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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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二十九、朱蝶、ショックを受ける


――深夜、俺は荷造りを始めた。

 と言っても、俺に必要なものはほとんど無い。


 推オジサンから貰った剣と、長双さんの形見の剣。

 ムーの村で龍に貰った水を入れる為の皮製の袋に、鍋替わりの金属製の鼎をひとつに、火打石。

 何かと役立つ麻のロープと、少々の食糧。


 これで十分。これ以上は必要無い。

 そして、俺は扉を開けて部屋の外へと一歩を踏み出す。


――部屋の前には、すやすや寝てる玲華ちゃんを背負った龍と、燭台を持ったおひい様が立っていた。

 なんかコワい顔して睨んで来る。


「……間違えました」


……俺はゆっくりと扉を閉める。

――扉と壁の間に、ぬっ、て感じで龍の手が入って来た。


「――すいません! ちょっと間違えただけなんで!」


「朱蝶どの! このような時分に出歩けば見咎められますぞ!」


「違う違う! トイレ! 厠はどこかなって、思っただけだから!」


 龍と俺が囁き声で言い争いながら引き合う扉の隙間から、小さな頭が部屋の内側を覗き込んで来る。


「……おい。何をしておる? 開けよ」


――夜中。扉の隙間から中を覗いてくる子供。……ホラーだ。

 それだけで充分にホラーなのに、その子供はドスを利かせた声で脅迫してくる。ホラー映画のゴーストじゃなくて、Vシネマの女極道のごとく。


「……はい」


 俺は抵抗を止めた――

 扉の前に俺は正座する。扉が開け放たれ、ふたりが旅装の俺を見下していた。


「おい。どこへ行くつもりじゃ?」


「……えぇーーと。そのぉーー……か、」


「その姿は、厠ではございませぬな」


「――いや、……あれだ、あれ! ちょっと≪相柳≫がどっかにいるんじゃないかって。不安になっただけで……」


「ふん、そなたがたんと痛めつけたのであろう? 今頃はどこぞで憩うておるわ」


「……あと、≪神気≫に触っちゃいましたし……近くに≪神≫でも寄って来るんじゃないかって……」


「十三女どのが先に気づきましょう?」


「…………」


「おい、なんとか言わぬか。――朱蝶っ!!」


 寝静まった宮中に、おひい様の怒声が迸った。

 龍の背中で、玲華ちゃんが「うーん」って言いながらちょっと動いた。

……こうなると思ったから、こっそり抜け出そうと思ったのに。


「…………責任、を感じていまして。……罪って言うべきでしょうか?」


「罪、じゃと? そなた、ふざけるのも大概に……」


 怒声を上げかけたおひい様の口を、龍の大きな手が塞ぐ。

 もがいて暴れるおひい様の口を龍が難なく抑えてる。


「姫様、ご無礼を御赦し下さい。……それで、朱蝶どの? 御身にいかな罪があると仰せられる? 長双さんの事ならば、そのうちに――」


「――それだけじゃなくて。いや、もちろん長双さんのこともそうだ。俺がもっと強ければ、みんなでここに戻って来れた。……だけど、それだけじゃ無い」


「では、ほかに何が?」



「……俺のせいで、誰かが死にかけるのは、もう――見たくないんだ。――誰かが死ぬのなんか、まっぴらゴメンだ!!」


――タガが外れた気がした。


「朱蝶ど――」


「だってそうだろ、龍? 俺のミスで今まで、お前ら何回死にかけた? お前らが偶々、人間離れして強かったから死ななかっただけだ! ふつうの人間だったら死んでも死に足りねえくらいだ!」


