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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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三十三(三章終話)、神隠し


 言うことを利かない身体。俺はなんとか首だけを持ち上げて、声のほうを確認する。


「――長双……さん?」


 俺と同じような俯せの体勢で、長双さんが瓦礫の山の上に転がってる。

 無事だ。五体満足のように見える。

 見えるっていうのは、この角度だと俯せ状態の長双さんの全身が見えないから。


……いや、無事、なのか?

 なんか手足を縛られていも虫みたくなってるように見えるんだけど。

 なんで久しぶりに見る長双さんは、いつも何かに拘束されてるんだ?


――それも重要だけど、何、……その巨大な動物?


 虎。あれだ。ホワイトタイガーってやつだ。

 長双さんの傍らに、デカい虎がいる。白銀の毛皮に、黒い縞模様。白虎ってヤツか?

 そいつは、どんぐらいデカいかっていうと、俺たちが現在いる地下室を圧迫するぐらいのデカさ。


 全身は視界におさまんないけど、どうもデカい身体を曲げるようにして、俺たちと≪二天≫の間に立ってる。

 たぶん、地下室は奥行5メートルぐらいはあったけど、コイツの体長はそんぐらいかそれ以上。

 背骨を横にたわめて顔は≪二天≫を睨んで、尾も軽く≪二天≫のほうへ向けられてるみたい。……俺からはほぼ縞々の壁があるようにしか見えない。


 もう、この場所は元・地下室って言うべきかもしれない。

 長双さんがやったのか、この虎がやったのか知らないけど、地下室の天井は崩れ落ちて、石の瓦礫と土砂が俺の身体を半ば埋めてる。

……って言うか、この虎、≪神気≫纏ってね?


『――≪獣神≫!!』


 蛟がめちゃくちゃ動揺してる。

 困惑――からの敵意。


「長双さん! ご無事で!」


 俺の身体の上の瓦礫をどかしながら、龍が叫ぶ。


ぇ!! 無事か?!』


 四姐のテレパシー。

 テレパシーでも声がデカい。


『義兄さん? 四姐がそっち行ってるよー。なんか、お空にいっぱい≪仙≫がいるみたいだし、義兄さんと何かの≪異気≫が拡がってるから建物の壁壊しながら向かってるー』


 十三女の気の抜けた報告。

 おひい様と尚は?


『≪竜眼≫持ちと、尚姐とは今合流したよー。……なんか、変な男が隣でのびてるよー』


「……龍、玲華ちゃんは?」


 俺の身体を瓦礫の下から引っ張り出す龍に訊く。


「敵が何やら動きを止めている為、睨み合っております」



……全員、無事。


 いや、無事なんだけど、状況がよくわかんない。

 十三女の報告によれば、空にはいっぱい≪仙≫とやらがいるらしい。さっき≪異気≫を拡げた時に触った、夏の羽虫みたくうようよいたヤツらだろう。

 おひい様の横には、なんか変な男が伸びてるらしいし。……痴漢か? チカンなのか?

 どうやら、≪鄧梧とうご≫は動きを止めて、玲華ちゃんと睨み合ってるみてえだし。


……何より、≪二天≫。そして、≪二天≫と俺たちの間を塞ぐように、デカい身体を伸ばしてる≪獣神≫。

 睨み合ってるのか、見つめ合ってるのか知らないけど、どういう状況なんでしょうか?



「――西方が≪獣神≫、≪白王神はくおうしん≫か。≪王母≫の手足がこのような場に、なぜ顕れた」


 ≪二天≫が少しかすれた声で問う。

 ≪二天≫が喋るたびに、空気の漏れる音みたいのが聞こえてる。あの緋金の光が頸を抉ったせいなんだろう。

 考えてみれば、ツァン師匠が繋ぎを作る前に差し込んだあの光は、おひい様の≪竜眼≫のものだったんだろう。


……≪竜眼≫で遠距離攻撃って……うちのおひい様は、ますます反則ぶりを加速させてる。

 てか、ツァン師匠はなんで≪二天≫の≪異気≫が剥がれて無いうちに、繋ぎを作れたんだ?


