三十一、神々と仙と、朱蝶と長双
「は――……」
俺は思わず階段から足を踏み外す。
階段落ち。人間だった頃もほとんどやった憶えが無いのに、ココでやらかす「朱蝶クオリティ」。
「朱蝶どの!」
呼ばれて尻餅を突きながら、上を見上げれば、龍の後ろで≪鄧梧≫が剣を振りかぶっていた――
「りょ――」
閃く白刃。龍と玲華ちゃんは、俺が滑り落ちたせいで俺の≪異気≫の範囲外――
間に合え! 伸ばす≪異気≫。でも、俺の≪異気≫が届く前に、≪鄧梧≫が階段の上へと吹っ飛んだ――
玲華ちゃんが龍の背中の上で、≪鄧梧≫を蹴り飛ばしてる。
蹴りの反動で、俺の上に転がり落ちてくるふたりをキャッチ。
「龍様、朱蝶どの、大事ございませんか?」
しっかりした口調の玲華ちゃん。
……≪意≫が戻ったのか? なんてナイスなタイミング!!
「玲華どの、≪意≫が……なぜ、≪威名≫様が……」
突然襲われた上に、嫁が正気に戻った龍は混乱の極致。
「朱蝶どのは、あの≪首≫をご存知なのですか?」
体勢を立て直し、階段の上で起き上がった≪鄧梧≫を睨み上げながら、玲華ちゃんが訊いて来る。
「正直、あんま知らない。……でも、向こうは俺を知ってるみたいだね」
俺は呆然としてる龍を抱き起こしながら、自分も立ち上がった。
そして、デカい≪生首≫を睨みつける。
「玲華ちゃんと龍はそっちを頼む。できるだけ俺の傍から離れないように!」
「承知しました!」
「――朱蝶どの。……わかり申した!」
ふたりの返事を聴きながら俺は≪異気≫を伸ばして触れ、この眼で敵を見る。
相手に≪異気≫が届かない。一見、≪異気≫を拡げてないように見えるのに。
……でも、≪生首≫の額には≪無≫っていう紋様。
『≪脩神≫と同じだ。まるで、そこにおらぬかのような……』
(力の嵩が量れぬ)
蛟とツァン師匠の報告。
――誰かが、この≪首≫に巫術をかけたのか?
「――大人しゅうしておれ、≪梧≫。お前如きが我が継子に敵するわけも無い」
階段の上のほうで、≪鄧梧≫の纏う≪気≫が萎んでいく。同時に、≪首≫の真下の大きな皮製の袋も萎んでいく。
なるほど、こいつらには妙な主従関係があるみたいだ。
この≪生首≫は間違いなく、≪鄧梧≫を従えてる。あからさまに操ってるんじゃなくて、マインドコントロールに近いのかもしれない。
「継子――そう呼ぶに相応しい≪異気≫を持つものよ。我こそはお前の≪意≫に状を与えしもの、お前の父だ」
シュール。
蝶の時に、ちらっと見ただけの≪生首≫に、親父だよって言われても何とも思えない。
「……あんたが、≪二天≫ってヤツなのか?」
俺の問いかけに≪生首≫は少し眼を開き、細める。
「耳聡いな。……その名をどこで聴いた?」
「……≪白帝≫から、だけど?」
「聴いた憶えがない……」
考え込むように眼を閉じるデカい≪首≫――≪二天≫に、俺は言う。
「今度は俺が訊く番だ。……俺がアンタの子供って、どーゆうことだよ?」
眼を開く悪神。そして、嗤う。
「お前は、十に別けた我が≪意≫の欠片を≪喰らった≫。空を裂き、地上を蔽うほどの我が≪意≫を、欠片とは言え、お前は飲み下した」
――≪意≫を≪喰らった≫?
俺には俺がそんなことした憶えは無い。大体、こんな気持ち悪いヤツの一部を≪喰った≫ら、食中りしそう。
「そのようなものが在るなど、想像だにしなかった。……しかし、お前は確かに繋がっておる。お前の器は、別たれた我が器よ……ならば、お前は我が子に相違あるまい」
うーん、なるほど。
俺の心――器がやたら広かったのは、コイツのおかげなのか?
