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第一章 灰の契約 3

その日の夜――

レインとセレナは、ギルド併設の簡易宿へ案内された。

木造二階建てで、床がギシギシと軋む。

決して豪華ではないが、辺境育ちの二人には十分すぎる部屋だった。


「わぁ……ベッドがふかふか……」


セレナが感動したように布団へ飛び込む。

レインは思わず笑った。


「子供みたいだな」


「だってリュンベルの宿と全然違うもん!」


そう言って頬を膨らませる。

確かに、低い木箱のようなベッドと薄い布に比べれば、驚きの豪華さだ。

セレナの何気ない表情や仕草に、レインの胸が少しだけ軽くなった。


  きっと……こういう時間を守りたかった。

  ただ、それだけだったのに。


窓の外では、王都の灯りが揺れ、行きかう人々を照らしている。

静かに届く人々の声、平和な夜景。

なのに、レインは落ち着かなかった。

胸の奥がざわついている。

ギルドで耳にした <西の廃坑> <深淵の気配>

嫌な予感が消えない。


「……レイン」


レインを見つめていたセレナが、不意に真面目な声を出した。


「その力、また使ったんだよね?」


レインの肩が僅かに揺れる。

昼間の戦闘――

母の記憶が欠けたことを、まだ言えていない。

彼女を悲しませたくない、心配させたくない。


「少しだけだ――」


「嘘」


即答だった。

セレナはベッドから起き上がる。


「最近、ぼーっとする時間増えてる」


「……そんなことない」


「あるよ」


彼女はレインを見つめた。

不安を押し隠すような瞳。


「ねぇ、ちゃんと話して」


逃げるようにレインは視線を逸らした。


  言えるわけがない

  使うたびに、自分が壊れているなんて


「……大丈夫だ」


その言葉を聞いた瞬間。

セレナは少しだけ傷ついた顔をした。


「また、それ」


レインが顔を上げる。

彼女は小さく笑った。


「昔からそう。辛い時ほど、“大丈夫”って言う」


静かな声だった。

責めるでもなく。

怒るでもなく。

だからこそ胸が痛い。


「……ごめん」


「謝ってほしいんじゃないの」


セレナは立ち上がり、レインの前へ来る。

そして――

そっと、彼の手を握った。

伝わる温度は、すごく温かかった。


「一人で抱え込まないで」


優しい表情に声。

その瞬間――

レインは気づいてしまう。


彼女の手の温度を、 “少し感じにくくなっている” ことに。


心臓が止まりそうになる。

視界が遠くなる。


  怖い

  本当に

  失っている


「レイン?」


セレナが不安そうに覗き込む。

レインは慌てて手を握り返した。


  まだ分かる

  まだ温かい

  まだ大丈夫だ


そう自分に言い聞かせる。

だが、

頭に響く灰の竜の声は、残酷なほど静かだった。


『――いずれ消える。』


『――全て。』


その夜――

恐怖と焦りに染まった心のまま、レインはほとんど眠れなかった。


翌朝――


顔を出したギルドは、早朝から騒がしかった。

たくさんの人々が活動していた。


依頼を受ける冒険者。

武器を整備する鍛冶師。

酒臭いまま寝ている男。

怒鳴り声。

笑い声。


活気に満ちている。


「すごいなぁ……」


セレナが辺りを見回す。

レインも他の冒険者と同じように掲示板へ近づいた。

板一面に貼られた、大量の依頼書。


<薬草採取> <護衛> <魔物討伐>


その中に、一枚だけ黒縁の依頼書が混じっていた。


 『西部廃坑調査依頼』

 推奨ランク:C以上  “複数パーティ消息不明”


レインの視線がピタリと止まる。

その瞬間――


「やめとけ」


低い声がした。

振り返ると、昨日の赤髪の少女――リアが立っていた。

朝日を受けた赤髪が燃えるように揺れている。


「その依頼は新人が手を出していいものじゃない」


レインは依頼書へ視線を戻す。


「何がいるんだ?」


「分からない」


リアは眉を寄せた。


「だから厄介なんだ」


彼女は続ける。


「死体が見つからない」


耳を傾けていた冒険者たちが口を閉じ、周囲の空気が少し冷えた。


「……どういう意味だ?」


「そのままの意味だ。血痕だけ残って、人間が消えてる」


レインの胸がざわつき、ある情景が頭をよぎった。

それは、まるで、

深淵門災害の時と同じだ。

リアはレインを真っ直ぐ見つめた。


「お前、深淵門を見ただろ」


否定できなかった。


「だったら分かるはずだ。あれは普通の魔物じゃない」


数秒の沈黙――

やがてリアは小さく息を吐いた。


「……私は今日、その調査隊に参加する」


「一人で?」


「騎士団の小隊がいる」


だがその表情は晴れていない。


  不安

  あるいは嫌な予感


レインは無意識に口を開いていた。


「俺も行く」


突然の申し出に、セレナが息を呑み、リアは眉をひそめた。


「正気か?」


「放っておけない」


「死ぬぞ」


「それでもだ」


即答だった。

リアはしばらくレインを見つめる。

やがて


「……馬鹿だな」


呆れたように呟いた。

だがその声には、ほんの僅かだけ。

認めるような響きが混じっていた。

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