 沈めてたものが溢れかえる。

 澱が、俺の心の――器の、底のほうで淀んでいたものが咽喉を駆け上がってくる――


「龍は一回死んでるし、尚に至っては何回吹っ飛んでるかわかんねぇ! おひい様でさえ、死にかけてる!! ……んで、とうとう、長双さんだ…………」


 ずっと、俺は勘違いしてたんだ。

 龍の兄貴分として、守ってるつもりで、ずっと守られてた。

 守られて、当然の顔して甘受して来たんだ。寄生してた――


「お前らは人間だ! 俺は違うっ!! …………お前らと居ると、俺は勘違いしちまうんだ」


 俺は笑った。どうしようもなくて笑った。

 まさしく、阿呆のようにわらったんだ。


「……俺も、お前らとおんなじ・・・・だって。おんなじ人間・・だって。……でも、俺は、根本的に違う・・


――こっちの世界で、俺は一回も人間だったことなんて無い。

 初めは蝶で、次には精神体、そして今はバケモンだ。このバケモンの身体だって、人間・・みたいな見た目してるけど、竜と≪怪≫のハーフだ。

 俺が人間として受け継いだ遺伝情報なんて一個も載せてない。


――そう、俺は間違いなく人間っていう枠から外れた存在だ。

 その俺が、どうして人間宣言できるっていうんだ?


 寄生し慣れた俺にだって、学ぶことはできる。

 知ってることと、知らないことの間にはデカい溝があるんだ。

 そして、その溝を跳び越えたから、俺は仲間たちに寄生してはいられない――


――今の、バケモンの俺は寄生しなくても生きられる。

 幽霊だった時とは違う。どうしようもなくて、生きる為にしょうがなくて、できなかったから、誰かの――龍の助けが無けりゃ一歩も進めなかった状態。――そうじゃあ、無い。

 俺は居心地が良すぎて、気づかないフリしてただけだ。知ってて、知らないフリをした。

 違う。棄ててしまえば良かっただけだったんだ。人間であることを。……そうすれば、もう、みんなは厄介事のいくつかから解放される。


「俺がいなくなれば、≪神≫に追われることは無いだろうさ。≪二天≫とかいう化け物とか、≪世界の法則ルール≫とか、そういうのぜんぶ気にする必要も無くなる。それにおひい様は、四姐とも不戦協定結んだんでしょ? ≪女神のはらわた≫とかいう悪神にケンカ売られることも無い。……今が潮時なんだよ、たぶん」


 俺はもう、俺の知ってる誰かが遺した、腐敗した身体の一部なんて、見たくない――


「――朱蝶どのの、それが答えなのでしょうか? 己と伴に学んだ、その結実がそれなのでしょうか?」


 哀しそうな龍の顔。

 その問いかけに俺はこくり、って頷いた。


「俺は、俺が人間かどうか、自分に問いかけることをヤメる。――朱蝶は、単なる≪神怪≫だ。……お前ら人間とは違う・・


 龍の腕からだらんって力が抜けた。見損なわれたかもしれない。

 でも、それが「WIN‐WIN」ってもんだ。

――お前らが、この世界のどこかで生きてりゃあ、俺は――



「――よう、吠えた! 朱蝶っ!!」


――瞬間、俺の両腕が何かに飲み込まれたみたいに消えた――

 遅れて、おれの全身を襲う激痛――両腕から噴き出す血――


「――ぅ、ぎゃぁぁぁあああ!!」


「姫さ――」


「止めるな、龍! このどぐされ阿呆、頭が腐乱しておる!! ……灸が必要じゃ」


 龍の手から解き放たれると、同時に、おひい様が≪竜眼≫を開放して、俺の腕に何かをしたらしい――

――おかしい。俺の身体は≪異気≫で強化し続けてる。腕ももちろん強化してたのに……うそーん。


 俺の身体が緋金の光に縛り付けられる。


「おい、朱蝶。そなたの言う『ひと』の――妾が新たに生み出しし術はどうじゃ?」


「――待って! 待って下さいっ!」


「ど阿呆のそなたにもわかるように説いてやろう。……そなた、身体を強く≪異気≫にて≪つないで≫おったろう? その上から≪竜気≫によって思いきり縛り上げたのじゃ。するとどうなると思う? ――このように――」


 ≪竜眼≫の輝きが増した――

――俺の左足が消えた!!


