方向音痴のスプリング3
「あなたなんて絶交よ!」
目立つ金色の髪を振り乱し激昂したバウキスに絶交を宣言されてしまった。
今日からボクはひとりぼっちだ。
だけど思ったよりショックが少ないのは、友達はバウキスだけじゃないと言われたからだろうか?
あの後、結局あの人が誰だったのか教えてもらわなかったことに気付いて、オガマ先生に教えてもらうことにした。
ボクよりずっと前に卒業した先輩で、非常勤のシノマキ先生の同級生らしい。
技工課程の先生だからボクは直接教わってないけれど、シノマキ先生は学院の有名人だ。
特に学生時代、今の白金魔巧技師資格を取得したなんて話は眉唾だと思っていたけれど、オガマ先生によると真実なんだって。
そして同じ学年のもうひとりの天才。学生時代に白金鑑定員資格を取得して、卒業後に冒険者ギルド本部鑑定部門長に迎えられたその人が、この前のアデリーさんなのだという。
はっきり言ってそんな偉い人には見えなかったけど。
ボクの思っていることが顔に出ていたのかオガマ先生はさらにこんなことを付け加えた。
「部門長の仕事はほとんど人に任せて、今は小さな田舎町のギルドで働いてるからね」
「どうしてですか? そんなに偉い人なら現場で働かなくたって」
「きっとアデリーははぐらかすと思うけれど、幹部の椅子に座ったままじゃ直接人に手を差し伸べるのが難しいからじゃないかな」
そう言われて、この前のことを思い出す。
ボクがアデリーさんに会ったのは短時間だったけれど、その短時間でボクの問題点を掬いあげて、解決の道を示してくれた。
あんなことを日常的にやっているのだろうか?
「あの神の如き鑑定能力がアデリーのような人間に宿ったのは奇跡だよ。自覚はないかもしれないが、彼女は人を活かすのが好きだから」
人を活かす……きっとボクのようにスキルが使えないと腐る人を沢山見て、それを助けたのだろう。
ボクのスキルもいつかどこかで活きて、誰かを助ける日がくるのかもしれないなら、アデリーさんに言われた通り反復練習を頑張っておこう。
あと勉強も頑張らないとね。
アデリーさんは共和国語がいいと言ったけれど、他に小国出身の転移待ちもいると言っていた。その人がどこの国かはわからないけれど、手当たり次第学べばどこかの国の言葉は通じるだろう。
いつかボクが自由に飛ぶために学べることは全部学びたい。
多分採用されても部門が違うからアデリーさんの直接の部下になるのは難しそうだな。
それなら自分の強みを伸ばして、弱点を埋めよう。
ボクが使える人材になったならきっと他部門でも手伝う機会ができると思う。
まず採用されないと話にはならないわけだから、今はまだ夢物語だけど。
将来のことを考えて、これからやらなければいけないことを数えてみれば、バウキスに絶交されたことなんてとても些細な出来事だ。
ようやく歩き始めたボクが歩みを止める理由にはならない。
そうだ、あの人がボクと同じくらいの頃、どんなことを勉強して考えていたのかも知りたいな。
オガマ先生に尋ねると、本棚から分厚く立派に装丁された本を取り出してくれた。
箔押しされたタイトルは「第83期生 白金鑑定員アデレードと白金魔巧技師シノマキのレポート」だ。アデリーは愛称で本名はアデレードさんなのか。
「これはアデリーとシノマキが白金ランクになってから、周囲が慌てて出版したふたりの提出レポートだ。でもこれは最高学年のときのものしか載ってない。スプリングと同じ歳の頃のレポートなら、図書室の閉架にあるはずだよ」
「じゃあその本はボクが最高学年になったときに読ませてください」
図書室かー……
入学してからまだ行ったことはない場所だ。
これから自主的に勉強するなら通うことになるし、行き方を覚えなくちゃ。
教室へ戻ると、バウキスがボクの顔を見て、別の子の手を引いて教室を出て行った。
今まであの子と話しているのを見たことはないから、これから彼女がバウキスの新しい親友になるのかもしれない。
胸が痛まないと言ったら嘘になるけど、ボクはもうバウキスの顔色を窺って過ごす必要がなくなった。
教室を見回すと、静かに本を読んでいるクラスメイトが目に入る。名前は知らない。
バウキスばかりでクラスメイトを全く覚えてなかった今までのボクにも問題があるな。
あの子の読書が終わったら話しかけてみようか。
図書室への行き方を聞いて、もし可能なら道案内も頼もう。
断られたら残念だけど、他の人に聞けばいい。
卒業までまだ時間はあるのだから、こっちは気長に気楽にいこう。
まだ歩き始めたばかりで最終的になにになれるのかはわからないけど、卒業の日、働き始めた日、仕事が評価された日、これから節目を迎えるたびにボクは思い出すだろう。
失礼で卑屈な子供に手を差し伸べてくれた恩人に出会った日のことを。