第一章 灰の契約 13
砕けた。
赤黒い核が。
ガラスのような音を立てて。
その瞬間。
守護兵の巨体が静止する。
そして。
内側から灰色に崩れ始めた。
黒い肉が砂のように崩壊し、夜風へ溶けていく。
深淵の絶叫が響いた。
裂け目全体が震える。
「やった……!?」
騎士の一人が叫ぶ。
だが。
ミシェルだけは険しい顔をしていた。
「いや――」
次の瞬間。
残る二体の守護兵が、同時に咆哮した。
空気が歪む。
すると。
崩壊した守護兵の灰が、再び集まり始めた。
「は……?」
リアの顔が引きつる。
再生。
しかも今度は。
三体が融合し始めていた。
黒い肉塊が蠢き、巨大化していく。
骨が軋む音。
無数の腕。
無数の目。
人間の顔のようなものまで浮かび上がる。
『タスケテ』
『イタイ』
『クルシイ』
無数の声。
それは。
今まで深淵へ喰われた者たちの残滓だった。
セレナが顔を青ざめさせる。
「……うそ……」
レインの胸がざわつく。
怒り。
悲しみ。
吐き気。
感情が混ざり合う。
深淵は、喰らった命すら利用している。
その事実が許せなかった。
灰の竜が低く呟く。
『――あれが深淵。』
『――命を意味へ変える災厄。』
巨大融合体が動いた。
山のような巨体。
その腕が振り下ろされる。
轟音
大地が割れた。
騎士団が吹き飛ぶ。
結界が砕ける。
一撃だけで戦線が崩壊した。
リアが舌打ちする。
「チートすぎんだろ……!」
ミシェルが即座に魔法陣を展開。
「《多重拘束術式》!」
青白い鎖が空を走る。
融合体の動きを封じる。
だが。
数秒。
それだけだった。
黒い瘴気が鎖を侵食し、音を立てて砕いていく。
「術式が侵食される……!」
ミシェルの顔色が変わる。
その時。
巨大融合体の無数の目が、一斉にレインを見た。
瞬間。
頭の中へ声が流れ込む。
『カエセ』
『ソノカラダ』
『ワレラノモノダ』
レインの呼吸が止まる。
身体が重い。
意識を引きずり込まれる。
まるで。
深淵そのものが、自分を喰おうとしている。
灰の竜が咆哮した。
『――触れるな!!』
灰炎が爆発する。
侵食を弾き飛ばす。
だが。
レインは理解してしまった。
深淵は、自分を欲している。
なぜ。
その答えを、灰の竜はまだ教えない。
その時だった。
「レイン!!」
セレナの叫び。
振り向く。
融合体の別腕が、彼女へ迫っていた。
速い。
間に合わない。
騎士たちも動けない。
リアも遠い。
ミシェルの術式も間に合わない。
死。
その瞬間。
レインの思考が消えた。
灰炎が暴走する。
世界が遅くなる。
音が消える。
視界が灰色へ染まる。
そして。
レインは“瞬間移動”していた。
自分でも理解できない速度。
気づけば、セレナの前に立っていた。
振り下ろされる黒腕。
レインは片手で受け止める。
轟音
地面が陥没した。
だが。
止まっている。
人間では絶対に不可能な力。
その代わり。
レインの右腕へ、灰色の鱗がさらに広がっていた。
肘まで。
完全に竜の腕へ近づいている。
セレナの瞳が震える。
「……レイン」
レインは答えなかった。
答えられなかった。
感情が薄い。
怒りも、
恐怖も、
痛みも。
遠い。
その感覚に、レイン自身が怯える。
灰の竜が静かに告げる。
『――侵食率47%』。
もう半分近い。
その数字を聞いた瞬間。
セレナの顔から血の気が引いた。
「……だめ」
小さな声。
震えていた。
「そんなの……だめだよ……」
レインはゆっくり彼女を見る。
その涙を見て。
ほんの少しだけ。
胸が痛んだ。
まだ。
完全には消えていない。
その事実だけが、今のレインを繋ぎ止めていた。