「ぅぎっ!!」


「滅するのじゃ。……瞬時、≪竜眼≫に込める力を上げる。力加減が絶妙でのう。南鄙では憶えるのに三日も費やしてしもうたわ」


 左脚の足首から先を消されても、≪竜眼≫で縛られてる俺は床に転がることもできない――


「姫様!! とにかく止血を――」


「のう、朱蝶? そなたは『ひと』じゃ」


 龍の言葉を無視し、俺の前にしゃがみ込みながら、そう言うおひい様――

 そして、手を伸ばしながら俺の頭に触れる。


 コワい。コワいし、痛いけど、動けない。

――たぶん、≪竜眼≫に縛られてなくても、動けなかったろうと思う。

 俺は初めて遭って以来、初めておひい様をふつうの女の子のように見てた。その理由はよくわかんない。


 でも、たぶん、おひい様がすごく哀しそうな顔をしてたからだと思う。


「――そなたが問うまでも無く、妾が証してやろう。朱蝶、そなたは『ひと』じゃ」



――ひと。人間っすか? おひい様?

 俺、人間っすか?


「……人間らしいモン、一個も持って無くっても、……それでも俺は人間、なんですか?」


「――朱蝶どのは、己らと同じ・・です!! 今さらなにを――」


 龍が怒鳴り声を上げた。

 龍を見たつもりが、背中の玲華ちゃんと目が合った。

 暗くてよくわかんねーけど、たぶん、涙目になってる。あと、蒼褪めてる。


……泣きたくても、コワ過ぎて泣けない。そんな顔してる。

 そう。俺、両腕無くて、片足も無いまま血だまりに座ってるんだもの。

 トラウマレベルのスプラッタ映像だ。教育上よろしく無い。


「お、おひい様、傷を――」


 治してください。そう、言う前におひい様が、衝撃発言をする――


「妾の眼には、今のそなたはわらべのように映る。……『ひと』でありたい、みなと同じが良いと駄々をねる童のようにな……」



――え。

 いや、待て。待ってくれ。


「まったく、ほんに手のかかる僕じゃ……竜を弑しし、我が系、≪禺≫の名において奉る。老陰が元に少陰を滅し……」


 俺の身体が淡い光に包まれる。創癒の呪文。それは有り難い。有り難いけど、お待ちなさい。

――おひい様に、童――ガキだと言われてしまった。

 俺の知る限り、誰よりも傍若無人で、ガキこの上ないおひい様に……。


 しかも、その言葉は結構、刺さってくる。つまり、事実に近いような気がする。

――俺のさっきの発言は、ガキにガキと言われてしまうぐらい、レベルの低い発言だったのでしょうか?


 血だまりが傷口に吸い込まれ、両腕と足がにょきにょき生えて来たところで、おひい様は俺の頭を優しく撫でながら、立ち上がった。


「どうじゃ、朱蝶? そなたの主――妾は強かろう? 阿呆の癖に余計な事に気を回すでない! ……龍、あとは任せる」


 それだけ言うと、おひい様は踵を返して廊下の奥へと消えて行った。



「――龍、ごめん、ひとつ訊いてイイかな?」


「……朱蝶どのは、案ぜずとも己らと同じ・・――」


「いや、そこは、なんか、もうイイや。俺が間違ってたような気がする」


 暗がりの中で龍が首を傾げるシルエットが浮かんでる。


「…………俺って、そんなに子供っぽい?」


「――ぅわーーーん!!!」


――玲華ちゃんが盛大に泣き出した。




 ―――




 玲華ちゃんの泣き声を聴いたのか、おひい様が消えた方向とは逆の廊下の先の暗がりから、ひとつの光が近づいてくる――


「――宮正きゅうせいより、宮中にて変事ありと報せを受けて参った! そちらに第三公女、≪巫姫≫様はおわしまするや?」


 光の元から、声が伸びて来た。


「姫様は既にお戻りになられました。そちらはどなた様でございましょうか?」


 背中で泣き喚く玲華ちゃんをあやしながら、龍が応える。

 光――手持ちの燭台と伴に現れた男が俺たちのすぐ傍で止まった。


 鎧姿。つまり、武官みたいだ。

 微かな灯火に照らされたヒゲ面と相まって、武骨な感じ。

 筋骨隆々の身体をぴしっと正してから、男は俺と龍と龍の背中で泣き喚く玲華ちゃんを見比べ、今度は手を組んで軽く頭を下げる。


「――夏官下、公師帥こうしすい、≪鄧梧とうご≫と申す。貴殿らは?」



――いかにも武官然とした男は、そう言った。


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