第一章 ウィニー・ザ・プーとみつばちたちが紹介され、物語が始まる
ほら、エドワード・ベアが今、クリストファー・ロビンの後ろから、頭を階段にぶつけながら、
どん、どん、どん。
と降りてきます。
本人の知るかぎりでは、これが階段を降りる唯一の方法なのです。
けれど、ときどき彼は思います。
「少しの間だけ頭をぶつけるのをやめて考えられたら、本当はほかの降り方があるんじゃないかな。」
そしてまた、
「いや、やっぱりないのかもしれない。」
とも思うのでした。
ともかく、こうして彼は階段の下までやって来ました。
さあ、みなさんにご紹介しましょう。
ウィニー・ザ・プーです。
⸻
私が初めてその名前を聞いたとき、きっとあなたも思うであろうことを口にしました。
「でも、男の子だと思っていたんだけど?」
「ぼくもそう思ってた。」
とクリストファー・ロビン。
「じゃあ『ウィニー』なんて呼べないじゃないか。」
「ぼくは呼んでないよ。」
「でも、さっき――」
「ウィニー・ザー・プーなんだよ。
『ザー(ther)』ってどういう意味か知らないの?」
「ああ、そうか。」
私はあわてて答えました。
「今ならわかった。」
あなたもわかったことを願っています。
というのも、このことについては、これ以上説明はないからです。
⸻
ウィニー・ザ・プーは、階段を降りてくると、ときには何か遊びをしたくなります。
また、ときには暖炉の前に静かに座って、お話を聞くほうが好きなこともあります。
その晩――
「お話は?」
とクリストファー・ロビンが言いました。
「お話?」
と私。
「ウィニー・ザ・プーに、とってもすてきなお話をしてくれない?」
「できるとは思うよ。」
私は答えました。
「どんなお話が好きなんだい?」
「自分のお話。
だって、そういうクマなんだもの。」
「なるほど。」
「だから、とってもすてきに話してね。」
「やってみよう。」
私は言いました。
そして、やってみたのです。
⸻
昔々――
といっても、ずいぶん昔のようでいて、実は先週の金曜日くらいのことですが――
ウィニー・ザ・プーは、森の中でひとり暮らしをしていました。
名前は――
サンダース。
⸻
「『名前の下で暮らしていた』ってどういう意味?」
とクリストファー・ロビンが尋ねました。
「玄関の上に金文字で『サンダース』と書かれた表札があって、その下で暮らしていた、という意味だよ。」
「プーは、よくわかってなかったみたい。」
とクリストファー・ロビン。
「今はわかった。」
と、どこからかクマらしい低い声がしました。
「それじゃ、続きを話そう。」
と私は言いました。
⸻
ある日、プーが森を散歩していると、木々が開けた場所へ出ました。
その真ん中には、大きなオークの木が一本立っています。
そして、そのてっぺんからは、
ぶううううん……。
という大きな羽音が聞こえてきました。
⸻
プーは木の根元に腰を下ろし、前足で頭を抱えて考え始めました。
まず最初に、こう言いました。
「このブンブンいう音には、きっと意味がある。
ただ何となくブンブン鳴っているわけじゃない。
ブンブン音がするなら、誰かがブンブン鳴らしているんだ。
ぼくの知るかぎり、そんな音を立てるのはハチだけ。」
しばらく考えてから、また言いました。
「それに、ハチがいる理由といえば、はちみつを作ること。」
さらに立ち上がって言いました。
「そして、はちみつを作る理由は、ぼくが食べるためだ。」
そう言うと、プーは木に登り始めました。
⸻
プーは登って、登って、また登りました。
登りながら、小さな歌を口ずさみます。
ふしぎだなあ
くまさんは
どうしてこんなに
はちみつが好きなんだろう。
ぶん、ぶん、ぶん。
どうしてなんだろう?
