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意天  作者: 安藤 兎六羽
転章
99/159

拾遺一、ある一族の、とある男の話

今回は、本編のちょっと先のお話です。

――伝承、伝言。

 それは人類が言語を獲得して以来、最も普遍的に使用されているコミュニケーション手段。

 身体っていう、生物に特権的に与えられた記憶媒体メディアから出力し、使われる媒体メディウムもまた、道具ツールとしての身体と、広義の文法。


……けど、身体を記憶媒体と呼ぶ事には違和感がつきまとう。てか、呼ばない。

 そう、身体って特権的なんだ。保存されてるモンが一般化できるようなどんな映像や音でも無い、――CDでもDVDでもBl-rayでもMOでも――それらの中身でも、ウェブ上を回遊するデータ化された知識でも無いから?

 むしろ、媒体メディア――それは常に媒介するものじゃなけりゃならないからだと言うべきか。誰かと情報・・を共有する為のモンだから、って。

 じゃあ、身体・・を敢えて記憶媒体と呼ぶなら、身体――おもに脳は、いったい何を媒介してるってんだろうか?


 遺伝子? それに刻み込まれた本能? それとも自我の連続性?

 脳以外の臓器にもあるという記憶? それともそんなたぐいの幻想?


――≪魂≫は、本当にひとりにつき、ひとつなのか?

 ≪俺≫って、誰なんだ? ――みたいな。


……俺たちは同じ媒体メディウムの中で呼吸してる。

 言語が、従う社会規範が、信条が、倫理観が。

 媒介されてるモンは何か?

 昨夜のテレビ番組の笑いどころ? 暗い映画館、悲恋映画の泣きどころ? 義憤に駆られるポイント? それとも、冷笑的シニカル虚無的ニヒル現実感リアリズム? 冗談めかした批評クリティーク



 それら全部を媒介してんだろうけど、本当に伝えたいモンはきっと、そのどれでも無い。


 中世のヨーロッパの王政を研究した人は「王様はふたつの身体を持ってる」って言ったらしいけど、俺たちもたぶんふたつぐらいは≪魂≫を持ってる。

 大まかに祖父母や両親からのに受け継いだ≪魂≫と、周りのみんなと一緒に育てて育てられた≪魂≫。


 分けて言ってみたけど、それらがキレイに別れてくれるワケじゃない。

 結局、曖昧で、なんとなーくな『自分』がその土台の上で胡坐あぐらかいてるワケで。



――俺が≪孟開もうかい≫って言うニイちゃんから聴いた話は、そのふたつの≪魂≫が≪孟開≫の中でどんなふうに一致してるか、って話。

 どっちかって言うと、お前、大丈夫かい? って言いたくなる方向で……。




 〓〓〓




 私の生まれ育った邑は、帝域の中央≪豫州よしゅう≫と、南の≪荊州≫の境界――≪壊水≫のほとり、≪豫州≫側にございます。

 帝都にて今上帝に巫祝としてお仕えする、本家の≪孟棠もうとう≫叔父の采邑さいゆうにございます。

 邑の者らはすべて一系より出でた者ら。私の家は、本家より三百歳前に分かれたる分家なのですが、ひとつ特別な務めを負っておるのでございます。


――我ら≪孟≫氏一族の≪神≫、姉妹神様方のお世話をするという務めを担っておるのでございます。



 私たちの祖は帝域西南は≪梁州りょうしゅう≫の一介の杣人そまびと――木を伐り、みちを開き、材木を水に浮かべては、まちに持ち込んでかてとする……そのような者だったと聞き及びます。

