三十二、収束
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≪獣神≫・≪白≫――
万里を旬にて駆けるこの≪神≫は混乱していた。
――なぜ、≪火聖真女≫と≪霊恝真人≫が≪陽登宮≫を離れてここにいる? ――
いや、彼らだけでは無い。夥しい数の≪仙≫。
二千はいるだろう。空を駆ける≪仙≫の軍旗。赤い竜が円を描き、焔を纏う姿を描いた≪炎帝≫の御旗――
≪極南山≫は≪仙界≫においても纏まりが強いが……しかし、なぜ?
――迷走の果てに、≪仙≫の軍とはち合わせるとは――
そう、≪神≫はおよそひと月の迷走の果てに、漸くここまで辿り着いたのだ。
まず、≪崑崙≫を発ってすぐに、≪朱蝶≫とやらの気配を見失った。
この世の東南の果てに在ったはずの≪朱蝶≫の気配が消えてしまったのだ。
……≪白≫は知らなかった。≪朱蝶≫が畜に偽られていた事を……。
≪神≫は考え、主の指の跡――気配を虱潰しに追う事に決める。
東に行き、空振り、北に行き、空振る。東に向かう途上で、南に≪朱蝶≫の気配を察知したが、一度決めたこと。
≪神≫は愚直にも遠回りをした。
≪崑崙≫に戻り、命を仰ぐ事など考えない。≪獣神≫はそれほど器用では無い。
北に向かう途上で、≪朱蝶≫の気配が消えた。
復したようだが、さらに繋がりが薄くなっているようだ。やはり、≪白帝≫の気配を追う事は正しい。
……≪白≫は気づかなかった。ひとと行動を共にしている≪朱蝶≫の脚が遅い事に。
ゆえに、最初から東南の≪白帝≫の指跡の気配さえを追っていれば、旬と数日で辿り着いたはず。
それに愚直な≪獣神≫は最後まで気づかないまま、ひと月の旅路の末に、皐公国・公都、上空五百仭――およそ800メートルから降下していくところで、この仕儀に至った。
――煩わしい――
≪火聖真女≫と、もうひとりの≪仙≫を背に載せた巨大な竜を見て、思わず顔をゆがめた。
『畜生のたぐいが、わしになんぞ言いたげではないか?』
「念話なぞ、使うな! 虫めっ!」
――≪赤螭≫。
古くから≪炎帝≫に仕える有角の竜。
≪炎帝≫崩御のみぎりより、その末子にして仙女、≪火聖真女≫に仕えるという、≪極南山≫、最強・最古の守護竜。
竜は強い。竜の中でも≪螭≫は手強い。
……この歳経た≪赤螭≫は、≪応竜≫と≪神竜≫に次ぐほどに強かろう。
≪獣神≫と竜は相容れない。宿敵と言っても良いだろう。
≪仙≫の軍はまだ良い。こちらも≪神≫だ、≪霊恝真人≫といえども手は出して来ないはず。
だが、宿敵と遭遇してしまった――≪赤螭≫がどのような横槍を入れてくるか、知れたものでは無い。
――≪赤螭≫の≪竜気≫が躍るように伸びる。≪白≫もまた≪神気≫を解き放つ――
「――西方が≪獣神≫様が、なにゆえ、このような南方へ?」
二頭の戦気を察した≪霊恝真人≫が、≪駁≫を駆って双方の視線を遮るように前に出た。
「……我が≪帝≫の遣いよ……」
≪白≫は五仙の一角を透かして、≪赤螭≫を睨みつける。
『≪霊恝≫! どけ! そこな畜生を屍骸と毛皮に変じてくれる!』
「おう、やってみよ! 我が爪牙にて貴様のその気味の悪い身体を開いて、腸を晒してくれよう!」
「双方、落ち着きなされ。……≪白帝≫様も、≪朱蝶≫なる≪神怪≫の討伐を御望みなのか?」
……討伐?
≪白≫は思わず首を傾げる。
「……いや、我が主は――」
――その時、巨大な≪異気≫に包まれる。
これは、≪朱蝶≫の気配か? もうひとつの≪異気≫が≪朱蝶≫の≪異気≫に≪喰らい≫ついている。
――この≪異気≫は……。
『≪二天≫かっ!』
≪赤螭≫の声。同時に、≪白≫は空を蹴って、下を目指す。
「≪朱蝶≫とやらに死なれては、見る事が叶わぬではないかっ!」
『待て! 虎っ!』
尾に≪赤螭≫の気配を感じる。追って来るか!
