第一章 灰の契約 2
<王都レグナス>へ到着したのは、夕暮れ時だった。
都市を大きく囲う、高く巨大な白壁
都市からまばらに、空へ伸びる尖塔
どこまでも広がる、石造りの街並み
リュンベル村しか知らなかったレインにとって、それは初めて見る別世界だった。
広い街路には露店が並び、魔導灯が橙色に輝いている。
至る所から聞こえる人々の喧騒
笑い声
美味しそうな焼いた肉の匂い
活気に満ち、生きている街の空気だった。
「すごい……」
隣でセレナが目を輝かせる。
同じ感想が声に出そうになったレインは小さく頷いた。
だが同時に、胸の奥に奇妙な疎外感もあった。
ここには、自分の知らない世界がある。
そして、自分はもう“普通”ではない。
「ほら、ぼーっとしてると置いていくよ?」
「……ああ」
2人は人混みを抜け、中央区へ向かう。
目的地は<王都冒険者ギルド本部>
王国最大の冒険者組織であり、深淵門討伐を専門とする者たちの拠点だった。
広い都市の建物群から、やがて巨大な建物が見えてくる。
5階建ての
黒鉄と白石で造られた重厚な建築
入口上部には、交差する剣と竜の紋章
「ここが……」
レインが呟いた瞬間――
中から大柄な男が吹き飛んできた。
「ぐはぁっ!?」
レインの目の前の地面に、勢いよく転がる。
周囲の冒険者たちは見慣れた様子で避けていた。
<<バンッ>>――続いて扉が乱暴に開く。
「次は誰だ!!」
怒鳴り声だ。
そして現れたのは、赤髪の少女だった。
スラっとした長身に金属の胸当てが輝く。
ポニーテールの髪が腰まで伸ている。
鍛え抜かれた腕に、引き締まった身体
腰には大剣が下がっていた。
鋭い金色の瞳が周囲を睨みつけている。
「弱いやつばっかりか、このギルドは!」
冒険者たちが一斉に顔をしかめた。
「またリアかよ……」
「新人潰しやめろって……」
「王国騎士団の天才様は怖ぇな……」
<リア>
その名に、レインは僅かに反応する。
王都へ来る途中、何度も耳にした。
若くして王国騎士団に所属する天才剣士。
魔物討伐数は既に一流冒険者級。
だが性格に難あり、と。
リアは鼻を鳴らしながら周囲を見渡し――レインと目が合った。
数秒――視線が止まる。
「……お前」
見開いた目と共に、低い声。
レインは無意識に身構えた。
リアの瞳が細められる。
「妙な魔力をしてるな」
その言葉に、空気が張り詰める。
レインの背中を冷たい汗が伝った。
見抜かれた!
そんな感覚があった。
魔物と間違えられるか、それとも・・・
だが次の瞬間――
「まぁいい」
リアは興味を失ったように視線を外す。
「死にたくなければ深淵門には近づくな。以上だ」
それだけ言い残し、少女は去っていった。
残された空気が一気に緩む。
レインたちは、騒音が去ったギルドの中に足を踏み入れた。
「……なんだったんだ」
レインが呟くと、聞こえていたのか、受付嬢が苦笑した。
「気にしないでください。リア・ヴァルフェルトさんは、ああいう人なので」
彼女はレインの体を見つめ、書類を差し出す。
「冒険者登録ですね?」
話が早く、親切な受付嬢にレインは頷いた。
そして、簡単に書き方を説明された用紙に名前を書く。
<レイン・クローヴィス>
その文字を見つめた瞬間、
ふと、不安になる。
もし、いつか自分の名前すら忘れたら
その考えを振り払うように、止まっていたペンを置いた。
「大丈夫です。これで登録完了です。ランクはFからになります。」
用紙を確認しながら、受付嬢は続ける。
「本来、王都所属の冒険者には簡易実技試験があるのですが……」
彼女の視線が、レインの腰に向く。
そこには、深淵門災害の生存者証が下がっていた。
「深淵門を生き延びた方なら、最低限の実力は保証されていますので」
妙に静かに響いたその声に、周囲の空気が少しだけ変わる。
<哀れみ> <畏怖> <あるいは恐怖>
聞くところ、深淵門の生存者は少ないらしい。
だからこそ、生き延びた者は “普通ではない” と思われる。
下がった空気に、レインは視線を伏せた。
その時だった――
ギルド奥の掲示板前で、騒ぎが起きる。
「嘘だろ……」
「またかよ……」
「Eランクが全滅したって……?」
ただでさえ下がった空気が、一層重くなる。
受付嬢の顔色も変わった。
「どうしたんですか?」
状況が読めないセレナが尋ねる。
すると近くの冒険者が低い声でささやいた。
「西の廃坑だよ」
壁をジッと見つめ、男は苦々しげに吐き捨てる。
「最近、魔物の動きがおかしい。討伐隊が何組も戻ってきてねぇ」
「騎士団は?」
「他の深淵門対応で手一杯だ」
その言葉を聞いた瞬間――
レインの胸の奥で、<<ドクンッ>>――灰色の力が脈打った。
まるで “そこへ行け” と言うように。
『――近い。』
灰の竜の声が響く。
『――深淵の匂いがする。』
声に、レインは無意識に拳を握り締めた。
王都へ来たばかりだというのに、運命は、休む暇すら与えてくれないらしい。