だからって「お父さん!」……なんて呼ぶ気は少しもしないけど。
「……その理屈は良くわかんねーけどさ、……結局、アンタ、俺に何させたいの?」
そう、そこが問題。
敵対するつもりがあるのか無いのか、よくわからん。
俺のことを「我が子」って呼ぶのは、気持ち悪ぃーけどこの際眼を瞑ろう。問題はそこから先だ。
コイツは、なんで俺に接触して来た?
察するに≪鄧梧≫はコイツの手下だ。≪鄧梧≫はおひい様の兄貴の名前まで出して、俺たちをここまで連れて来た。
じゃあ、そんな手の込んだことしてまで、俺に会ってコイツ――≪二天≫とやらは何がしたいんだ?
「子が、親の望みを叶えるは当然。それこそ孝――仁というものよ。……なぁ、お前の體を譲れ」
「――はぁ?」
「お前には、お前の≪意≫に見合う體を見繕ってやろう。……お前の≪意≫――望みを解き放ってやろう」
――何、言ってんの、コイツ?
「慾、己の慾に従う時、それが本意の姿よ。――お前にも欲するものがあろう。……勝ち得たい信も、顕したい義も、繋がるという仁も、見通したいという智も、思いのままぞ」
――魔王ですか? アンタ、魔王なんですか?
世界の半分をやろう、的な話なんでしょうか?
「よくわかんねーから、イイや」
「……そうだろう。生きるものとは、慾に従順な…………待て。……断ると言うたのか」
「そう。俺に必要なモンは割りとあるんで、お断りします。……だから、もう、戻って寝てイイっすか?」
「む、無慾を気取るな。お前とて、望むものが……無い、のか」
愕然。そんな顔されても、俺が困る。
ぶっちゃけ、俺にだって欲しいモンはあるさ。
……例えば、長双さんの命とか、長双さんの身体とか、長双さんの≪魂≫とか、さ。
――でも、俺はどっかで気づいてる。
そんな取り返しのつくモンを頼るのは、俺の知ってる長双さんじゃ無いって。
俺の知ってる長双さんなら、自分の能力の範囲で全部やったはずだ。俺にだって、生き返らせてくれなんて願わないだろ?
そんで、失敗しちゃったら、
――己の未熟さを知りました――
みたいなこと、淡々と言ってほほ笑むんだ。
……俺が、俺の能力を駆使して、俺のエゴの為に長双さんを生き返らせるならともかく、こんなワケわかんねー≪首≫と取引して生き返らせても、俺の師匠は喜ばない。
ああ見えて、俺の師匠は意地っ張りで、負けず嫌いだ。……だから、俺が俺自身でその妄想を叶える。
そして言うんだ。
――どーすか、長双さん? 弟子の世話になった気分は? ――
って。だから――
「……アンタの助けはいらない。俺は、俺の身体と俺の仲間たちで、俺の望みを叶えるさ」
こんな不思議な世界なんだから、まだ諦めるには早い。
だって、俺の仲間たちは、人間離れしてるんだもん。人間離れした望みだって、叶えられるさ。
――松明の焔が揺れていた。
それに照らされた顔は、口の端を持ち上げる――
「――ならば、≪死≫するが良い」
はい。知ってました。
こーいうボスキャラは大概そーゆうこと言い出すんです。
………ただ、予想の範疇外だったのは、その強さ――
――≪二天≫の額の紋様が消えていく。あきらかになる、コイツの≪異気≫――
「ふむ。やはり≪風帝≫の≪易法≫は、ひとの手には負えぬか……」
≪二天≫の呟きがこだます中、俺は戦慄していた。
(――朱蝶っ!!)