 祖が生きた世は、未だ≪炎帝≫様の御世――今より千二百歳も前と伝えられております。

 その頃はこの世よりも、森は深く、魑魅魍魎・百鬼に種々の≪怪≫が跋扈ばっこしておったそうな。


 ゆえに現世の杣人以上に古の杣人には、胆力と膂力が求められ、我らが祖はそれら杣人のうちでも、指折りに猛者だったと申します。

 しかし、強者といえども過ちは犯すもの。いえ、己を頼む者ほど誤り易いのかもしれませぬ。

 ある日、祖は深山幽谷に死にかけておりました――



――杣人はしゅうにて森に立ち入ります。

 鬼怪溢れる森にひとりで挑むような愚か者は、還って来ぬゆえです。

 祖はその日、数人の同胞と伴に丹山たんざんという山へと足を踏み入れたと伝えられております。

 ふつうならば、杣人といえども数十の仲間を連れて行くもの。祖は己を過信していたのでしょう。


 そこに、強力な≪怪≫が現れたのでございます。

 ≪怪≫の名は伝えられてはおりませぬが、そのかたちは伝わっております。

 一丈を超える牛のよう。しかし、口には長い牙があり、白い毛皮を逆立てながら空を翔けて、祖らを襲うたと申します。


 今でも、杣人や虞衡、巫祝の間ではふつうの話でございますが、空を飛翔するたぐいの≪怪≫は強く、ひとの手には負えませぬ。

 そのような≪怪≫を今の世で目にする機はほぼございません。祖の代とて、そうは遭わなかった事でしょう。

 よほど森へ深く立ち入ってしまったものか、星の巡りが悪かったのか。

 同胞たちが食われ、角に貫かれ、息絶えるなか、祖は懸命に駆け、ふちの底へと転がり落ちました。



――気づいてみれば、蟲の息だったと申します。

 脚が折れ、立つ事すら適わず、深い淵には生者の気配は無く、仲間たちは息絶え、森にこれほど深く入る者は祖を除いてありませぬ。

 祖は亡骸を晒すを覚悟した、そう伝えられております。



 薄れゆく≪意≫のなかに、祖の耳が拾ったものは、草むらを踏み分ける音。ひとの声。

 森の深みに顕れる、人語を操る鬼怪か、はたまたはらわたを啜るという悪神か――


――薄目にその姿を眼にした時、祖は仙女を見たのだと思ったそうでございます――

 美しいふたりの娘が、祖を見下していたそうです。




 ―――




「ふむ。十六妹、ひとのようだ」


「…………」


「そうさな、脆弱なひとの身体だ。死にかけだ」


「…………」


「ふむ。なるほど、それは妙案かもしれん。癒してやってくれ」


「……我が母、≪女帝≫の名において奉る。老陰が元に少陰を滅し、――」



――祖の身体は見る見る恢復致しました。

 驚き、身を起こし、眼をみはる祖に、その仙女様方……実は悪神であらせられたのですが……そのうちの齢かさに見える御方は、仰せになりました。


「――さあ、創は癒えたな。言葉はわかるか? 我ら姉妹を人里まで連れて行けるか?」


――祖は跪きました。




 ―――




……のちに、九女神様よりお聴きした話でございますが、始めはご姉妹神の幾たりかがそうなされるように、小蟲を操るようなものだとお考えになられたようでございます。

 小蟲を操るように、ひとを使われる……まさしく女神に相応しい。

――我が祖が、羨ましい……末妹神、十六女神様のお声を拝聴した上に、あまつさえ御手に触れられるなぞ……。祖はとても悦んだはずでございます……。


…………失礼致しました。



 その後、祖は己が邑へとふた柱をお連れ申し上げたのでございます。

 女神様方は大層、驚愕なされ、祖に問い質したそうにございます。



――おい、どのような易法を心得ておるのだ? お前はなぜ、たった二日で目指す場に到れた?! ……我らが幾歳月、森を彷徨うたかっ!! ――



――女神様方は、暫しその邑に御逗留なされる事となりました。

 女神様方にとってはひとの邑は物珍しいようで、眼にするものすべてに説明を求められたそうでございます。



――……なるほど。壁や柵があるので倦厭していたが……内側は大層、おもしろい――



 女神様方は、どなた様もひとと話をする事が出来るとさえお考えでは無かったそうにございます。

 確かに千二百歳も前の世の事、帝語を語り得るものなど、稀であった事でしょう。

 しかし、幸いな事に祖は杣人ゆえ、遠鄙にまで足を延ばす事も稀では無かったのでございます。


 確かに≪梁州≫は西南ではあり、西には≪崑崙≫の山並み、北には五山のひとつ≪華岳かがく≫の山並みがございますが、東へ流れる≪清嶺水しんれいすい≫を下らば、すぐに≪豫州≫へと出る事が適い、また≪荊州≫にもほど近い。

 ゆえに、祖は中央の言葉たる帝語、また南の鄙語にも通じておりました。

 当時はまだ、帝語などという呼ばれ方はしていなかったそうでございますが、女神様方が用いられるお言葉はまさしく、≪炎帝≫様の御世において≪豫州≫の鄙邑の長どもが使うものだったのだと申します。




