腐敗の魔女ライラック2
ライラックの細くて軽い体を湯船に沈めて、土埃などでぐしゃぐしゃになった紺色の長い髪を解きながら洗う。おろしたての洗髪石鹸を使い切ってしまいそうだ。
そのうち落ち着いたら長さを整えるために床屋に連れて行ってあげよう。
『お風呂も久し振りです。水も腐らせてしまうから』
『学院に入学できたってことは昔はスキルを制御できていたんでしょう? どうして制御できなくなってしまったの?』
私が不思議に思ったことを聞いてみると、少し迷いながら話してくれた。
『いずれ実戦で敵に腐敗のスキルを使えるようにって、生きたままのモンスターを腐らせるように先生に言われて、それで……それから制御できなくなりました』
なんて穏やかじゃない話。
望まない子にそんなスキルの使わせ方をするなんて。帝国の学院はどんなスキルも攻撃に使う方向で伸ばそうとするのね。
強くなりたい子ならそれもありだろう。
でもスキルが制御できなくなるほどのトラウマを植えつけて、手に負えなくなったら追い出すのは教育者の風上にも置けない。
そのままライラックはぽつりぽつりと、自分が腐らせた食べ物を食べてもお腹は壊さないけれど美味しくないこと、故郷に帰りたかったけれど家族に害を与えたくなくて帰れなかったこと、水辺や森で死んだら周囲を腐らせて迷惑をかけるから砂漠を目指していたことを話してくれた。
若い子が絶望して自死を選ぶ手前で保護できたのは僥倖だ。
魔道具でスキルを制御できている今なら故郷に帰らせてあげることもできるだろう。
でも、魔道具の効果は永遠ではない。
あれはスキルを得たばかりの子供が制御できないときに着ける腕輪で、これから先スキルのレベルが上がればいずれ使えなくなる。
私が使っている学友製の制御の魔道具はオーダーメイドなので市販品よりかなり高額だ。
やはりスキルの制御を学ぶため、学生に戻るのも考えたほうがいい。私の紹介で王国の学院に転入させてもいいわけだし。
これから先、ライラックがどうするのか。
それを含めて明日ギルド長には報告と相談をしないとね。
お風呂からあがって髪を乾かした後、柔らかく煮た野菜と肉団子のスープをゆっくり食べながら、ライラックは船を漕ぎながら眠りの世界へ旅立ってしまった。
溜まった疲労とここまでの緊張が解けたせいかな。
こんなこともあろうかと大きめソファーに座らせていたのでそのまま毛布を掛けて寝かせてあげよう。
私はもう一仕事。
詰め所で鑑定したときじっくり見られなかった部分を再度確認しながら、鑑定書を作成していく。
この鑑定書が身分証を一切持っていないライラックの仮身分証になる。
帝国語のみで会話していたけれど、鑑定結果を見ると王国語も聞き取りはできるし少しは話せるのね。
町の人も帝国語をわかる人はいるけれどそう多くはないので意思疎通ができるくらいの王国語は教えたほうがいいか。
名前と年齢、犯罪歴を書いただけの簡単な鑑定書と、スキルや出身地、略歴を書き足したギルド提出用鑑定書を書き終えて、最後に鑑定員としての魔法印を捺す。
冒険者ギルドを守護する公正の女神様が持つ天秤と私の名前が意匠化されたこの魔法印は誰にも偽造できない。白金ランク鑑定員の魔法印のついた鑑定書ならどの国へ行っても信頼度は一番だ。
本当は身分証代わり程度ならこんなに大仰な魔法印を使うこともないのだけれど、私がライラックに対して情が湧いてしまったので、できる限りのことはしてあげたいと思う。
私の捺印ひとつで彼女の身を守るものが増えるのであれば安いものね。
翌朝ライラックはよく眠っていたので、無理に起こすことはせず書き置きをして職場へ向かった。
用事を済ませたら部屋には戻ってくるつもりだし、その前にライラックの下着を買わないと。
そして朝一で私の報告を聞いた頭の古い老人であるギルド長は、唾を飛ばすような勢いでそんな危険なスキルを持っているのならさっさと町の外へ追い出せと言い出した。
「それ本気で言ってます?」
「当たり前だろう!」
「困っている人に手を差し伸べ、道を示して支援する。それは冒険者ギルドの理念のひとつです」
「だが支部単位でなら、町の安全を守ることが第一だ」
一見立派なことを言っているけれど、面倒ごとを背負い込みたくないと老人の顔には書いてある。
平和であることが一番の特徴みたいな町で大きなトラブルもなく年功序列で出世してギルド長をやってる人には荷が重いのかしら。
それなら適材適所ってことで進めてしまおうか。
「ギルド長がどうしても無理だと仰るなら、問題解決能力の高い方を本部からこちらに派遣していただきましょう」
「むぐっ」
私の言葉に一瞬で顔色を悪くした老人が息を詰まらせた。
「お年のせいでお忘れかもしれませんが、私がこうやってきちんと報告をしているのは、年上であり役職についているあなたをこの支部に配属された新人職員として立てようという思い遣りであって、本来であれば私はいつでもあなたの肩を叩いてその椅子に座れるのですからね」
肩書なんて重たいだけなので座るつもりはないけれど。せいぜい後任のギルド長をスカウトしてくるくらいだ。
私のギルド本部での立場が上から数えたほうが早いと知れ渡っているとはいえ、ギルド職員も小娘に顎で使われたくないだろうしね。
「ではこうしましょう。彼女がこの町に滞在する間、私が責任を持って彼女の面倒を見ますので、しばらくお休みをいただきます」
「そんな、うちは鑑定員の代わりが他にいないんだぞ」
「しばらく現場復帰されたら如何ですかギルド長。ここに持ち込まれるような品物ならギルド長の錆びついた鑑定スキルでもなんとかなりますよ」
私はきちんとこの老人のスキルを把握している。
例えレベルが低く、銅バッジすら取得していなくても、実務経験は充分あるのだから頑張ってもらおう。
安定した収入と役職を今すぐ手放すのと、私の代わりに現場に立つのではどちらが賢い選択かなんて考えなくてもわかるでしょうし。
「それではよろしくお願いしますねぇ」