ツァン師匠の悲鳴――
俺も気づいた。≪無≫っていう紋様が額から消えて、露わになったコイツの≪異気≫。
それが、俺の拡げた≪異気≫を貪ってる――
「――っ!!」
おそらく、≪異気≫の圧縮密度が違うんだ。コイツの≪異気≫は俺よりもさらに高密度。
だから、俺の≪異気≫を削り取れる。ちょうど、俺が≪相柳≫にしたように――
「……張り巡らした≪異気≫が、お前の主人の危機を捉えたぞ――」
血の気が引いた――
瞬間、俺は≪異気≫を目一杯拡げる。それに纏わり付き、≪喰らおう≫とする敵の≪異気≫。
――その時、俺の≪異気≫が何かに触れた。
ほぼ同時に、≪二天≫が絶叫を上げる――
「――なぜ、これほどの≪神仙≫や≪竜≫の≪気≫が、この場にあるっ!!」
――そう、俺たちは、宮城ごと、いつの間にか沢山の≪神気≫に囲まれていた――
〓〓〓
――長双は竜に跨っていた。
身動きは取れない。両腕を≪霊鞭≫で縛らているから。
――どうして、こうなった?
繰り返される問い。
しかし、現状は変わらないし、変えられない。
「長双卿。今暫しのご辛抱ですわ。……貴方様を≪神怪≫や、それを遵える≪二天≫の魔手から解き放ってみせましょう」
甲姿の≪火聖真女≫が、長双の身体に寄り添いながらそう言った。
「ですから、姫君。何度も申し上げたように、朱蝶どのは我が友にして……」
「良いのです。長双様が誑かされていようとも! わたくしめが救って差し上げましょう!!」
『……なんと、麗しきご厚情。この身を以って願いを叶えて差し上げよう』
頭の中で、長双と≪火聖真女≫を乗せた≪赤螭≫がそう感嘆の声を上げる。
――どうして、こうなった?
―――
――時は遡り、南方神≪祝融≫が≪陽登宮≫を訪ねた時。
なぜか、長双までが同席させられていた。
「――なるほど。これが≪仙界≫を騒がす、≪雷名≫か……なかなか堂に入っておる」
隻腕の≪神≫、≪祝融≫は長双をしげしげと眺めた後で、そう溢した。
皐山の≪神≫を見た長双の予想とは反し、≪祝融≫はおおよそひとの状を取っていた。
だが、隻腕の残された腕――袖から覗いた手の甲には緋色の産毛が生えている。
そして、鋭い爪――
「≪祝融≫様には、是非とも我が≪極南山≫――長双卿の後見となって頂きたく……」
≪霊恝真人≫の言葉に苦笑する≪祝融≫。
後見。何がどのようにして、そのような……。
「長双卿は御山を背負って立たれる身。≪祝融≫様ならば、後見にも相応しいかと存じます」
≪火聖真女≫までがそのような事を言う。
「……それは、≪火聖真女≫どの――≪女娃≫どのが、そこな≪雷名≫と添い遂げる、……そのように解してもよろしいか?」
――≪祝融≫の言葉に隣を見れば、≪火聖真女≫が頬を染めている――
――どうして、こうなった?
「しかし、かの≪二天≫に繋がりし、≪神怪≫・≪朱蝶≫を捕えるまでは……人界――≪竜帝≫が機構――≪帝国≫は皐公国に在るらしいという事までは掴んだのだが……」
まさか――
≪火聖真女≫と≪霊恝真人≫の視線が長双へと注ぐ。
「皐公国と言えば……長双卿のご出自はそちら。……このようにしてはいかがでしょうか、≪祝融≫様? ……御山が南方神の遣いを致します」
「なるほど。代わりに、そこな≪雷名≫が後見となれ、と?」
≪祝融≫の言葉に頷く代わりに微笑む≪火聖真女≫と≪霊恝真人≫。
――長双は断固として断った。
だが、聴かない。心を読まれ、手足を縛られ、長双は既に公都の上空に居た――
――その長双の眼に、大きな獣の姿が映る。
「なぜ、≪極南山≫の≪仙≫がここに居る?」
白い虎は宙を漂いながら、そう吠えた――




