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第一章 灰の契約 1

王都レグナスへ向かう街道は、春だというのに冷えていた。

荷馬車の揺れに合わせ、レインはぼんやりと窓の外を見つめていた。


広く続く草原

その奥に広がる森

遠くに見える山脈


景色は変わっていくのに、胸の奥の重さだけは変わらない。


「……また眠れてないの?」


向かい側に座るセレナが、心配そうな顔で小さく首を傾げた。

レインは苦笑する。


「少しだけ」


  本当は違う。

  眠るのが怖かった。


夢の中で、いつも、灰色の竜の低い声が聞こえてくるからだ。


  『――力を使え。』

  『――もっと。』

  『――全てを救え。』


あの夜から3週間がたった。

リュンベル村は、民家が全て燃えるか倒壊し、畑も荒れ果てて壊滅した。

ほとんどが死に、生き残った者はわずかだった。


異変に気付いた王国騎士団が到着した時、既に全てが終わっていた。

そして彼らは、灰色の炎で魔物を焼き尽くしたレインを見つけた。

見たことのない姿に、当然、警戒された。

剣を向けてくる騎士の表情に恐れが浮かんでいた。


だが同時に

状況を知った王都の冒険者ギルドは、彼に興味を示した。

深淵門由来の魔物を単独で撃退した少年。

そんな存在を放置する理由はないようだ。


「王都に着いたら、ちゃんとご飯食べようね」


セレナが明るく微笑む。

その笑顔を見るたび、レインは胸が痛んだ。

彼女の名前を忘れた瞬間、焦りと恐怖で全てが止まった瞬間。

あの恐怖は今も消えていない。


  今は思い出せる

  会話もできる

  だが、もしまた忘れたら

  もし次は、思い出せなくなったままだったら


「レイン?」


「……いや、なんでもない」


未だ誰かは分からないが、この優しく明るい少女を悲しませたくない。

誤魔化すように視線を逸らした時――

体が突然、倒れそうになった。

どうやら、荷馬車が急停止したようだ。

次に、御者の悲鳴が響く。


「魔物だ!!」


その声で、皆が息を飲み、空気が張り詰める。

レインは反射的に立ち上がり、周りを探る。


街道脇の森

そこから現れたのは、巨大な猪型魔物――<ボアグル>だった。

全長4メートルの茶色い巨体。

鋼鉄のような牙は鎧さえかみ砕く。

通常なら熟練冒険者数人で対処する相手だ。

護衛たちが慌てて武器を構える。

しかし――

彼らは遅すぎた。ボアグルは既に突進していた。

荷馬車へ向かって真っすぐに


「危ない!」


誰かが叫ぶ。

その声が引き金となり、レインの脳裏に、焼け落ちた村の光景が蘇る。


  泣き声

  血

  失ったもの


<<ドクンッ>>――胸の奥で、灰色の力が脈打った。


  使えば守れる


でも、


  また何かを失う


恐怖で足が止まる。

その時――

荷馬車の陰に、小さな少女がいるのが見えた。

隠れるように体を丸め、震えている。

避難が遅れた子供だった。

直ぐまじかまで、ボアグルが迫る。


  間に合わない!


視界の情景がゆっくり流れていく。

葛藤の末、レインは歯を食いしばり、荷馬車から飛び降りる。


「……っ!」


次の瞬間――

灰色の魔力が爆発し、地面が砕けた。

同時に、レインは疾風のように駆ける。

もう、迷いは無かった。

ボアグルの眼前へ飛び込み。

拳を叩き込んだ。


<<ドゴンッ>>――ハンマーで岩を叩き割るような轟音が響く。


4メートもの魔物の巨体が、空高く吹き飛ぶ。

護衛たちが目と口を開けて絶句した。

そして、レインは少女を抱きかかえ、安全な場所へ下ろす。

少女は泣きながら礼を言った。


「ありがとう、お兄ちゃん……!」


その瞬間――

レインの頭の奥で、何かが剥がれ落ちる感覚がした。

ふと、思い出せなくなる。


――母親の声が。


「……あ」


  幼い頃

  優しく歌ってくれた子守歌


  どんな声だった?

  どんな顔だった?


  思い出せない


レインの手が震えた。

体が寒く感じる。

額から汗が流れる。


灰の竜が、耳元で囁く。


『――代償だ。』


少年は初めて理解する。

この力は、本当に。


“自分を削って”いるのだと。

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