それからもう少し登り……
さらにもう少し……
そして、もうほんの少しだけ登ると、
今度は別の歌を思いつきました。
おかしなことだね。
もしクマがハチだったなら、
巣は木の上じゃなく、
木の根元につくるはず。
そうだったなら――
(ハチがクマだったならだけど。)
こんなに高くまで
登らなくてすむのにな。
そのころには、さすがに少しくたびれていました。
だから今度は、不平を言う歌を歌い始めたのです。
もう少しで巣に届きそうでした。
あとあの枝に立てれば……
バキッ!
「ああっ、助けて!」
十フィートほど下の枝へ落ちながら、プーは叫びました。
「もし、ぼくが――」
さらに二十フィート下の枝へ跳ね返りながら言いました。
「ぼくがやろうと思っていたことはね――」
三十フィートも下の枝へ頭から転げ落ちながら説明します。
「つまり、その――」
さらに六本ほどの枝をものすごい勢いですべり落ちながら、
「もちろん、ちょっと――」
と認めました。
そして最後の枝に別れを告げると、
くるくる三回転して、
見事な弧を描きながら、ハリエニシダの茂みへ飛び込みました。
「結局のところ……
こんなことになるのは、
はちみつを好きすぎるせいなんだろうな。
ああ、助けて!」
ようやく茂みから這い出すと、
鼻についたトゲを一本一本払い落とし、
プーはもう一度考え始めました。
そして真っ先に思い浮かべたのは、
クリストファー・ロビンでした。
⸻
「それって、ぼく?」
クリストファー・ロビンは、
信じられないというように目を丸くして尋ねました。
「そう、きみだよ。」
クリストファー・ロビンは何も言いませんでした。
けれど目はますます大きくなり、
頬はますます赤くなっていきました。
⸻
そこでウィニー・ザ・プーは、
森の別の場所、
緑色の扉のある家に住んでいる友だち、
クリストファー・ロビンのところへ出かけました。
「おはよう、クリストファー・ロビン。」
「おはよう、ウィニー・ザー・プー。」
「ねえ、
きみ、風船なんて持ってないかな?」
「風船?」
「そう。
歩きながら、
『クリストファー・ロビンは風船を持っているかなあ』
って考えていたんだ。
風船のことを思いながらね。」
「風船で何をするの?」
プーは辺りを見回し、
誰も聞いていないことを確かめると、
前足で口を隠して、
低い声でささやきました。
「はちみつ。」
「でも、風船ではちみつなんて取れないよ。」
「取れるよ。」
とプーはきっぱり言いました。
⸻
ちょうど前の日、
クリストファー・ロビンは友だちのピグレットの家で開かれたパーティーへ行っていました。
そこには風船がありました。
クリストファー・ロビンは大きな緑色の風船をもらいました。
もう一つ、
青い大きな風船がありました。
それはラビットの親戚の子どものものでしたが、
その子はまだパーティーには少し幼すぎたので、
帰るときに置いていってしまったのです。
そこでクリストファー・ロビンは、
緑の風船と青い風船の両方を家へ持ち帰っていました。
「どっちがいい?」
とクリストファー・ロビンが尋ねました。
プーは前足で頭を抱え、
たいそう真剣に考えました。
「こういうことなんだ。」
と彼は言いました。
「風船ではちみつを取りに行くとき、
一番大切なのは、
ハチに見つからないこと。
緑の風船なら、
ハチは木の一部だと思うかもしれない。
青い風船なら、
空の一部だと思うかもしれない。
さて、
どっちのほうが、
だまされやすいだろう?」
「でも、
風船の下にいるきみは見えちゃうんじゃない?」
「見えるかもしれないし、
見えないかもしれない。」
とプー。
「ハチの考えることなんて、
誰にもわからないからね。」
しばらく考えてから、
満足そうにうなずきました。
「よし。
ぼくは
小さな黒い雲に見えるようにしよう。
そうすれば、
きっとハチたちもだまされる。」
⸻
「だったら青い風船だね。」
