第2章 プー、あそびに行って、とんでもない目にあう
エドワード・ベア――友だちはみんな「ウィニー・ザ・プー」、あるいは短く「プー」と呼んでいました――は、その日も森の中を気持ちよく歩きながら、自分で作った歌を誇らしげに口ずさんでいました。
その歌は、その朝、鏡の前で「丈夫になる体操」をしているときに思いついたものでした。
背いっぱいに伸びあがるときには、
♪ トラララ、トラララ ♪
そして、つま先へ手を伸ばそうとすると、
♪ トラララ、トララ……あっ、たいへん!……ラ ♪
という具合です。
朝ごはんを食べ終わってからも何度も何度も歌っているうちに、すっかり覚えてしまいました。そして今では、ちゃんと最初から最後まで歌えるようになっていたのです。
こんな歌でした。
トラララ トラララ
トラララ トラララ
ラム・タム・ティドル・アム・タム
ティドル・イドル ティドル・イドル
ティドル・イドル ティドル・イドル
ラム・タム・タム・ティドル・アム
そんなふうに鼻歌を歌いながら、機嫌よく歩いていました。
「みんな今ごろ何をしているのかなあ。」
「ほかの誰かになるって、どんな気分なんだろう。」
そんなことを考えていると、突然、砂の土手に出ました。
その土手には、大きな穴が一つ開いていました。
「なるほど!」
とプーは言いました。
「ラム・タム・ティドル・アム・タム。」
「ぼくが少しでも物事を知っているなら、この穴はラビットのおうちだ。」
「ラビットといえば、お客さん。」
「お客さんといえば、ごちそう。」
「ごちそうといえば、ぼくの歌を聞いてもらえる。」
「ラム・タム・タム・ティドル・アム。」
そう言って穴へ頭を突っ込み、大声で呼びました。
「だれか、いますかー?」
穴の中でガサガサッという音がしました。
それから、しんとなりました。
プーはもっと大きな声で叫びました。
「いま言ったのは、『だれかいますか』ですよー!」
「いません。」
と中から声がしました。
それから続けました。
「そんなに大声を出さなくても聞こえましたよ。一度でちゃんと。」
「やれやれ。」
とプーは言いました。
「ほんとうに、だれもいないの?」
「だれも。」
プーは頭を穴から引っ込めて、少し考えました。
「でも、おかしいぞ。」
「『だれも』って言った人がいるんだから、誰かいるはずだ。」
そう思うと、また頭を穴へ突っ込みました。
「こんにちは、ラビット。きみだろう?」
「ちがいます。」
今度の声は、さっきとは少し違っていました。
「でも、それってラビットの声じゃない?」
「そうは思いません。」
とラビットは言いました。
「そう聞こえないようにしているんです。」
「そうなの?」
とプー。
また頭を引っ込めて考えました。
そしてもう一度穴へ顔を入れると、
「では、ラビットがどこへ行ったか教えてくれませんか?」
「プー・ベアという、とても仲のいい友だちに会いに行きました。」
「でも、そのプーって、ぼくだよ!」
プーはびっくりしました。
「どんな『ぼく』ですか?」
「プー・ベア。」
「ほんとうに?」
今度はラビットのほうが驚きました。
「もちろん、本当に。」
「それなら、どうぞお入り。」
そこでプーは、
押して、
押して、
また押して、
ようやく穴を通り抜けることができました。
「やっぱり君だった。」
ラビットは頭から足まで眺めながら言いました。
「会えてうれしいよ。」
「ほかに誰だと思ったの?」
「いや、よくわからなくてね。森では用心しなくちゃならないんだ。誰でも家へ入れるわけにはいかないから。」
「何か少し食べる?」
プーは十一時ごろになると、いつも何か少し食べるのが大好きでした。
ラビットがお皿やマグカップを並べ始めたので、とても嬉しくなりました。
そしてラビットが、
「パンには、はちみつ? それともコンデンスミルク?」
と聞くと、あまりに嬉しくなって、
「両方!」
と言ってしまいました。
それから欲張りと思われないように、
「パンはいりませんけど。」
と付け加えました。
それからというもの、長いこと何もしゃべりませんでした。
……
やがて少しべたべたした声で鼻歌を歌いながら立ち上がると、ラビットの前足を愛情たっぷりに握って、
「じゃあ、そろそろ帰るね。」
と言いました。
「もう?」
とラビットは礼儀正しく聞きました。
「まあ……もう少しいてもいいんだけど……もし、きみが……」
そう言いながら、食料棚のほうを一生懸命見ようとしました。
「実はね。」
とラビット。
「ぼくもちょうど出かけるところなんだ。」
「それなら帰るよ。さようなら。」
「そう。じゃあ、もう本当におかわりはいらないね?」
「まだあるの?」
プーは素早く聞きました。
ラビットは皿のふたを開けました。
「いや、もうない。」