(頸の断面よ。そこは≪異気≫に蔽われておらなんだ。お前は≪異気≫を≪喰われて≫おったから、それどころでは無かっただろうがな)



「……かの大神が無様なものだな。貴様を殺さば≪王母≫様も我が≪帝≫も喜ばれるかもしれぬが」


 ≪神気≫――しかも、濃密な。

 この虎、もしかして、めっちゃ強い? しかも、≪二天≫と敵対してるっぽいし、……ヤッちゃってくれないかな?


「貴様の≪帝≫だと。……この≪帝国≫とか言う巫術を成した≪竜帝≫とやらか。ゆえに、貴様はこの巫術――機構のうちへと入れたか」


 ≪帝国≫が巫術?

 機構――って、どういうことだ?


「……≪二天≫、かつての古き≪神≫よ。教えてやろう。この身がこれほどの≪神気≫を≪人帝≫が領野にて保ち得るは、我が≪帝≫の指跡を追ったがゆえ。我が≪帝≫を≪白帝≫という。……ひとで在られた時の号は、――≪少昊しょうこう≫よ」


 唸るような≪獣神≫の笑い声。


「――≪黄帝≫が継子……易法を極めし者、≪少昊≫か。……かの者が≪帝≫へと登り、≪王母≫すらも従えたかっ!!」


――俺の≪異気≫を散らして、爆発するように伸び上がる≪異気≫。

 ≪二天≫の怒り、憤り、憤怒と憎悪に震える≪異気≫。


「ふん。無用だ。この身に下された命は貴様には関わりが無い」


 鼻を鳴らしながら、巨体の≪獣神≫が≪二天≫を無視して窮屈そうにこちらを振り向く。

 うわー。顔もデケぇ。あ、なんか口開けた。歯茎には犬歯っていうかサーベルみたいな牙がわんさか並んでる。

……え、なんでその牙の林が近づいて来るの?


――あ、食われる。


 かぷり。


 そんな音が聞こえた気がした。っていうか聞こえた。

 俺の着物の襟の辺りで、上下の牙が打ち鳴らされた。ちょっと、頭を齧られるんじゃないかと思ってた俺はひと安心。

……そのまま、持ち上げられる俺の身体。


 あれだ。ネコ科の動物が、自分の子供を運ぶ時みたいな――

 え?


「朱蝶どの――」


「龍様」


「あ、私も」


 三者三様。

 龍が咄嗟に俺の身体に跳びつき、玲華ちゃんが跳びついた龍に跳びつき、長双さんはイモムシ状態のまま転がってる……。


「さらばだ、古き大神」


 俺の襟を咥えたまま器用に喋る≪獣神≫。

――っていうか、そういえばコイツめちゃくちゃ喋ってるけど、どうやってんの?


「待て――」


 ≪二天≫の絶叫が遠退く。


 俺の身体にもの凄いGがかかる。

 ムーの村で貰った丈夫な皮製の着物がみりみり言ってる。

 開いた天井の穴から、外へと跳び上がる、≪獣神≫――


「――ちょ、長双さーーーんっ!!!」


 イモムシ状態の長双さんが哀しそうに俺を見てる!!

 その姿が小っちゃくなる。まるでほんとの虫みたい――



「長双様ぁーーー!!!」


 赤くてデカいモンがほとんど入れ違いに、穴の中へと飛び込んでいく。

 その上に乗ってる人影――声から察するに、女の人が絶叫を上げてた――


『≪赤螭せきち≫だとっ?』


――俺の体内に響く、蛟の声。



 俺の身体は龍と玲華ちゃんをブラ下げて、どんどん遠くへと運ばれていく。

――何さ、この状況!!




