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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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三十一、神々と仙と、朱蝶と長双


「は――……」


 俺は思わず階段から足を踏み外す。

 階段落ち。人間だった頃もほとんどやった憶えが無いのに、ココでやらかす「朱蝶クオリティ」。


「朱蝶どの!」


 呼ばれて尻餅を突きながら、上を見上げれば、龍の後ろで≪鄧梧≫が剣を振りかぶっていた――


「りょ――」


 閃く白刃。龍と玲華ちゃんは、俺が滑り落ちたせいで俺の≪異気≫の範囲外――

 間に合え! 伸ばす≪異気≫。でも、俺の≪異気≫が届く前に、≪鄧梧≫が階段の上へと吹っ飛んだ――


 玲華ちゃんが龍の背中の上で、≪鄧梧≫を蹴り飛ばしてる。

 蹴りの反動で、俺の上に転がり落ちてくるふたりをキャッチ。


「龍様、朱蝶どの、大事ございませんか?」


 しっかりした口調の玲華ちゃん。

……≪意≫が戻ったのか? なんてナイスなタイミング!!


「玲華どの、≪意≫が……なぜ、≪威名≫様が……」


 突然襲われた上に、嫁が正気に戻った龍は混乱の極致。


「朱蝶どのは、あの≪首≫をご存知なのですか?」


 体勢を立て直し、階段の上で起き上がった≪鄧梧≫を睨み上げながら、玲華ちゃんが訊いて来る。


「正直、あんま知らない。……でも、向こうは俺を知ってるみたいだね」


 俺は呆然としてる龍を抱き起こしながら、自分も立ち上がった。

 そして、デカい≪生首≫を睨みつける。


「玲華ちゃんと龍はそっちを頼む。できるだけ俺の傍から離れないように!」


「承知しました!」


「――朱蝶どの。……わかり申した!」


 ふたりの返事を聴きながら俺は≪異気≫を伸ばして触れ、この眼で敵を見る。

 相手に≪異気≫が届かない。一見、≪異気≫を拡げてないように見えるのに。

……でも、≪生首≫の額には≪無≫っていう紋様。


『≪脩神≫と同じだ。まるで、そこにおらぬかのような……』


(力の嵩が量れぬ)


 蛟とツァン師匠の報告。

――誰かが、この≪首≫に巫術をかけたのか?



「――大人しゅうしておれ、≪梧≫。お前如きが我が継子に敵するわけも無い」


 階段の上のほうで、≪鄧梧≫の纏う≪気≫が萎んでいく。同時に、≪首≫の真下の大きな皮製の袋も萎んでいく。

 なるほど、こいつらには妙な主従関係があるみたいだ。

 この≪生首≫は間違いなく、≪鄧梧≫を従えてる。あからさまに操ってるんじゃなくて、マインドコントロールに近いのかもしれない。


「継子――そう呼ぶに相応しい≪異気≫を持つものよ。我こそはお前の≪意≫にかたちを与えしもの、お前の父だ」


 シュール。

 蝶の時に、ちらっと見ただけの≪生首≫に、親父だよって言われても何とも思えない。


「……あんたが、≪二天≫ってヤツなのか?」


 俺の問いかけに≪生首≫は少し眼を開き、細める。


「耳聡いな。……その名をどこで聴いた?」


「……≪白帝≫から、だけど?」


「聴いた憶えがない……」


 考え込むように眼を閉じるデカい≪首≫――≪二天≫に、俺は言う。


「今度は俺が訊く番だ。……俺がアンタの子供って、どーゆうことだよ?」


 眼を開く悪神。そして、嗤う。


「お前は、十に別けた我が≪意≫の欠片を≪喰らった≫。空を裂き、地上を蔽うほどの我が≪意≫を、欠片とは言え、お前は飲み下した」


――≪意≫を≪喰らった≫?

 俺には俺がそんなことした憶えは無い。大体、こんな気持ち悪いヤツの一部を≪喰った≫ら、食中りしそう。


「そのようなものが在るなど、想像だにしなかった。……しかし、お前は確かに繋がっておる。お前の器は、別たれた我が器よ……ならば、お前は我が子に相違あるまい」


 うーん、なるほど。

 俺の心――器がやたら広かったのは、コイツのおかげなのか?