「そうだと思った。」
プーは一人うなずきました。
「じゃあ、本当に帰るよ。」
プーは穴からはい出そうとしました。
前足で引っ張り、
後ろ足で押しました。
やがて鼻が外へ出ました。
次に耳。
前足。
肩。
そして――
「たいへん!」
とプー。
「戻ったほうがいいかも。」
「やれやれ!」
「やっぱり進まなくちゃ。」
「どっちにも行けない!」
「たいへんだ、やれやれ!」
そのころラビットも散歩へ行きたくなりました。
でも玄関はプーでいっぱいです。
そこで裏口から外へ出て、前へ回ってきました。
「やあ。」
とラビット。
「つかえちゃったの?」
「い、いや。」
プーは平気そうに答えました。
「休みながら考えたり、歌ったりしているだけ。」
「じゃあ前足を貸して。」
プーは前足を伸ばしました。
ラビットは、
引いて、
引いて、
また引きました。
「いたたた!」
とプー。
「痛いよ!」
「つまりだね。」
ラビットは言いました。
「君はつかえてるんだ。」
「玄関が小さすぎるからさ。」
プーはむっとして言いました。
「違う。」
ラビットはきっぱり言いました。
「食べすぎたからだ。」
「ぼくはそのとき思ったんだ。」
「でも言わなかった。」
「誰か一人、食べすぎてるなって。」
「そして、それがぼくじゃないことだけは確かだった。」
「さて。」
「クリストファー・ロビンを呼んでこよう。」
クリストファー・ロビンは森の反対側に住んでいました。
やがてラビットと一緒に戻ってきて、穴から半分だけ出ているプーを見ると、
「おばかなクマさん。」
と言いました。
でも、その声はあまりにも優しかったので、みんな少し希望が湧いてきました。
「ラビットがもう二度と玄関を使えなくなるんじゃないかって。」
プーは少し鼻をすすりながら言いました。
「それだけは嫌なんだ。」
「ぼくもだよ。」
とラビット。
「もちろん使えるさ。」
クリストファー・ロビンは言いました。
「引っ張り出せなければ、押し戻せばいい。」
ラビットはひげをかきながら考え込みました。
「でも押し戻したら、そのままずっと中だよ。」
「もちろんプーが家にいるのはうれしいけど……」
「木に住む者もいれば、地下に住む者もいるし……」
「つまり、ぼくは二度と出られないの?」
とプー。
「せっかくここまで入ったんだから、もったいないってことさ。」
ラビットは言いました。
クリストファー・ロビンはうなずきました。
「じゃあ、方法は一つだけ。」
「やせるまで待とう。」
「やせるのにどれくらい?」
プーは不安そうに聞きました。
「一週間くらいかな。」
「でも、一週間もここにいられないよ!」
「いられるさ。」
クリストファー・ロビンは笑いました。
「難しいのは、そこから出すことなんだから。」
「本を読んであげるよ。」
ラビットは明るく言いました。
「雪が降らないといいね。」
「それから……君、家の中をかなりふさいでるんだけど。」
「後ろ足をタオル掛けに使ってもいい?」
「だって、そこにあるだけで何もしてないし。」
「ちょうどいいんだ。」
「一週間か……」
プーは暗い声で言いました。
「ごはんは?」
「残念だけど、なし。」
クリストファー・ロビンは言いました。
「そのほうが早くやせられるから。」
「でも本は読んであげる。」
プーはため息をつこうとしました。
けれど、あまりにぎゅうぎゅうにはさまっていて、ため息さえつけませんでした。
涙が一粒ころりと落ちました。
「それなら……」
「はさまったクマを励ましてくれるような、元気の出る本を読んで。」
こうして一週間、クリストファー・ロビンはプーの頭のほうで本を読み続けました。
ラビットは後ろ足に洗濯物を干しました。
その間ずっと、プーは少しずつ、少しずつ細くなっていきました。
そして一週間後。
「さあ!」
とクリストファー・ロビンが言いました。
クリストファー・ロビンがプーの前足をつかみました。
ラビットがクリストファー・ロビンをつかみました。
ラビットの親戚や友だちがラビットをつかみました。
みんなで力いっぱい引っ張ります。
長いことプーは、
「いたた!」
と言い、
「うわっ!」
と言うばかりでした。
すると突然――
「ぽんっ!」
まるで瓶のコルクが抜けるような音がしました。
クリストファー・ロビンも、
ラビットも、
ラビットの親戚も友だちも、
みんなそろって後ろへひっくり返りました。
その上へ、
自由になったウィニー・ザ・プーが、どさりと落ちてきました。
こうしてプーは友だちみんなにうなずいてお礼を言うと、また森の中を歩き始めました。
もちろん、あの鼻歌を誇らしげに歌いながら。
そして、その後ろ姿を見送りながら、クリストファー・ロビンは愛情いっぱいの声で、そっとつぶやきました。
「おばかなクマさん。」




