第二章 王立魔導学園編 3
その変化に気づいたのは、セレナだった。
「……!」
ほんの少し。
本当に少しだけ。
レインの表情が柔らかくなった。
記憶を失ってから初めて見る、人間らしい反応。
セレナの胸が締め付けられる。
嬉しい。
でも。
その笑顔が自分へ向いたものじゃないことが、少し苦しかった。
一方
金髪の少女はまだ混乱していた。
「え、あ、いや、私いま何言った!? 違うの! 怪しい意味じゃなくて!」
リアが呆れた顔をする。
「どんな意味だよ」
「わぁぁぁぁ!!」
少女は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
周囲の空気が少しだけ緩む。
さっきまでの重苦しい緊張が、ほんの少しだけ和らいだ。
学園長が静かに口を開く。
「フィアナ」
少女がビクッとする。
「は、はいっ!」
「飛行訓練場の結界をまた壊しましたね」
フィアナと呼ばれた少女は、すっと目を逸らした。
「あはは……」
「3回目です」
「……はい」
「始末書を10枚」
「多いですぅ!?」
リアが吹き出す。
「お前、面白いやつだな」
フィアナは涙目で抗議した。
「笑い事じゃないです! 私これで単位ギリギリなんですよ!?」
その反応が妙に騒がしくて。
レインはぼんやり彼女を見る。
不思議だった。
この少女の声を聞いていると、少しだけ頭の痛みが薄れる。
すると。
フィアナが恐る恐るレインを見る。
「……えっと」
翡翠色の瞳が揺れる。
普通なら怖がる。
実際、周囲の学生たちは距離を取っている。
でも
彼女は震えながらも、ちゃんとレインを見ていた。
「助けてくれて……ありがとうございました」
レインは少し間を置いて答える。
「……別に」
素っ気ない。
自分でも分かるくらい、感情が薄い声。
なのに
フィアナはなぜか嬉しそうに笑った。
「でも助かりました!」
太陽みたいな笑顔だった。
その瞬間
レインの頭の奥で、小さな痛みが走る。
笑顔。
銀髪の少女。
『あなたって、昔からそう』
ー ノイズ ー
記憶が途切れる。
レインが顔をしかめた瞬間、学園長の視線が鋭くなった。
彼女は静かにレインへ近づく。
「……今、何を見ましたか」
レインは眉をひそめる。
「……分からない」
本当に分からない。
でも。
最近、妙な断片が増えている。
知らない記憶。
知らない少女。
知らない言葉。
まるで。
誰か別人の人生が混ざっているみたいだった。
学園長は目を伏せる。
その横顔には、微かな焦りが滲んでいた。
だが
次の瞬間
空気が変わった。
<殺気>
レインは反射的に振り向く。
石畳の通路。
そこに、一人の男子生徒が立っていた。
黒髪。
鋭い金色の瞳。
軍服のように着崩した制服。
腰には細身の魔剣。
周囲の学生たちがざわめく。
「あれ……」
「クロード先輩」
「最上位クラスの……」
男子生徒――<クロード>は、
レインを真っ直ぐ見ていた。
敵意を隠さずに。
そして。
低く言い放つ。
「聞きたいことがある」
空気が張り詰める。
クロードの瞳は、灰色の竜腕へ向いていた。
「お前、本当に人間か?」




