第一章 灰の契約 4
西部廃坑へ向かう調査隊は、昼前に王都を出発した。
参加者は全部で8人
王国騎士団が3名
冒険者が4名
そしてレイン
セレナは本来同行予定ではなかったが、強引に付いてきた。
「絶対に一人にしないから」
そう言って譲らなかったのだ。
リアは最初こそ反対したものの、最終的には折れた。
「後悔するなよ」
その一言だけを残して。
街道を外れ、山道へ入る。
周囲の空気は次第に冷たくなっていった。
木々は枯れ。
鳥の声もしない。
異様な静けさだった。
「……嫌な場所」
セレナが小さく呟く。
レインも同感だった。
胸の奥で、灰の力が微かに反応している。
深淵の気配
間違いない
やがて、一行は廃坑へ到着した。
巨大な横穴
崩れかけた木材
入り口周辺には古い血痕が残っている。
だが。
死体はない。
「本当に消えてる……」
冒険者の一人が青ざめた声を漏らす。
リアは腰の剣へ手を置いた。
「全員、警戒を切らすな」
薄暗い坑道へ足を踏み入れる。
空気が重い
湿った土の匂い
そして
どこか甘ったるい腐臭
レインは眉をひそめた。
「この匂い……」
すると
前方を歩いていた騎士の一人が突然立ち止まる。
「おい」
震えた声
松明の灯りが、坑道の壁を照らす。
そこにあったのは。
無数の“手形”だった。
血で塗りたくられた、人間の手形。
壁一面に。
逃げるように。
助けを求めるように。
刻みつけられている。
「っ……」
セレナが息を呑む。
その時だった。
奥から音がした。
ぐちゃり。
ぐちゃ。
何かを咀嚼する音。
全員が武器を構える。
松明の火が揺れた。
暗闇の奥。
そこに、“それ”はいた。
巨大な肉塊
人間の腕
脚
顔
無数の肉が溶け合った異形。
身体中に人間の顔が浮かび上がっている。
その一つが、ゆっくり口を開いた。
「……たす……け……て……」
空気が凍った。
冒険者の一人が悲鳴を上げる。
「ひっ……!?」
次の瞬間。
肉塊が動いた。
信じられない速度で。
「散開しろ!!」
リアが叫ぶ。
轟音
騎士の一人が吹き飛ばされ、壁へ叩きつけられた。
骨が砕ける音
血飛沫
セレナが光魔法を展開する。
「《ルクス・シールド》!」
光の壁。
だが肉塊の触腕が容易く粉砕した。
強い
明らかに普通の魔物ではない
レインの脳裏に、灰の竜の声が響く。
『――喰われたな。』
「……何?」
『――あれは、人間を取り込んで増殖している。』
レインの背筋が凍る。
では。
消えた冒険者たちは。
「っ……!」
思考を遮るように、肉塊が襲いかかってくる。
リアが大剣を振り抜いた。
凄まじい剣圧
肉塊が斬り裂かれる
しかし。
切断面から新たな肉が増殖した。
「再生だと……!?」
騎士たちの顔色が変わる。
勝てない。
誰もがそう理解した。
その時
肉塊の表面から、一つの顔が浮かび上がる。
若い男の顔。
涙を流しながら口を動かした。
「ころ……して……」
レインの呼吸が止まる。
助けを求めている
まだ、生きている
その瞬間。
肉塊がセレナへ触腕を伸ばした。
「セレナ!!」
考えるより先に、レインは飛び出していた。
灰色の魔力が爆発する
世界が鈍く見える
音が遠のく
心臓だけが脈打っている
レインは触腕を掴み、力任せに引き千切った。
黒い血が飛び散る。
肉塊が絶叫した。
無数の口が同時に悲鳴を上げる。
人間の声で。
「ぎゃあああああああ!!」
その光景は、あまりにも悍ましかった。
だが
レインの中で、何かが冷えていく。
恐怖が薄れていく
怒りだけが残る
灰炎が噴き上がった。
「……返せ」
低い声。
「返せよ」
肉塊が再び襲いかかる。
レインは正面から突っ込んだ。
拳
蹴り
灰炎
暴力的な力が異形を破壊していく。
リアが目を見開いた。
「なんだ……その力……」
だがレインには聞こえていない。
頭の中で、灰の竜だけが囁いていた。
『――もっと使え。』
『――救いたいのだろう?』
灰色の炎が、さらに激しく燃え上がった。




