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第一章 灰の契約 11

闇だった。


  音も。

  光も。

  感覚すらない。


レインの意識は、深い深い底へ沈んでいた。

身体の感覚が遠い。

自分が人間なのかすら曖昧になる。

その暗闇の中で。

灰の竜だけが存在していた。

巨大だった。

 山よりも。

 空よりも。

 世界そのものよりも。

 灰色の鱗。

 黄金の瞳。

 古すぎる威圧感。


その姿を見た瞬間、レインは本能で理解する。

これは“生物”ではない。

もっと別の。

世界の理そのものに近い存在だ。

竜は静かにレインを見下ろしていた。


『――答えろ。』


 低い声。

 世界の底から響くような音。


『――それでも、お前は世界を救うか。』


レインは苦しげに息を吐く。


「……なんで」


声が掠れる。


「なんで、俺なんだ」


竜は沈黙した。

だがやがて。

静かに告げる。


『――お前が“最後”だからだ。』


レインの背筋が凍る。


  最後。


その言葉が重かった。


「……最後ってなんだよ」


『――深淵は進化している。』


灰色の瞳が揺らぐ。

その奥に、無数の滅びた世界が映っていた。


『――これまでの契約者では届かなくなった。』


『――だから必要だった。』


『――“器”が。』


レインの拳が震える。


「……器?」


『――深淵へ耐えうる魂。』


『――滅びを受け入れながら、なお壊れぬ人間。』


その瞬間。

レインは理解してしまう。

自分は。

最初から“選ばれていた”。

偶然ではない。

村で生まれたことも。

契約したことも。

生き残ったことも。


全部。

何者かによって、最初から繋がっていた。


「……ふざけるな」


怒りが込み上げる。


「そんなの、人間じゃないだろ」


『――ああ。』


竜は否定しなかった。


『――だからお前は苦しむ。』


『――だからお前は失う。』


静かな声。

そこには、奇妙な哀しみがあった。


『――だが。』


巨大な黄金の瞳が細められる。


『――お前だけは、まだ“誰かのために泣ける”。』


その瞬間。

セレナの顔が脳裏をよぎった。


  笑顔。

  泣き顔。

  温かな手。

  リアの不器用な優しさ。

  ミシェルの静かな理解。


  全部。

  まだ覚えている。

  忘れたくない。


レインは唇を噛む。


「……救えば、また失うんだろ」


『――そうだ。』


即答だった。


「記憶も」


『――失う。』


「感情も」


『――失う。』


「最後には」


レインの声が震える。


「俺自身も……消えるのか」


長い沈黙。

そして。

灰の竜は、静かに答えた。


『――ああ。』


世界が止まった気がした。


  自分は消える。

  戦えば戦うほど。

  誰かを救うほど。

  人間ではなくなっていく。


レインは拳を握る。


  怖かった。

  たまらなく。

  消えたくない。

  忘れたくない。

  普通に生きたかった。

  誰かと笑って、くだらない話をして、平和に生きたかった。


なのに。


  その願いを叶えるためには。

  戦わなければならない。


矛盾。

あまりにも残酷だった。


その時。

暗闇の中で、小さな光が灯った。

暖かい光。

それは。

セレナの声だった。


『生きて』


リアの声。


『勝手に死ぬな』


ミシェルの声。


『選び続けろ』


エルフィナの静かな瞳。

学園長の悲しげな笑顔。

みんな。

自分へ手を伸ばしていた。

レインはゆっくり目を閉じる。

そして。

小さく笑った。


「……ずるいよな」


灰の竜は何も言わない。

レインは顔を上げる。

黄金の瞳を真っ直ぐ見据えた。


「消えるのは怖い」


本音だった。


「忘れるのも嫌だ」


  胸が痛い。


「でも」


拳を握る。


「それでも、誰かが死ぬ方が嫌なんだ」


灰の竜が静かに目を細める。

レインは叫んだ。


「だから力を貸せ!!」


その瞬間。

灰の世界が砕けた。


  轟音


意識が現実へ引き戻される。

 夜空。

 深淵。

 巨大な黒腕。

そして。

 涙を流すセレナ。


レインの瞳が開く。

黄金と灰色が混ざり合う異形の瞳。

同時に。

灰炎が天を貫いた。

空が裂ける。

深淵が初めて、明確な“恐怖”を見せた。

灰の竜が咆哮する。

世界を震わせるほどの咆哮。


その背後で。

無数の“灰色の翼”が広がった。

レインはゆっくり拳を構える。


  身体が熱い。

  魂が軋む。


それでも。

心だけは、まだ消えていなかった。


「――来い」


深淵が嗤う。

黒腕が振り下ろされる。


その瞬間。

レインは空を蹴った。


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