白金魔巧技師シノマキ
お昼休憩から戻るタイミングで郵便夫と出くわした。これ幸いと押し付けるようにギルド宛の手紙を何通か受け取ったので奥の事務机で仕分けていく。
あ、これは危険物。開けたら燃えるわ。
未だこの町の評判が更新されていない大都市とは違い、近隣の似たり寄ったりの町には変わりつつあるこの町の現状が伝わっているようで、ときどきこういう嫌がらせがやってくる。
差出人は書かれていないが私には無意味な工作だ。
開けたところで燃えて開けた人間が火傷するくらいの可愛い嫌がらせなのだけど。女性なら顔が焼けるのは嫌よね。あとは他の封筒や紙に燃え移って台無しにしたり。
ただ差出人不明の封筒は全部私が見ることにはなっているので被害は今のところない。
後は大体ギルド長宛……おや、ギルド長と私に連名で宛てている封筒がある。
差出人を確認すると、王都の友人の署名がしっかりと入っていた。
ということは、そろそろ魔道具のメンテナンス時期か。
ギルド長の執務室に封筒を届けつつ、早速休暇申請をする。半月ちょっとくらいかな。
休みの間の鑑定業務は非常勤の人たちを引っ張り出してもらおう。
私が直接指導して、鑑定の銅バッジを取得した辺りで私より先に結婚退職してしまった人たちがこの町には何人かいるのだから、こういうときには出てきてもらわないとね。
「というわけでお休みをいただきますねぇ」
「アデレードさん」
壮年の男性であるギルド長が整った眉を歪ませる。
「その話し方をしても私はあなたを侮ったりはしませんよ?」
「この場では私は一職員ですので、存分に侮ってくださいな」
「本当に嫌な上司ですね、あなたは」
ほぼ現地採用でこの町出身の職員ばかりで構成されたこのギルドで、本部から派遣されてきた職員は私とギルド長、あと数人だけだ。
その中で一番古株なのも、一番本部での地位が高いのも私になるので、ややこしいなあと常々思う。
本部から来た人間は職務上の肩書よりも本部での立場で接してくることが多いので、ギルド長も私に対して目上の人間として扱ってくる。
現場経験も戦闘能力も私より上なのだからもっと威張ってもいいのに。
「けじめというのは大事ですよぉ。本当は自由に休みをとれる立場であっても、周囲からすれば私は古参とはいえ一職員ですから」
「早くここで肩書を持つか本部に戻るかしてください」
「責任ある立場って面倒じゃありません?」
「……本部に残っているあなたの椅子に座りたい連中が聞いたら憤死しそうな言葉ですね」
「鑑定の白金認定試験で私より高い点数を出せばいくらでも座れますのに」
「それじゃあ誰も座れませんよ、最年少満点合格の鑑定部門長殿」
すかさず突っ込んでくるあたり、なかなかいい性格してるのよね、ギルド長。
そこがわりと好ましいと思っているけれど。
「というか休みならいくらでも許可するのでたまには本部にも顔を出してください。直接送ったら握りつぶされるからと私宛に何通も呼び出しがきているといつも伝えているでしょう」
「別に戻らなくても回せるなら問題ないと思いますけどねぇ。たまに来る上司って煙たいでしょうし……でもときには刺激も必要なのかしら?」
私はのんびり働きたいけれど、本部で椅子から動かずに下からの書類を承認するだけの仕事はやりたい仕事とは違う。
別に希望して部門長になったわけではないし、部門長としての仕事も直属の金バッジの子たちに代理承認を任せてあるので私が戻る必要はない。
不正とは無縁だけど野心に溢れる子たちだったから誰かひとりくらいは不在中に白金バッジ取得すると思ってたのだけど。
「そちらの人事部門長殿はお元気ですかぁ? 次の新人職員登用のときにご一緒してもいいかしらって伝えておいてくださいな」
採用に参加して、胡坐をかいた直属の子を蹴散らして私の首に刃を突き立てるような活きのいい新人が欲しいわね。
きっと直属の子たちにもいい刺激になるでしょう。
「それを伝えたら小躍りして喜びますよ」
さて問題なく休みが取れたので、手土産と食料を買い込んだ。
パネから王都への交通手段はふたつだけ。徒歩か馬車を借りる。以上。
最速の馬車ですら1週間はみないといけないし、道中にトラブルがないとも限らない。
馬車を借り、御者と護衛の冒険者を雇い、というのは私の懐の負担にはならないけれど手続きの面倒さがある。
というわけで、友人から渡されている魔道具のペンデュラムを自室で起動させる。
これは登録地点の往復のみ可能な転移魔道具だ。単機能とはいえ世に出ると大変なので私と友人の間のみで情報を止めている大した魔道具なのだけど。
転移ポイントの読み込みが始まって間もなく私は光に包まれた。
到着したのは王都、の手前にある森の中。
この森の奥に私の友人は住んでいる。
学院で講師をしたり、王城に呼ばれてメンテナンスしたり、貴族から依頼を受けたりと優秀な人なのだけど、王都に住むつもりはないらしい。
私もそのほうがありがたいので助かってるけど。
門の中に入ったことが衛兵から偉い人に伝わると滞在中は勧誘やらなにやらでうるさいし。
道中食べられるキノコをぶちぶち抜きながら奥を目指す。
この森はモンスターもいないし、貴重な薬草も生えてないから王都から近くても冒険者が入り込むことがなく静かなものだ。
目的地に到着して石造りの屋敷に近付くと重たそうなドアが自動的に開いた。
これは来訪者の魔力で判定しているらしい。親しい人間なら断らずに勝手に入ってこいという彼の意思を強く感じる。
こちらも慣れているので遠慮なく中に入り、真っ直ぐ彼の研究室へ向かう。
「来たわよ」
「ん」
青みがかった銀髪の頭を動かすことなく私のほうに手を伸ばすので、腕輪を外し掌の上に乗せてやる。
相変わらず無制御になった瞬間に流れてくる情報量の波には慣れない。しばらくすれば落ち着く波なので、これも彼の家が王都の中じゃなくて良かったことのひとつね。
あそこの情報量は多過ぎるのよ。
「ダイアルが緩んでるな……最大制御でも通常業務に支障がない?」
「そうね」
「出力上げるか」
「まだいけるの?」
「最近造った新しい制御回路を使う」
と、やり取りをした後に、ようやく彼は顔を上げた。
体質なのか無精ひげは生やしていないが、全体的に疲れた顔をしている。
平時なら美青年である筈なのだけど。
「夜までアレ見といて」
部屋の隅にうず高く積まれた山を指さして言った彼に、勿論いいわよと返す。
私はこの無愛想な友人、白金魔巧技師であるシノマキに頼まれる雑用作業が学生時代からかなり好きなのだ。
今日から日1回更新のつもりでしたが、日曜なので18時にも更新します。