――不意に、背上に何かが降って来た。
「長双様!」
≪火聖真女≫の悲鳴。
背に軽い衝撃。振り返れば、ひと――≪火聖真女≫の隣にいた≪仙≫が、≪白≫の背に腹ばいに載っている。
「≪獣神≫様! どうぞ、わたくしめを朱蝶どのの元まで!」
――≪白≫の頭はさらに混乱する。
しかし、猶予は無い。
≪白≫は背に載った男を黙殺しながら、駆け下りる――
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――足許から突き上げるように拡がる≪異気≫。
それが、妭をすり抜けて、兄の剣を弾いた――
≪異気≫に弾かれながら、飛び退り、体勢を立て直す琴兄。
剣を振るい、呪を唱え、≪異気≫を払う。
「殿下? ……――おひい様っ!!」
廊下の奥、姿を現した尚が猛然と突進してくる。
「ちっ!」
舌打ちを奏でながら、琴兄は尚に向けて祝詛を唱える。
だが、尚のほうが余程早い。
あっと言う間に、琴兄に詰め寄ると、尚は琴兄を蹴り飛ばした――
防ぐ為に差し出された剣が折れ、琴兄が宙を舞う。
――廊下に響く鈍い音。琴兄が床に打ち付けられた音。
「――おひい様、ご無事ですか!」
尚の切羽詰まった声を聞き流した――
我が身を守った朱蝶の≪異気≫が、別の≪異気≫に≪喰われ≫ている。
「あちらか……」
兄を誑かし、己の僕を、≪異気≫を≪喰らって≫損なおうとするものを、赦すほど優しくは無い――
≪竜眼≫にて見つめる。東宮のさらに奥。少し地下。
≪竜眼≫をさらに凝らす。
――消してくれる。一欠けらとして遺さずに、この世から葬ってくれる――
「去ね!!」
――迸る緋金の輝き。それが宮中を透過して、≪異気≫の元へと奔っていた――
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――俺は見逃さない。
伊達に俺だって、戦闘経験を積んできたワケじゃない。
動揺してる敵のスキを見逃すような、ヤワな鍛えられ方はしてないんだ。
――強い敵ほど、崩れた時には弱いものです――
長双さんの声が、俺の頭の中に響いていた――
「――貴様っ!!」
≪二天≫の声。
≪神気≫に触れて、動揺した≪二天≫のスキを突いて、コイツの≪異気≫に≪喰らい≫ついた、俺の≪異気≫――
もがき、絡み合う≪異気≫と≪異気≫。
五分。技術――圧縮密度は圧倒的に≪二天≫に分がある。
俺はそれを状況――敵の動揺と、量でカバー。
≪喰らい≫合う俺と≪二天≫の≪異気≫。
それはまるでマグマみたいだ。
噴き上がり、呑み込み合うマグマ。こんなとこで負けてたまるか――
でも、
「侮るな!!」
呑み込まれる俺の≪異気≫。均衡を保ったのは一瞬。
その後は一方的。俺は防御一辺倒。
――まずっ!
ニヤける≪二天≫。だけど、差し込んだ緋金の光。それに照らされた≪二天≫の頸の半ばが消滅した――
≪二天≫の≪異気≫が勢いを失う。
(朱蝶! 繋いだぞ!)
――ツァン師匠、ナイス!!
――俺は引く。引っ張る。力の限り、コイツのエネルギーを!!
「――ばかな」
木枠に差し込まれていた頸の支えを喪って、傾きながら蒼褪める≪二天≫。
俺にエネルギーを分捕られるのが早いか、それともヤツが俺の≪異気≫を≪喰らい≫尽くすのが早いか?
頭を捻るまでも無い。
俺の≪異気≫は膨大だ。比べてヤツのエネルギーは多く無い。
(おそらく五万人前、と言ったところか)
半ば消滅した相手の≪異気≫を縫って、繋ぎを作った師匠の声。
俺より少ないじゃないか! 嘗めんなよ! ≪化け物≫めっ!!
「――≪二天≫の名において命ず! 翔けよ≪無妄≫――≪天雷≫」
――敵の内部の力が急に減った。
そう思った次の瞬間、俺の胸を黒い稲妻が貫く――
「――っ!! …………」
俺の身体が、まるで俺の身体じゃないみたいに崩れ落ちる。
「朱蝶どのっ!!」
龍の叫び声が遠くに聞こえる。
「天佑を得られねば、いかな≪神怪≫とて、このようなものよ。……さて、貴様には消えて貰おう」
低く嘲弄する≪二天≫の声がやけにはっきり聞こえる。
堅くて冷たい床に倒れて動かない身体。これで終わりなのか? こんなところで……。
――俺の頭上で轟音が鳴り響いた。
天井の欠片が、俺の身体に降り注ぐ。
「≪二天≫、千歳ぶりか――」
低い、まるで唸るような声。
そして――
「朱蝶どの!!」
その声は懐かしい。
間違いなくあの人の声だ――




