どうやら真由は普通の女の子と比べて、汗の匂いが強い体質なんだとか。それで、景君に自分の汗のニオイを嗅がれるのがイヤだった……そうだよ」
「そ、そんな理由で?」
「景君が一日中つきっきりで看病をしていれば、いつかは強い汗のニオイが鼻に入ってきてしまうだろ?」
「……な、なるほどぉ……」
黒咲の正解を聞いて、まだ多少拭えきれていない違和感はあったものの。
確かにそれがホントだとしたら、自分の口から「自分の汗がくさいから部屋出てってください」なんて口が裂けても言えないだろう。
そりゃ、黒咲に小声で耳打ちで知らせる真由の気持ちは理解できるというものだ。
「だけど、さっきまで真由と一緒に部屋にいたけど……そこまで匂ってたかなあ? むしろ、普通にいい匂いがしたんだけど」
それだけじゃない。真由とは昨日の空港までの送迎用の車内や沖縄までの飛行機の中と、かなり距離が近くなる機会が多かったが。
汗の匂いが気になった場面なんて、ただの一度もなかったんだけど。
「……景君」
少し考え込んでいたオレに、なぜか冷ややかな目を向けていた黒咲。
「な、なんだよ、その目はさっ?」
「いや、これは警告だけど。いくら真由が可愛い後輩だからといって『いい匂いがした』なんて真由に言わないほうが良いと思うよ……今度こそ本当に、嫌われなくないならね?」
「あ……あ、あ、そ、そう、そうだよなっ!」
まさに黒咲の言う通り。
いくら真由が自分の汗の匂いを気にしすぎているからといって、逆張りして匂いを褒めてもそれはセクハラというものだ。
突然、真由の秘密を知ってしまったことで気が動転し、言わなくてもいいことを口にしてしまうところだった。




