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第一章 灰の契約 10

それは“音”ではなかった。

なのに。

確かに世界中へ響いた。

 深淵の嗤い。

 空気が腐る。

 空が軋む。


聞いた瞬間、騎士たちが次々と膝をついた。

耳を押さえ、血を吐く。


「がっ……!」


「頭が……!」


精神そのものを汚染する声。

理解してはいけないものを認識した代償。

リアですら顔を歪めた。


「クソッ……!」


ミシェルは即座に魔法陣を展開する。


「《精神遮断結界》!」


青白い光が広がる。

辛うじて騎士団を包み込む。


だが。

それでも完全には防げない。

深淵の“存在”そのものが、世界へ侵食していた。

レインだけが、空中で深淵を見つめていた。


 巨大な瞳

 底のない闇

 その奥に、無数の死が見える。


 滅びた文明。

 崩壊した世界。

 泣き叫ぶ人々。


 全部。

 全部、喰われた。


そしてレインは気づく。

その滅びた世界の中に。


 “自分”がいる。


 何度も。

 何度も。

 何度も。

 灰色の炎を纏い、戦い続ける自分。


「……なんだよ」


声が震える。


「なんなんだよ、これ……!」


灰の竜が静かに答えた。


『――可能性世界。』


「……は?」


『――滅びた未来だ。』


レインの呼吸が止まる。

世界が滅びる。

何度も。

繰り返し。

そして。

その全てで、灰の竜と契約した“誰か”が戦っていた。

灰の竜が低く告げる。


『――お前は最初ではない。』


その瞬間。

レインの背筋が凍った。


「……なんだ、それ」


『――我は世界を救うため、何度も契約者を選んだ。』


灰炎が揺れる。


『――だが誰一人、深淵へ届かなかった。』


レインは言葉を失う。

つまり。

今までの契約者たちは、全員死んだということだ。


しかも。

世界を救えないまま。

深淵が再び嗤った。

巨大な瞳が細められる。

まるで。


 “また失敗作が来た”


とでも言うように。

レインの中で、何かが切れた。


「……ふざけるな」


灰炎が爆発する。


  感情

  怒り

  悲しみ

  恐怖


全部が混ざり合う。


「勝手に選んで……勝手に死なせて……!」


灰の竜は否定しない。

ただ静かに言った。


『――だからこそ。』


その声には、

長い長い疲労が滲んでいた。


『――今度こそ失敗できぬ。』


その瞬間。

レインは初めて理解した。

この竜もまた。

ずっと戦い続けてきたのだと。

何度も世界が滅びるのを見て。

何度も契約者が死ぬのを見て。


それでも。

諦められなかった。

だから。

また自分を選んだ。

その事実が、

胸へ重く沈む。

だが。


「だからって……!」


レインは叫ぶ。


「俺の人生を勝手に使うな!!」


灰炎が空を裂く。

同時に。

深淵が動いた。

巨大な黒腕が、今までとは比較にならない速度で迫る。

空間そのものが砕ける。


  死


直感した瞬間。

レインの身体が勝手に動いた。

灰炎を纏った拳。


  轟音


黒腕と激突する。

衝撃波で山が砕けた。

森が吹き飛ぶ。

騎士たちは地面へ叩き伏せられる。


それでも。

レインは押し返されていた。


  強い。

  圧倒的すぎる。

  腕一本でこれだ。

  深淵本体が出てきたら、世界は終わる。


その時。

下から声が響いた。


「レイン!!」


セレナだった。

涙を流しながら、必死に叫んでいる。


「帰ってきて!!」


その声が。

レインの中へ届く。


  帰る。


その言葉に、胸が強く痛んだ。


  帰りたい。

  みんなのところへ。

  人間として

  笑って

  泣いて

  普通に

  生きたい。


その願いを理解した瞬間。

灰の竜が、初めて静かになった。


そして。

ぽつりと呟く。


『――……そうか。』


何かを悟ったような声。


次の瞬間。

レインの身体から、灰炎が急激に膨れ上がった。


「っ!?」


制御できない。

灰の力が暴走する。

黄金の瞳がさらに変色する。

腕を覆う鱗が増殖していく。

リアの顔色が変わった。


「まずい!!」


ミシェルが叫ぶ。


「侵食限界を超える!!」


セレナの瞳が見開かれる。

レイン自身も理解していた。

止まらない。


  このままでは。

  自分が“竜”になる。

  完全に。


その瞬間。

深淵が嗤った。

待っていた。

そう言わんばかりに。

灰の竜が低く呟く。


『――契約者。』


レインの意識が沈みかける。

その闇の中で。

竜は静かに問いかけた。


『――それでも、お前は世界を救うか。』


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