第一章 灰の契約 5
肉塊の絶叫が坑道全体を震わせる。
レインは灰炎を纏ったまま、異形へ拳を叩き込み続けていた。
殴るたびに肉が弾け。
焼け。
人間の顔が苦悶に歪む。
「やめろレイン!!」
リアの叫び声。
だが止まれない
止まれば
また誰かが死ぬ
また守れない
その恐怖が、レインを突き動かしていた。
肉塊の中心部。
そこに、脈動する赤黒い核が見える。
灰の竜が囁く。
『――あれを壊せ。』
レインは地面を蹴った。
瞬間。
肉塊の表面から無数の腕が伸びる。
「っ……!」
腕がレインの身体を掴む。
冷たい。
ぬめり。
耳元で、無数の声が響いた。
『たすけて』
『いやだ』
『しにたくない』
『くるしい』
人間の断末魔。
取り込まれた者たちの残滓だった。
レインの動きが止まる。
その隙に、肉塊の触腕が首へ巻き付いた。
圧迫。
呼吸ができない。
視界が暗くなる。
すると。
「《フレア・バースト》!!」
轟炎。
横合いから放たれた火炎魔法が触腕を吹き飛ばした。
レインの身体が解放される。
視線を向けると、一人の青年魔導士が立っていた。
黒髪。
細身。
鋭い灰青色の瞳。
年齢は十七、八ほど。
ローブには銀の魔導紋章が刻まれている。
「ぼーっとするな。死ぬぞ」
淡々とした声だった。
「お前は……」
「後で」
青年は短く答える。
その直後、彼の周囲に複数の魔法陣が展開した。
無詠唱
リアが目を見開く。
「無詠唱魔法だと……!?」
青年は構わず右手を掲げる。
「《雷槍》」
紫電が走った。
雷の槍が肉塊を貫く。
絶叫。
異形の動きが一瞬止まった。
「今だ!」
レインは迷わなかった。
灰炎を纏い、一直線に核へ突っ込む。
肉塊が暴れる。
だが。
もう止まれない。
「うおおおおおお!!」
拳が核へ届く。
次の瞬間。
灰色の炎が爆発した。
轟音。
衝撃。
肉塊全体に亀裂が走る。
無数の顔が悲鳴を上げ。
そして。
静かに崩れ落ちた。
坑道に沈黙が訪れる。
誰も動けなかった。
レインは荒い息を吐きながら、その場へ膝をつく。
灰色の魔力が消えていく。
同時に。
頭の奥で、何かが崩れた。
ふと。
思い出せなくなる。
幼い頃。
父に肩車された記憶。
どんな顔だった?
どんな声だった?
霧がかかったように曖昧になる。
「……っ」
レインの指先が震えた。
また失った。
また。
すると。
「おい」
低い声。
顔を上げると、リアが立っていた。
赤髪の少女は険しい表情でレインを見下ろしている。
「お前、その力……」
そこで言葉を止めた。
レインの顔色があまりにも悪かったからだ。
まるで。
何かを削り取られた人間のように。
「……大丈夫か」
意外な言葉だった。
レインは苦笑しようとして。
うまく笑えないことに気づく。
「……ああ」
掠れた声。
すると、先ほどの青年魔導士が近づいてきた。
彼は崩れた肉塊を観察しながら呟く。
「深淵侵食型か。思ったより進行が早い」
リアが眉をひそめる。
「知っているのか?」
「少しは」
青年はレインへ視線を向けた。
その目は、異様なほど冷静だった。
「それより、お前」
数秒。
静寂。
そして彼は言った。
「あと何回、その力を使えば壊れる?」
空気が凍った。
セレナの顔色が変わる。
リアも息を呑む。
レインだけが、何も答えられなかった。
青年は小さく目を細める。
「図星か」
その声には、同情も嘲笑もなかった。
ただ。
“理解している者”の響きだけがあった




