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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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三十二、収束


 〓〓〓




 ≪獣神≫・≪白≫――


 万里を旬にて駆けるこの≪神≫は混乱していた。


――なぜ、≪火聖真女≫と≪霊恝真人≫が≪陽登宮≫を離れてここにいる? ――

 いや、彼らだけでは無い。夥しい数の≪仙≫。

 二千はいるだろう。空を駆ける≪仙≫の軍旗。赤い竜が円を描き、焔を纏う姿を描いた≪炎帝≫の御旗――


 ≪極南山≫は≪仙界≫においても纏まりが強いが……しかし、なぜ?



――迷走の果てに、≪仙≫の軍とはち合わせるとは――


 そう、≪神≫はおよそひと月の迷走の果てに、漸くここまで辿り着いたのだ。


 まず、≪崑崙≫を発ってすぐに、≪朱蝶≫とやらの気配を見失った。

 この世の東南の果てに在ったはずの≪朱蝶≫の気配が消えてしまったのだ。

……≪白≫は知らなかった。≪朱蝶≫が畜に偽られていた事を……。


 ≪神≫は考え、主の指の跡――気配を虱潰しに追う事に決める。

 東に行き、空振り、北に行き、空振る。東に向かう途上で、南に≪朱蝶≫の気配を察知したが、一度決めたこと。

 ≪神≫は愚直にも遠回りをした。


 ≪崑崙≫に戻り、命を仰ぐ事など考えない。≪獣神≫はそれほど器用では無い。


 北に向かう途上で、≪朱蝶≫の気配が消えた。

 復したようだが、さらに繋がりが薄くなっているようだ。やはり、≪白帝≫の気配を追う事は正しい。

……≪白≫は気づかなかった。ひとと行動を共にしている≪朱蝶≫の脚が遅い事に。


 ゆえに、最初から東南の≪白帝≫の指跡の気配さえを追っていれば、旬と数日で辿り着いたはず。

 それに愚直な≪獣神≫は最後まで気づかないまま、ひと月の旅路の末に、皐公国・公都、上空五百仭――およそ800メートルから降下していくところで、この仕儀に至った。



――煩わしい――


 ≪火聖真女≫と、もうひとりの≪仙≫を背に載せた巨大な竜を見て、思わず顔をゆがめた。


『畜生のたぐいが、わしになんぞ言いたげではないか?』


「念話なぞ、使うな! 虫めっ!」



――≪赤螭≫。

 古くから≪炎帝≫に仕える有角の竜。

 ≪炎帝≫崩御のみぎりより、その末子にして仙女、≪火聖真女≫に仕えるという、≪極南山≫、最強・最古の守護竜。


 竜は強い。竜の中でも≪≫は手強い。

……この歳経た≪赤螭≫は、≪応竜≫と≪神竜≫に次ぐほどに強かろう。


 ≪獣神≫と竜は相容れない。宿敵と言っても良いだろう。

 ≪仙≫の軍はまだ良い。こちらも≪神≫だ、≪霊恝真人≫といえども手は出して来ないはず。

 だが、宿敵と遭遇してしまった――≪赤螭≫がどのような横槍を入れてくるか、知れたものでは無い。


――≪赤螭≫の≪竜気≫が躍るように伸びる。≪白≫もまた≪神気≫を解き放つ――



「――西方が≪獣神≫様が、なにゆえ、このような南方へ?」


 二頭の戦気を察した≪霊恝真人≫が、≪駁≫を駆って双方の視線を遮るように前に出た。


「……我が≪帝≫の遣いよ……」


 ≪白≫は五仙の一角を透かして、≪赤螭≫を睨みつける。


『≪霊恝≫! どけ! そこな畜生を屍骸と毛皮に変じてくれる!』


「おう、やってみよ! 我が爪牙にて貴様のその気味の悪い身体を開いて、腸を晒してくれよう!」


「双方、落ち着きなされ。……≪白帝≫様も、≪朱蝶≫なる≪神怪≫の討伐を御望みなのか?」


……討伐?

 ≪白≫は思わず首を傾げる。


「……いや、我が主は――」



――その時、巨大な≪異気≫に包まれる。

 これは、≪朱蝶≫の気配か? もうひとつの≪異気≫が≪朱蝶≫の≪異気≫に≪喰らい≫ついている。

――この≪異気≫は……。


『≪二天≫かっ!』


 ≪赤螭≫の声。同時に、≪白≫は空を蹴って、下を目指す。


「≪朱蝶≫とやらに死なれては、見る事が叶わぬではないかっ!」


『待て! 虎っ!』


 尾に≪赤螭≫の気配を感じる。追って来るか!

