プリヴェはいつも安定したい2
村と町の違いはなにか。
一番大きな違いは冒険者ギルドの有無だ。現状村と呼ばれる集落に冒険者ギルドは支部を出していない。
次に挙げられるのは神殿の数だ。
村にある神殿はどこもひとつだ。神様を何人祀っていようとも、そこに同居していただくほかない。
パネにある神殿は町として必要最低限のふたつ。冒険者ギルド職員を守護し、人と人が暮らす中で発生が避けられない揉め事を調停する公正の女神様の神殿と、愛を誓い家族になることを宣言し、また家族や友人との死別の際に死者の安寧を祈る愛の女神様の神殿だ。
いずれパネに商工ギルドを誘致しようという話になった場合はもうひとつ神殿が増えるだろう。
その場合、旅の安全と商売繁盛を司る商売の神様なので、現在も旅人の町であるパネには神殿だけでも先に誘致したほうがいいかもしれないが。
農耕の神様はそもそも神殿が無いので今後も増えることはない。どうやらかの神様は土に宿るらしい。土を鑑定して神様がそこにいたことはないからわからないけれど。
そんなこといったら神殿にも神様はいらっしゃいませんし。神殿はギルドでいったら案内窓口みたいなものなのかしら。
なお宗教施設としては他に教会があり、私たちは12歳になったら必ず赴いてスキルを発現させるわけだけど、独立組織の神殿と違い教会は国家が運営している。
教会でも神に祈ることはできるし、集められた聖魔法スキル所持者により怪我や病気の治療を行なっているが、村とか町とか関係なくあったりなかったりする施設だ。聖魔法を使える人は神殿にもいるのでスキル関係がなければ不要なのかもしれない。
パネには教会はないので年頃の子供は近隣の町にある教会でスキルを発現させるようだ。
公正の女神様の神殿を訪ねると顔馴染みの下級神官さんが親しげに挨拶してくれた。
冒険者ギルドの職員を守護していただいている関係で、ここの神官職の人たちと顔を合わせる機会は多い。
「少々調停の相談をしたいのですが、今お手隙の方はいらっしゃいますか?」
「ただいま確認して参りますのでしばらくお待ちください」
ゆったりと奥へと消えていく神官さんを見送って、暇つぶしにお布施を入れて祈りを捧げる。
普段は愛の女神様にばかりに寄付をしているので、こういうときくらいは奮発しておこう。
どちらからも特に恩恵を受けている気配はないけれど、気持ちは大事なのだ。
礼拝堂に用意されているレモン水を飲みながら待っているとさっきの神官さんが戻ってきた。
「マルゴット様の準備ができましたので、どうぞ奥までお進みください」
この神殿で一番歳の近い上級神官の名前が出たのは私への配慮だろうか。
若くても年配の方でも私は話しにくいということはないのだけれど。
小さい町の神殿でもそこで働く人々は少なくない。祭司長を筆頭に上級下級の神官と、彼らの世話をする従者が暮らしている。
専ら町へと出るのは従者ばかりで、行事や異動がない限り神官は外へと出ないのだという。神の声を聴く力を貯めるため、などと言われているけれど、実際は世俗に触れることにより穢れてしまうのを防いでいるようだ。
それでもたまに神官職が外に恋人を作って逃げたなんて話を聞くわけで、神官であったとしても外の世界への未練というものは断ちがたいものらしい。
「マルゴット様。お久し振りでございます」
「まあ、相談者はアデリーさんだったのですね!」
神殿の奥にある談話室で上級神官のマルゴットが私を迎えてくれた。
「ええ、仕事のことで少しご相談があります」
「水臭いわ。もっとくだけて話してくださいな」
実際のところ、彼女も元居た場所を追い出され、この地にやってきた人である。
当時は神官ではなかったが、後天スキルとして聖魔法が発生していたため、下級神官として神殿に入り、今では立派な上級神官となっている。
もうそのことを知るのはギルドでも一部の人間だけだ。
「ちゃんとケジメはつけないとだめですよマルゴットさん」
「だって仕方ないですよ。アデリーさんには本当にお世話になりましたもの」
コロコロと鈴を鳴らすように笑う彼女を見て、元拳闘士だと連想できる人はいないだろうなと思う。
今も多分それなりに強い気がする。
「さて、ご用件をお聞きしましょう」
私は大まかに経緯とプリヴェさんの希望をマルゴットに伝える。
途中からちょっと苛ついた表情をし始めたから、ちょっと怒っているようだ。
「いけませんね。依頼人が立場を笠に関係を迫っているようなものです。注意を行うべきです」
「そこまでの悪気はないと思うんですけどね。なにぶん女性に縁がなかった方々なので、若くて可愛い女の子が近くにきて舞い上がってしまったというか」
「それでも自覚させて反省を促すのは大事です。例え悪気がなくともその行為は悪徳であると知らしめましょう」
同意見だ。
今回はプリヴェさんが断る気満々だしなんとかなるだろうけれど、繰り返されたら困る。
もし断れない気の弱い子と組んだときにそのまま押し切ってしまったら……最終的にはギルドの信用問題になる。
「希望する着地点は、断った後も今後のわだかまりなく現在従事している計画を進行すること。そして依頼人ふたりに、依頼人としての自覚を促し理解してもらうこと、ですね」
「では公正の女神様のもと、調停いたしましょう。ただここで滞りなく済んでも、プリヴェさんの精神の安定が得られるとは限りませんよ」
「そうですね。ただ第三者を挟んで正式に断ることで多少安心はするでしょうから、あとは彼女が落ち着くまで計画は休止でいいと思います」
「うふふ、わたくしアデリーさんの人に無理をさせないところ、とっても好きです」
人に無理をさせて壊すなんて勿体ない。
そういう人もこの世界にいると思うと嫌になるわね。