アデレードという女2
「いや取りませんよバッジなんて。私は婚約者いますし」
「そう?」
お昼休みにミネットちゃんにバッジの取得を勧めてみたところ取り付く島がない。昇給するのに。
言われなくても彼女に婚約者がいることは町民みんなが知っている。
相手は数年前にこの町へやってきて商売を始めた商人さんの息子だ。
元々もっと大きな街で派手に商売していたらしいけれど、そこで色々あったみたい。
本人から聞いてはないけれど、番頭が金を持ち逃げしたり、競い合っていた別の商人から妨害を受けたりして、元の街で商売ができなくなったというのは転入してきたときに見えた。
どうやらこの町を気に入ったらしい彼が、この町の小さな商店の娘であるミネットちゃんと息子の縁談をまとめたのは去年の今頃だったろうか。
ミネットちゃんは実家の商店より忙しい嫁ぎ先で頑張るため、人捌きの経験を積みにギルドの販売カウンターで働いているので、ここは腰掛けという意識なのだろう。
「資格は大事よぉ。嫁いだ後に子連れの妾がやってきて追い出されても生きていけるし」
私の言葉に心当たりがあるのか、思いっ切り表情を歪ませる。
「……また、ですか?」
「そんなに大きくはない町なのによくやるわねぇ」
商人さんは悪人ではなく真面目な男性なのだけど、その息子は仕事はできるが……女好きの莫迦として有名だ。
この町は元から宿屋が多かった。
近頃の冒険者人口の急増によりさらに増え、業種も細分化されるようになってきた。
従来の宿に、連れ込み宿、春を売る宿もそれなりに。
そして連れ込み宿が多くを占める区域でミネットちゃんではない女性を連れた婚約者が度々目撃されている。
発覚する度にミネットちゃんの両親に頭を下げ過ぎて、商人さんは急激に腰を悪くしたようだ。
「ミネットちゃんなら追い出されても小さい頃から知っている町の人たちが味方してくれると思うけれど、資格さえあればこの町を飛び出てどこの町のギルドで働いても安定収入よぉ」
「とりあえず資格とるよりぶん殴ったほうが早いと思うので、早速今夜殴ってきます」
とてもいい笑顔でそんなことを言う。
あんな女好きのダメ息子でもミネットちゃんは惚れてるのよね。確かに顔はいいけど。
いつものパターンならぼこぼこにした後に仲直りえっちしてるから、案外そういうプレイを楽しんでいるのかもしれない。
ただ、どうやら本日はミネットちゃんがすごく妊娠しやすい日なので、このまま退職してしまうかもね彼女。
同性でもそんなことを指摘するのは気持ち悪いから言ったりしないけれど。
なお先程言った子連れの妾については、実際に存在している。
今は親にも隠し通してるので後々爆弾になるのでしょう。
ミネットちゃんがバッジ取得に乗り気だったら泥棒猫がどこの誰か教えてあげたのに。
人は10歳までの生き方で12歳になるとき教会で授かる先天のスキルが決まると言われている。
木剣を振るったり、魔法について勉強をして、戦うすべを得る。
神へ祈り、聖職者へ至る道を示される。
日々の営みを堅実にこなし、特技を増やす。
夢を叶えるために必要なのは才能ではなく強い意思だ。
だから外れと呼ばれるようなスキルを得ることはそれほどない、筈なのだ。
夢も目標もなくぼんやりした子はかなりランダムにスキルを得るようなのだけど、少なくとも私が赴任してきてからこの町で育った子ではまだ外れの先天スキルというものを見ていない。
例え外れても後天スキルというものもある。
先天スキルから派生したり、修練によって身につけたりと様々だけど、全員が持っているわけではないので、どんな種類であれ後天スキルを持っているのはすごい人、と考えていい。
私はどうだったかというと、大変知りたがりの子供だった。
家族からは煙みたいな子と言われていたな。
光の加減で白に見えるような薄い金色に墨を少量垂らして混ぜたようなスモーキーゴールドの髪色もそうだし、気付くと近くにいて気付かないで聞かれたくない話をしていると大惨事になるとか、そういう所が煙に似ていたようだ。
鑑定というスキルの存在を知った幼い私は、知ることが増えたら楽しいだろうなあと思ってしまった。
そして知りたがりに拍車をかけ、望み通り鑑定スキルを手に入れた。
ここまでなら良かったのに。
夢を叶えるために必要なのは才能ではなく強い意思だと言うけれど、やはり才能も関係なくはないのだ。
剣の才能があって剣をスキルを得た人間は、同じスキルを得た人間より成長が著しい。
騎士団長まで上り詰めるか、一兵卒で終わるか、努力だけでは説明できない能力差は生まれ持った才能なのだろうと言われている。
そして私の話に戻ると、私は鑑定の天才だった。
恐らく先天スキルで鑑定を得られなくても、後天スキルで鑑定を得ていただろうと学院で先生に見立てられるくらいには。
どんどん伸びる鑑定能力に喜んだのは最初だけだった。
気付けば情報収集という後天スキルが身について、鑑定結果の情報量が増え、高位魔法使いの秘匿魔法を突破し、常時表示になった辺りで私は思考を停止した。
今現在リミッターとして身に着けている腕輪は学院時代の親友が作ってくれたもので、元々は能力を制御できない子供を守る魔道具を転用したものだ。改良を重ね威力は段違いになっているけれど。
最大出力にすれば表示される情報量を半分以下にできるので、なんとか情報酔いせずに暮らしていける。
半分にしたところで個人情報くらいなら覗き放題ですけれどもね。
あからさまに魔道具っぽい見た目の片眼鏡のアイディアも親友からで、知恵のある良い親友に巡り会えたことを幸運に思っている。
なお彼は同性愛者であるため友人以上になることはない。
話題にあがることはあるけれど、ギリギリまでは偽装結婚もお断りだ。
翌週、出勤したミネットちゃんに新着情報がついていた。
めでたくご懐妊したようだ。本人はまだ気付いてないけれど。
今後のスケジュールを逆算しながら、結婚祝い金の中に妾情報を忍ばせるか検討を始めよう。