 だからって「お父さん!」……なんて呼ぶ気は少しもしないけど。


「……その理屈は良くわかんねーけどさ、……結局、アンタ、俺に何させたいの?」


 そう、そこが問題。

 敵対するつもりがあるのか無いのか、よくわからん。

 俺のことを「我が子」って呼ぶのは、気持ち悪ぃーけどこの際眼を瞑ろう。問題はそこから先だ。


 コイツは、なんで俺に接触して来た?

 察するに≪鄧梧≫はコイツの手下だ。≪鄧梧≫はおひい様の兄貴の名前まで出して、俺たちをここまで連れて来た。

 じゃあ、そんな手の込んだことしてまで、俺に会ってコイツ――≪二天≫とやらは何がしたいんだ?


「子が、親の望みを叶えるは当然。それこそ孝――仁というものよ。……なぁ、お前のからだを譲れ」


「――はぁ?」


「お前には、お前の≪意≫に見合う體を見繕ってやろう。……お前の≪意≫――望みを解き放ってやろう」


――何、言ってんの、コイツ?


よく、己の慾に従う時、それが本意ほいの姿よ。――お前にも欲するものがあろう。……勝ち得たい信も、顕したい義も、繋がるという仁も、見通したいという智も、思いのままぞ」


――魔王ですか? アンタ、魔王なんですか?

 世界の半分をやろう、的な話なんでしょうか?


「よくわかんねーから、イイや」


「……そうだろう。生きるものとは、慾に従順な…………待て。……断ると言うたのか」


「そう。俺に必要なモンは割りとあるんで、お断りします。……だから、もう、戻って寝てイイっすか?」


「む、無慾を気取るな。お前とて、望むものが……無い、のか」


 愕然。そんな顔されても、俺が困る。

 ぶっちゃけ、俺にだって欲しいモンはあるさ。

……例えば、長双さんの命とか、長双さんの身体とか、長双さんの≪魂≫とか、さ。


――でも、俺はどっかで気づいてる。

 そんな取り返しのつくモンを頼るのは、俺の知ってる長双さんじゃ無いって。

 俺の知ってる長双さんなら、自分の能力の範囲で全部やったはずだ。俺にだって、生き返らせてくれなんて願わないだろ?


 そんで、失敗しちゃったら、

――己の未熟さを知りました――

 みたいなこと、淡々と言ってほほ笑むんだ。


……俺が、俺の能力を駆使して、俺のエゴの為に長双さんを生き返らせるならともかく、こんなワケわかんねー≪首≫と取引して生き返らせても、俺の師匠は喜ばない。

 ああ見えて、俺の師匠は意地っ張りで、負けず嫌いだ。……だから、俺が俺自身でその妄想を叶える。

 そして言うんだ。


――どーすか、長双さん? 弟子の世話になった気分は? ――


 って。だから――


「……アンタの助けはいらない。俺は、俺の身体と俺の仲間たちで、俺の望みを叶えるさ」


 こんな不思議な世界なんだから、まだ諦めるには早い。

 だって、俺の仲間たちは、人間離れしてるんだもん。人間離れした望みだって、叶えられるさ。



――松明の焔が揺れていた。

 それに照らされた顔は、口の端を持ち上げる――


「――ならば、≪死≫するが良い」


 はい。知ってました。

 こーいうボスキャラは大概そーゆうこと言い出すんです。

………ただ、予想の範疇外だったのは、その強さ――


――≪二天≫の額の紋様が消えていく。あきらかになる、コイツの≪異気≫――


「ふむ。やはり≪風帝≫の≪易法≫は、ひとの手には負えぬか……」


 ≪二天≫の呟きがこだます中、俺は戦慄していた。


(――朱蝶っ!!)


