47話 熱を出した真由の謎
それだけ黒咲が剣道部の顧問に連絡されたくないのには、一応それなりの理由がある。
──夏休み直前の大量停学騒動。
元から学園内で人気だった真由と黒咲と旧知の仲だったこともあり、一部の生徒からは嫉妬の目を向けられていたが。
それが表面化したのは、オレの両親の事故死だ。
両親の葬儀などでオレが一度、一ヶ月ほど自宅に引きこもったことで、そういった生徒たちの行動がより積極的に、より攻撃的になってしまったのだ。
結局のところ、理事長の権限を持つ真由と生徒会長の黒咲があの騒動を起こした理由は。
苛烈な決定を、しかも勝手に下した二人に生徒たちが幻滅してもらうために起こしたものだった。
こうして彼女たちの思惑通り、オレへの攻撃的な態度はなりをひそめ、一件落着となったわけだが。
(一件落着……じゃあなかったんだよなあ、あの事件)
これは、後で笑い話として黒咲や真由から別々に聞いた内容なのだが。
翌日にはなかった事になった騒動だが、さすがに十人を超える生徒が突然停学になったのだ。何かの不祥事があったかと教育委員会が動く可能性もあったという。
もし、教育委員会が動くような大事となれば。下手すれば主謀者の一人・黒咲は、それなりの処罰を受けることになっていただろう。
当然ながらそうなれば、秋の全国大会に黒咲が出場する、もとい所属する女子剣道部そのものが出場辞退という最悪の事態にもなり得たのだという。
ここでようやく話を元に戻すが。
そこで停学した生徒の保護者の自宅に一軒一軒を回り、黒咲と一緒に頭を下げてくれたのが今の剣道部の顧問だというのだ。
そういえば、今の剣道部の顧問は確か……名前は覚えてないが、七〇歳という学園でも一番高齢の温厚そうなジイさん教師だった気が。
「……そりゃまあ、そんな恩義のある顧問に台風の中、迎えに来させるのは。いくら黒咲でも気が引けるってワケか」
と、オレは理解していたのだが。
「ち……違う、違うんだ、景君っ」
オレがボソリと漏らした言葉を、腕にしがみついていた黒咲が首をブンブンと横に振って否定してくる。
「あ、あの爺さんは……普段は大人しいけど、お、怒ると、その……こ、怖いんだっ!」
「え、ちょ、ちょっと待て……黒咲が、その、怖いだって?」
黒咲の言葉に、一瞬オレは耳を疑った。
どうやら高齢ということもあってか、剣道部の顧問がメインとなっているためか、オレは面識がまったくないのだが。それでも遠目で見た限りでは、怒って怖そうには見えない。
いや、それよりもだ。一度、黒咲がブチ切れて。まるで悪鬼羅刹のごとく大暴れしたのを目の当たりにしたオレから言わせれば。
怒って怖いのは、どう考えても黒咲のほうだ……と思うのだが。
「ええ。並大抵の剣道の腕前では杏里ちゃんの指導は出来ないので。真由が全国から杏里ちゃんを指導出来るだけの実力者をスカウトしてきたんです」
「それが……今の剣道部の顧問……?」
「はい、せんぱい♪」
(い、いや……何で病人がそんな嬉しそうな笑顔してんだってのさ、真由……って、ヤバ)
思わず、真由へのツッコミが瞬時に脳裏に浮かんだが。そのセリフを口にするのは危ない、と危険を察知したオレは。
そのツッコミを胸に思うだけにとどめておいた。
「え、ええと……わ、わかった。顧問に連絡しない、と言うのならある程度の条件なら飲んでやるところだが……本当にいいのか、真由?」
「それってどういう意味ですか、杏里ちゃん?」
「い、いや……だって、お前が私を引き離してまで二人きりの旅行に来たハズなのに。今日一日を私と景君が一緒に過ごすんだぞ?」
ともかく今の黒咲は、呼び出されるのを怯えるほどの顧問への直接連絡を材料に、真由に脅されているのだが。
その連絡しない条件というのが、今日一日をオレと一緒に過ごすことだというのだから。
黒咲でなくても、頭が混乱するのは間違いないだろう。
「ええ、そう言ってるんですから」
だが、そんな黒咲の問いに。真由はにこやかな笑顔のままで答えたのだった。
「それは……まあ。せんぱいが一日中つきっきりで真由を看病してくれる、というのも、個人的には非常に嬉しいシチュエーションですが、うふふふふ♡」
最初はにこやかだった真由の笑顔が、話をしていくうちに徐々にだらしなく口を開いていくと。
気色悪い笑い声とともに、口の端からじゅるりと唾があふれ、垂れだしたのだ。
「さっきは杏里ちゃんに身体を拭いてもらいましたが、今度はせんぱいに……真由の身体のすべてを、生まれたままの真由の姿を見てもらいたいですし」
すると真由は、両頬に手を当てながらモジモジとし始め、何かとんでもないことを口にし出す。
「ええと……せんぱいが真由にご飯を食べさせてくれるうちに、今度はせんぱいが真由を食べたくなっちゃうかも……ええ、せんぱいが望むのなら、真由は……真由はいつでも準備はできてますから……♡」
オレも、動揺していた黒咲もあえてツッコミを避けていると。
真由の妄想はどんどんと生々しい方向へと拡大していく。
「あ、ご、ごめんなさい。せんぱいが甲斐甲斐しく真由の看病をしてくれる姿を想像してたら……♡」
「真由よ……いいから、まずはそのはしたないヨダレを拭け」
口から垂らした唾、もといヨダレを拭くために黒咲が真由に差し出したハンカチだったが。
台風が接近し、暴風雨となった外を歩いてきた黒咲の服はポケットの内側までびしょ濡れであり。当然ながらハンカチもぐちょぐちょに濡れていたのだ。
「あ、杏里ちゃん……こ、これ?」
「あ、わ、悪いっ!」
取り出したハンカチが使い物にならないことに、珍しく慌てる黒咲を見て。
二人のやり取りを遠巻きに見ていたオレは、黒咲の手にあるびしょ濡れのハンカチをサッと奪い取ると。
「ほ、ほら黒咲っ、ハンカチの代わりにタオルを使えっ」
真由の頭を冷やすために用意していた水気を絞っていたタオルを、ハンカチの代わりに黒咲の手に握らせていく。
この間、わずか三〇秒ほど。
「……で、真由。黒咲のことを剣道部に連絡するかどうかはともかく──」
いつもの黒咲なら、びしょ濡れになったハンカチに気がつかずに人に差し出すような失態はしないだろうが。
どうやら真由の「顧問を呼ぶぞ」という脅しが予想以上に効果があった上に。交換条件として出した内容もまた、黒咲の心を掻き乱すには充分すぎたようだった。
だから、動揺しまくってる黒咲に代わって、オレが真由に今抱いている疑問を投げかけていく。
「看病しようとするオレをわざわざ黒咲と遊びに行かせようとする理由を、ちゃんと聞かせてくれないか」
よく考えてみれば、オレだって風邪を引いた時には一人では心細くなる。
熱を出した真由がオレに「一緒にいて欲しい」と言い出すのならまだ理解もできるんだが。
「そ、それは……その……」
「……それは?」
なぜ真由は、その逆にオレを黒咲に預けて、あえて一人になろうとするのか。
その理由をどうしても聞き出したかった。




