第二章 王立魔導学園編 8
沈黙が落ちる
誰もすぐには言葉を出せなかった。
レイン自身も、自分が何を言ったのか分かっていない。
ただ
胸の奥だけが妙に痛かった。
学園長が静かに手を下ろす。
「……干渉が進んでいます」
その声は、これまでよりもわずかに硬い。
ミシェルが目を細める。
「記憶の分離か」
「あるいは融合崩壊です」
学園長は淡々と続ける。
「他者の記憶残滓が、契約経由で流入している可能性があります」
リアが舌打ちする。
「つまりどういうことだよ」
学園長はレインを見た。
「あなたの中に、“あなたではない記憶”が混ざっています」
レインの呼吸が一瞬止まる。
自分ではない記憶。
さっきから感じていた違和感。
それが言語化された瞬間だった。
セレナが不安そうにレインを見上げる。
「……それって」
学園長は一度だけ頷く。
「深淵門内部で、魂の残滓を解放した影響でしょう」
その言葉に、レインの記憶がわずかに揺れる。
黒い槍
無数の光
泣いている声
“まだそこにいた”
その感覚だけが蘇る。
レインは小さく呟いた。
「……あれは」
「助けたんじゃないのか」
学園長は答えない。
その沈黙が、すべてだった。
救ったのか。
壊したのか。
あるいは。
別の何かか。
分からない。
その時
フィアナが一歩前に出た。
「でも、それって悪いことなんですか?」
空気が止まる。
リアが即座に突っ込む。
「お前ほんとに空気読め」
だがフィアナは続けた。
「だって……」
少しだけ迷ってから。
「さっきの光、すごく綺麗でした」
レインの視線が彼女に向く。
フィアナはまっすぐ見ている。
怖がっていない。
完全にではない。
それでも、
目を逸らしていない。
「悲しいのに、綺麗で」
「助けようとしてる感じがして」
彼女は少しだけ言葉を探す。
「だから……間違ってない気がします」
その瞬間
レインの胸の奥が強く軋んだ。
痛み
熱
そして
わずかな“安堵”。
自分の中に、まだ誰かの言葉が届く余地がある。
その事実が、なぜか救いだった。
だが
その直後
学園長が静かに言う。
「感情に依存して判断するのは危険です」
フィアナが小さく黙る。
学園長は続ける。
「あなたは今、極めて不安定な状態にあります」
レインはゆっくり問い返す。
「……それで」
「俺はどうなる」
学園長は一瞬だけ、目を伏せた。
そして
「制御不能になれば」
静かに
だが確実に。
「排除対象になります」
空気が凍る。
リアが低く呟く。
「……やっぱ監獄じゃねぇか」
セレナの顔が青ざめる。
フィアナも初めて言葉を失う。
だが
レインは不思議と驚かなかった。
むしろ
それが当然だと思えた。
力
侵食
記憶喪失
自分はもう、どこにも正常ではない。
その時
頭の奥で、また声がした。
『――また、ひとりにするの?』
レインは拳を握る。
灰炎が微かに揺れる。
「……うるさいな」
思わず出た言葉だった。
周囲が反応する。
だがレインは気にしなかった。
声は消えない。
むしろ強くなる。
『――ねぇ。』
『――ちゃんと、見てる?』
視界が揺れる。
学園の天井が歪む。
誰かがいる。
どこかに。
確かに。
その“誰か”だけが、消えてはいけない存在だった気がする。
レインは歯を食いしばる。
「……誰だ」
もう一度
今度ははっきりと
その問いに
空間の奥で
ほんの一瞬だけ
少女の笑い声がした。