――不意に、背上に何かが降って来た。


「長双様!」


 ≪火聖真女≫の悲鳴。

 背に軽い衝撃。振り返れば、ひと――≪火聖真女≫の隣にいた≪仙≫が、≪白≫の背に腹ばいに載っている。


「≪獣神≫様! どうぞ、わたくしめを朱蝶どのの元まで!」


――≪白≫の頭はさらに混乱する。

 しかし、猶予は無い。

 ≪白≫は背に載った男を黙殺しながら、駆け下りる――




 〓〓〓




――足許から突き上げるように拡がる≪異気≫。

 それが、はつをすり抜けて、兄の剣を弾いた――


 ≪異気≫に弾かれながら、飛び退り、体勢を立て直す琴兄。

 剣を振るい、呪を唱え、≪異気≫を払う。



「殿下? ……――おひい様っ!!」


 廊下の奥、姿を現した尚が猛然と突進してくる。


「ちっ!」


 舌打ちを奏でながら、琴兄は尚に向けて祝詛を唱える。

 だが、尚のほうが余程早い。


 あっと言う間に、琴兄に詰め寄ると、尚は琴兄を蹴り飛ばした――

 防ぐ為に差し出された剣が折れ、琴兄が宙を舞う。

――廊下に響く鈍い音。琴兄が床に打ち付けられた音。


「――おひい様、ご無事ですか!」


 尚の切羽詰まった声を聞き流した――

 我が身を守った朱蝶の≪異気≫が、別の≪異気≫に≪喰われ≫ている。


「あちらか……」


 兄を誑かし、己の僕を、≪異気≫を≪喰らって≫損なおうとするものを、赦すほど優しくは無い――

 ≪竜眼≫にて見つめる。東宮のさらに奥。少し地下。


 ≪竜眼≫をさらに凝らす。

――消してくれる。一欠けらとして遺さずに、この世から葬ってくれる――


ね!!」



――迸る緋金の輝き。それが宮中を透過して、≪異気≫の元へと奔っていた――




 〓〓〓




――俺は見逃さない。

 伊達に俺だって、戦闘経験を積んできたワケじゃない。

 動揺してる敵のスキを見逃すような、ヤワな鍛えられ方はしてないんだ。



――強い敵ほど、崩れた時には弱いものです――



 長双さんの声が、俺の頭の中に響いていた――


「――貴様っ!!」


 ≪二天≫の声。

 ≪神気≫に触れて、動揺した≪二天≫のスキを突いて、コイツの≪異気≫に≪喰らい≫ついた、俺の≪異気≫――

 もがき、絡み合う≪異気≫と≪異気≫。


 五分。技術――圧縮密度は圧倒的に≪二天≫に分がある。

 俺はそれを状況――敵の動揺と、量でカバー。

 ≪喰らい≫合う俺と≪二天≫の≪異気≫。


 それはまるでマグマみたいだ。

 噴き上がり、呑み込み合うマグマ。こんなとこで負けてたまるか――

 でも、


「侮るな!!」


 呑み込まれる俺の≪異気≫。均衡を保ったのは一瞬。

 その後は一方的。俺は防御一辺倒。


――まずっ!


 ニヤける≪二天≫。だけど、差し込んだ緋金の光。それに照らされた≪二天≫の頸の半ばが消滅した――

 ≪二天≫の≪異気≫が勢いを失う。


(朱蝶! 繋いだぞ!)


――ツァン師匠、ナイス!!


――俺は引く。引っ張る。力の限り、コイツのエネルギーを!!



「――ばかな」


 木枠に差し込まれていた頸の支えを喪って、傾きながら蒼褪める≪二天≫。

 俺にエネルギーを分捕られるのが早いか、それともヤツが俺の≪異気≫を≪喰らい≫尽くすのが早いか?


 頭を捻るまでも無い。

 俺の≪異気≫は膨大だ。比べてヤツのエネルギーは多く無い。


(おそらく五万人前、と言ったところか)


 半ば消滅した相手の≪異気≫を縫って、繋ぎリンクを作った師匠の声。

 俺より少ないじゃないか! 嘗めんなよ! ≪化け物≫めっ!!



「――≪二天≫の名において命ず! 翔けよ≪無妄むぼう≫――≪天雷≫」


――敵の内部の力が急に減った。

 そう思った次の瞬間、俺の胸を黒い稲妻が貫く――


「――っ!! …………」


 俺の身体が、まるで俺の身体じゃないみたいに崩れ落ちる。


「朱蝶どのっ!!」


 龍の叫び声が遠くに聞こえる。


「天佑を得られねば、いかな≪神怪≫とて、このようなものよ。……さて、貴様には消えて貰おう」


 低く嘲弄する≪二天≫の声がやけにはっきり聞こえる。

 堅くて冷たい床に倒れて動かない身体。これで終わりなのか? こんなところで……。



――俺の頭上で轟音が鳴り響いた。

 天井の欠片が、俺の身体に降り注ぐ。



「≪二天≫、千歳ぶりか――」


 低い、まるで唸るような声。

 そして――


「朱蝶どの!!」



 その声は懐かしい。

 間違いなくあの人の声だ――


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