とクリストファー・ロビン。
こうして、
青い風船に決まりました。
こうして二人は、青い風船を持って出かけました。
クリストファー・ロビンは、いつものように念のため鉄砲も持っていきました。
一方、ウィニー・ザ・プーは、自分の知っている泥だらけの場所へ行くと、
ごろり、ごろりと転がって、
全身が真っ黒になるまで泥まみれになりました。
そして風船をこれ以上ないほど大きくふくらませると、
クリストファー・ロビンとプーは、二人でしっかり糸を握りました。
「せーの!」
糸を放すと、
プーはふわりと空へ浮かび上がり、
木のてっぺんとほぼ同じ高さ、
そこから二十フィートほど離れたところで、ぴたりと止まりました。
⸻
「ばんざーい!」
クリストファー・ロビンが叫びました。
「どうだい、すごいだろう!」
プーは上から大声で言いました。
「ぼく、何に見える?」
「風船につかまったクマだよ。」
とクリストファー・ロビン。
「えっ?」
プーは心配そうな声になりました。
「青い空に浮かぶ、小さな黒い雲には見えない?」
「うーん……
あまり見えないね。」
「そうか……
でも、ここからだと違って見えるのかもしれない。
それに、ハチの考えることなんて、誰にもわからないからね。」
⸻
けれど風は少しも吹きません。
そのためプーは木へ近づくことができず、
そのまま宙に浮かんでいました。
はちみつは見えます。
甘い香りも漂ってきます。
でも、あと少しのところで届きません。
しばらくして、プーが下へ向かって呼びました。
「クリストファー・ロビン!」
「なあに?」
「ハチたちが、何か怪しいと思い始めたみたい!」
「何を?」
「それはわからない。
でもね……
どうも、ぼくを疑っている気がするんだ!」
⸻
「はちみつを取りに来たって思ってるんじゃない?」
「それかもしれない。
でも、ハチの考えることなんて、誰にもわからないからね。」
また少し静かになりました。
それから、プーはもう一度呼びました。
「クリストファー・ロビン!」
「なあに?」
「きみの家に傘はある?」
「あると思うよ。」
「それを持ってきてくれないかな。
それで、この木の下を行ったり来たり歩きながら、
ときどき空を見上げて、
『やれやれ、雨になりそうだ。』
って言ってほしいんだ。
そうすれば、
ぼくたちがハチをだまそうとしている作戦が、
もっと本物らしく見えると思うんだ。」
⸻
クリストファー・ロビンは心の中で、
「まったく、おかしなクマだなあ。」
と思いました。
でも、それを口には出しませんでした。
プーのことが大好きだったからです。
そこで家へ帰り、傘を取ってきました。
⸻
「おっ、帰ってきたね!」
クリストファー・ロビンが木のところへ戻ると、
プーがすぐに呼びかけました。
「だんだん心配になってきたところだったよ。
それにね、
ハチたちは今や完全に、
ぼくを怪しんでいることがわかった。」
「じゃあ、傘を開こうか?」
「うん。
でも、その前に少し待って。
何事も実際的に考えなくちゃ。
一番だまさなくちゃいけないのは、
女王バチなんだ。
下から見て、どれが女王バチかわかる?」
「わからないよ。」
「それは残念だ。
じゃあ、傘をさして行ったり来たり歩きながら、
『やれやれ、雨になりそうだ。』
って言っていて。
その間にぼくは、
雲なら歌いそうな歌を歌うことにするよ。」
「さあ、始めよう!」
そこでクリストファー・ロビンは、
傘をさして木の下を行ったり来たりしながら、
本当に雨になるのかしら、と考えていました。
その間、ウィニー・ザ・プーは、こんな歌を歌いました。
雲っていいな。
青い空に
ぷかぷか浮かぶ。
小さな雲は
いつだって
楽しそうに歌ってる。
「雲っていいな。
青い空に
ぷかぷか浮かぶ。」
小さな雲になれたことが、
ぼくはとても誇らしい。
けれど、ハチたちは相変わらず、
疑わしそうにブンブン飛び回っていました。