 ツァン師匠の悲鳴――

 俺も気づいた。≪無≫っていう紋様が額から消えて、露わになったコイツの≪異気≫。

 それが、俺の拡げた≪異気≫を貪ってる――


「――っ!!」


 おそらく、≪異気≫の圧縮密度が違うんだ。コイツの≪異気≫は俺よりもさらに高密度。

 だから、俺の≪異気≫を削り取れる。ちょうど、俺が≪相柳≫にしたように――


「……張り巡らした≪異気≫が、お前の主人の危機を捉えたぞ――」


 血の気が引いた――

 瞬間、俺は≪異気≫を目一杯拡げる。それに纏わり付き、≪喰らおう≫とする敵の≪異気≫。


――その時、俺の≪異気≫が何かに触れた・・・

 ほぼ同時に、≪二天≫が絶叫を上げる――


「――なぜ、これほどの≪神仙≫や≪竜≫の≪気≫が、この場にあるっ!!」


――そう、俺たちは、宮城ごと、いつの間にか沢山の≪神気≫に囲まれていた――




 〓〓〓




――長双は竜に跨っていた。

 身動きは取れない。両腕を≪霊鞭≫で縛らているから。



――どうして、こうなった?


 繰り返される問い。

 しかし、現状は変わらないし、変えられない。


「長双卿。今暫しのご辛抱ですわ。……貴方様を≪神怪≫や、それを遵える≪二天≫の魔手から解き放ってみせましょう」


 甲姿よろいすがたの≪火聖真女≫が、長双の身体に寄り添いながらそう言った。


「ですから、姫君。何度も申し上げたように、朱蝶どのは我が友にして……」


「良いのです。長双様が誑かされていようとも! わたくしめが救って差し上げましょう!!」


『……なんと、麗しきご厚情。この身を以って願いを叶えて差し上げよう』


 頭の中で、長双と≪火聖真女≫を乗せた≪赤螭せきち≫がそう感嘆の声を上げる。



――どうして、こうなった?




 ―――




――時は遡り、南方神≪祝融≫が≪陽登宮≫を訪ねた時。

 なぜか、長双までが同席させられていた。



「――なるほど。これが≪仙界≫を騒がす、≪雷名≫か……なかなか堂に入っておる」


 隻腕の≪神≫、≪祝融≫は長双をしげしげと眺めた後で、そう溢した。


 皐山の≪神≫を見た長双の予想とは反し、≪祝融≫はおおよそひとの状を取っていた。

 だが、隻腕の残された腕――袖から覗いた手の甲には緋色の産毛が生えている。

 そして、鋭い爪――


「≪祝融≫様には、是非とも我が≪極南山≫――長双卿の後見となって頂きたく……」


 ≪霊恝真人≫の言葉に苦笑する≪祝融≫。

 後見。何がどのようにして、そのような……。


「長双卿は御山を背負って立たれる身。≪祝融≫様ならば、後見にも相応しいかと存じます」


 ≪火聖真女≫までがそのような事を言う。


「……それは、≪火聖真女≫どの――≪女娃じょあい≫どのが、そこな≪雷名≫と添い遂げる、……そのように解してもよろしいか?」


――≪祝融≫の言葉に隣を見れば、≪火聖真女≫が頬を染めている――



――どうして、こうなった?


「しかし、かの≪二天≫に繋がりし、≪神怪≫・≪朱蝶≫を捕えるまでは……人界――≪竜帝≫が機構――≪帝国≫は皐公国に在るらしいという事までは掴んだのだが……」


 まさか――

 ≪火聖真女≫と≪霊恝真人≫の視線が長双へと注ぐ。


「皐公国と言えば……長双卿のご出自はそちら。……このようにしてはいかがでしょうか、≪祝融≫様? ……御山が南方神の遣いを致します」


「なるほど。代わりに、そこな≪雷名≫が後見となれ、と?」


 ≪祝融≫の言葉に頷く代わりに微笑む≪火聖真女≫と≪霊恝真人≫。



――長双は断固として断った。

 だが、聴かない。心を読まれ、手足を縛られ、長双は既に公都の上空に居た――


――その長双の眼に、大きな獣の姿が映る。



「なぜ、≪極南山≫の≪仙≫がここに居る?」



 白い虎は宙を漂いながら、そう吠えた――


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