 ―――




――そうして幾歳月かが過ぎると、女神様方は祖の邑にて崇められるようになりました。

 その頃にはとうに、ふた柱が悪神であらせられるという事は邑の者周知の事実となっておりました。

 悪神であらせられようとも、ふた柱が御逗留遊ばされたみぎりより、その邑は≪怪≫に怯える事も無くなり、杣人どもの危険は減りました。――しかし、ある日。



――姉妹を捜さねばならぬ――



 九女神様がそう仰せになる。

 年老いた祖や嫁、その息子たち、邑の一同総出で御留まりを願ったそうにございますが、女神様方はお聞き入れ下さらない。



――では、息子のひとりをお付け致しましょう。他邑・他鄙に嫁にやった娘たちを御頼り下さいませ――



 祖は伏して、そう願ったと申します。




 ―――




――それから百数十歳が経ちました。

 邑の者らに女神様方を直に知る者が絶えた頃、また、かの邑へとお出ましになられたそうでございます。

 今度はもうふた柱の女神様もお連れになって。



――もう、我らを知る者はおるまい――



 九女神様は、そうお思いになられたそうでございます。

 祖から始まりし系は、既に六代目を数え、女神様方に付き従った息子も、遠方で子を成し、その子を鍛え、女神様へとご奉公させ、またその子も遠方で子を成し……。

 変わらぬは、女神様方ばかり。しかし、――


――かの邑の者は総じて女神様方をお慕い申し上げておりました。



……これは我らが系に千歳を越えて伝うる言葉にございます。


「紅の髪、緋の衣。繰る言葉は≪豫州≫のものにして、膂力は万夫不当。かんばせは麗しく、目元は涼やかに。邑の守護成す双神、――≪九聖女神≫≪十六聖女神≫」



 ふた柱の女神様は、無事に御姉妹神を見つけられ、そして、かの邑へと御戻り遊ばされたのでございます。


 九女神様、十六女神様は、邑の者が変わらず双神様を奉っていた事を大層お喜びになられ、かの邑に姓をお与えになられました。

 以来、その邑は≪女祭じょさい≫邑と申し、邑の者は≪さい≫という姓を名乗っております。


 そして、酒瓶を担ぎ、十六女神様と連れ立たれ、我らが祖の墓へ詣でられると、九女神様は笑いながら仰せになられたそうでございます。



――お前の族の氏は≪孟≫とする。≪孟≫とは初まりの事よ。…………お前とまた、酒を酌み交わせる日が来ようとは思わなんだわ――



 そうして、浴びるように酒を御召し上がりになられたと申します。


……九女様は酒精を好まれません。

 ですので、私めは信じられぬのですが。

……九女神様にお尋ね申し上げても、「奴とは良く酒を飲んだ」としか御答えを頂けませぬゆえ、定かではございませぬが……。


 さて、以来、千歳。我ら≪孟氏≫は御姉妹神を奉っております。

 ≪竜帝≫様の御世に宗家の者が職を拝命した三百二十歳前には、≪豫州≫へと一邑――≪孟≫邑を興し、本家≪孟棠≫叔父の代に到るのでございます。


 私は孟邑にて、女神様方の御世話をしております。

 一応、帝都にて官職も拝命しておりますが、祖の系と言うべきでしょうか? 女神様方の御世話をさせて頂くほうが性に合っております。

 それ以外は≪仙≫へと至る為に、修身しております。



……いつか、女神様に≪仙界≫にて一山を得て頂き、≪仙碑≫に私の名を刻んで頂くのです……。

 さすれば永久とこしえに女神様方の御世話をして暮らせまする……。


 嗚呼、小蟲の如くお思いになられながら、それでもお優しい九女神様。

 御言葉も少なく、いつも姉神様を御頼りになる十六女神様。

 いつもすやすやとお眠りになられ、私でさえも御立ちの御姿をほぼ拝見した事の無い十一女神様。

 常に明るく、細やかに立ち振る舞われ、私のご用意致しました供物を御残しになられた事の無い健啖でいらっしゃる十四女神様。


――なんという至福。……至福とはこのような事を申すのでございましょうっ!!



……は? 眼が危ないとは?

…………そう言えば、九女神様が「お前が一番、奴めに似ておる」などとたまに仰せられますが……。

 どのような御≪意≫にございましょうか? 私のどこが祖に似ておるとの仰せなのでしょうか?


 朱蝶様ならば、おわかりになられるのでは?

 只今の朱蝶様の眼差しはどことのう、九女神様が私をご覧になる眼差しに似て……。

 玲華どのの眼差しもなかなかではございますが、やはり、九女神様のあの鋭い御眼が――



 嗚呼、早う御捜し出し申し上げねば……。




 〓〓〓




 やっぱ、こいつはダメだ。

 俺はそう思って、唸り声を上げて悶える≪孟開≫を樹の上から見下ろすのを止める。

 同じく別の樹上で横になってる龍と玲華ちゃんの眠りは深そう。俺も見習ってさっさと寝よう。



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