そのうち何匹かは巣から飛び立ち、
歌の二番が始まるころには、
雲のまわりをぐるぐる飛び始めました。
そして一匹のハチは、
雲の鼻の上にちょこんと止まりました。
ほんの一瞬じっとしていましたが、
すぐにまた飛び立っていきました。
⸻
「クリストファー……いてて!……ロビン!」
雲が呼びました。
「なあに?」
「今、ぼくはとても大事なことを考えて、
重大な結論にたどり着いたんだ。」
「どんなこと?」
「このハチたちは、
種類が違う。」
「そうなの?」
「まったく違う種類だ。
だから、きっと作るはちみつも、
違う種類のはちみつに決まってる。」
「そうかなあ。」
「うん。
だから……
ぼくは降りることにする。」
⸻
「でも、どうやって?」
とクリストファー・ロビンが聞きました。
プーは、そのことはまだ考えていませんでした。
糸を放せば、
どすん。
と落ちてしまいます。
それは、あまり気が進みません。
そこで長いこと考えてから、言いました。
「クリストファー・ロビン。
きみの鉄砲で、
風船を撃ってほしいんだ。
鉄砲は持ってる?」
「もちろん。」
とクリストファー・ロビン。
「でも、撃ったら風船がだめになっちゃうよ。」
「でも、撃たなかったら。」
とプーは言いました。
「ぼくがだめになっちゃう。」
⸻
そう言われてみれば、そのとおりです。
クリストファー・ロビンは慎重に風船へ狙いを定め、
引き金を引きました。
バン!
「いたっ!」
とプー。
「外れた?」
とクリストファー・ロビン。
「完全に外れたわけじゃない。」
とプーは言いました。
「でも……
風船じゃなくて、
ぼくに当たった。」
「ごめん!」
クリストファー・ロビンはもう一度狙いをつけ、
今度こそ撃ちました。
風船に穴があき、
空気が少しずつ抜けていきます。
プーはゆっくり、
ゆっくりと地面へ降りてきました。
⸻
けれど、
あれほど長いあいだ風船の糸につかまっていたので、
両腕はすっかり固まってしまいました。
一週間以上ものあいだ、
腕はまっすぐ上を向いたままだったのです。
そのため、
ハエが鼻に止まるたびに、
追い払うこともできず、
ふうっ!
と息を吹きかけるしかありませんでした。
そして私は思うのですが――
確かなことではありませんけれど――
だからみんなは彼を「プー」と呼ぶようになったのではないでしょうか。
⸻
「これでお話は終わり?」
とクリストファー・ロビンが聞きました。
「このお話はね。
でも、まだほかにもたくさんあるよ。」
「ぼくとプーのお話?」
「もちろん。
ピグレットやラビット、
みんなのお話だよ。
覚えていないかい?」
「覚えてるよ。
でも思い出そうとすると、
忘れちゃうんだ。」
「あの、プーとピグレットがズオウを捕まえようとした日とかね。」
「捕まえられなかったんだよね?」
「うん。」
「プーには頭がないから。
じゃあ、ぼくが捕まえたの?」
「それは、これからのお話。」
クリストファー・ロビンは、こくりとうなずきました。
「思い出した。
でも、プーはあまり覚えてないんだ。
だから何度でも聞きたがる。
そうすると、
思い出じゃなくて、
本当のお話になるから。」
「それは、私も同じだよ。」
と私は言いました。
クリストファー・ロビンは大きくため息をつくと、
クマの片足をつかんで持ち上げ、
プーを床に引きずりながら戸口へ向かいました。
戸口で振り返ると、
こう言いました。
「ぼくがお風呂に入るところ、見に来る?」
「行くかもしれないね。」
と私は答えました。
「鉄砲で撃ったとき、
プーを痛い目にあわせなかったよね?」
「もちろん、少しも。」
クリストファー・ロビンは安心したようにうなずくと、
部屋を出て行きました。
しばらくすると、
二階へ向かって、
どん、どん、どん。
と頭をぶつけながら階段を上っていく、
ウィニー・ザ・プーの音が聞こえてきました。