 〓〓〓




 置いて行かれた長双は見た。

 忿怒と厭悪えんおに相貌をゆがめた首――≪二天≫。


 長双は聴いた。


「――仕損じた。≪梧≫よ、≪琴≫を連れにこれより縮地を行う。来よ」


「は!」


 長双を跨ぎ越したその姿は、間違いなく公師帥――≪威名≫――


「長双、貴様などいつでも殺せる。精々、地を這って長らえるが良い」


 ≪二天≫と同じような厭悪に顔をゆがませながら、男はそう言った。

 そこに長双の知る≪鄧梧とうご≫はいなかった。


――≪異気≫の揺らぎ。


「長双様っ!! こちらにおわしますか? この≪女娃じょあい≫が助けに参りましてよ!」


 石室に開いた穴から、竜の長い鼻面と大きな顔が差し込まれ、続いて≪火聖真女≫の声が聞こえた。


『≪二天≫! ≪炎帝≫の遺命と、姫君の御≪意≫の下に、貴様を討ち亡ぼす!!』


 竜の開かれた上下の顎、その咽喉の奥に輝きが灯り、溢れる――


『消えよ!!』


――溢れ出す灼熱。焔。竜の背から飛び降りた仙女が、≪仙気≫にて長双を庇う中、確かに見た――


 嗤う≪首≫。そして、消える。

 向かった先は西。――宮中か!!




 〓〓〓




「義兄さんも、ほかの者も無事みたいだよー。……あと、なんか長双とか言う奴も生きてたみたいー」


「……長双卿が――まことですか? 義妹どの?」


 尚めに抱き付きながら、義妹――十三女どのが微笑む。

 喜びに、尚はおひい様へと視線を移します。


「おひ、い……様?」


……おひい様の御顔の色が優れませぬ。

 殿下に凶刃を向けられた事に御心を痛めておられるのでしょうか?


――いえ。御顔は蒼褪め、呼気も荒い。


「……すまぬ、尚。少々、無理をしたようじゃ」


 おひい様が、尚めを求めて御手を彷徨わせていらっしゃる。

 尚は十三女どのごと駆け寄り、おひい様の御身体を抱き留めました。


 緩慢に御眼――≪竜眼≫を封じるおひい様。


「おひい様?!」


「案ずるで無い。……朱蝶にも使うてしもうたからのう。少し休めば、なんという事も無い」


 ひとつ長い息を吐かれるおひい様。

――やはり、御眼の力はこの小さな御身体には重すぎるのです。


「おひい様。この尚めが付いております。長双卿も戻られたご様子。ならば、朱蝶どのも――」



――その時、おひい様の身体が強張るのを感じました。

 同時に十三女どのが、よりきつく尚めを抱き締めます。


「……来るよ」



 大きな≪首≫が、倒れられた殿下の傍らに現れました――

 禍々しい笑みを溢しながら。


 その≪首≫を支えるように公師帥――≪威名≫将どのがおられます。


「≪梧≫よ、≪琴≫は生きておるな」


「は!」


「……≪二天≫とやらか?」


 おひい様の呟きに、≪首≫は笑みを収め、大きな眼を細めました。


「≪破格≫の≪巫姫≫か。……≪琴≫ならば、と思うたが……≪女帝の腸≫か。やはり≪朱蝶≫はどうあっても滅するべきであったか」


「戯けた事を!! ……≪首≫如き、妾自ら――」


 おひい様が御眼へと伸ばされた手を、御留め致します。

 尚はそのまま一度屈むと、おひい様を降ろし、十三女どのを引きずりながら前へと出ました。


「尚姐、尚姐!」


「尚!! 待て!」


 ≪威名≫様がずい、と≪首≫の前に立たれました。

 尚を見て片頬に諧謔かいぎゃくを浮かべる≪首≫。


「――良い、≪梧≫。今は≪琴≫を連れて退く。察するに≪極南山≫の≪霊恝真人れいけいしんじん≫が出張って来ておる。……ほかの欠片か、≪形天けいてん≫を探す」


「――兄上を攫うつもりかっ!!」


 おひい様の声に、尚は跳びました――

 殿下を連れ攫うつもりならば、この身を以って止めねば!!


「さらばだ。≪破格≫に悪神、そして、勇ましい娘よ――」



 尚の拳は虚空を切り裂くのみ。

――そこには、もう、≪首≫も公師帥どのも、そして殿下もいなかったのです。



「――不味い、尚姐。小蟲が義兄さんたちを見失ったかも……」



 暗い回廊。床に転がる燭の灯りに、十三女どの絶望の声が響きました――




――その後、龍どの、玲華どの、そして朱蝶どの行方もまた、杳として知れなかったのです。



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