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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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二十八、失意、そして……


――…………どうやって、戻って来たんだっけ?

 なんか身体を引きずってたら大きな城壁の前――国都の前に居た。

 ちょうど、城門から出て来た尚と四姐と十三女に連れられて、俺も城壁の中へと連れて行かれた。


 その間、俺はずっと長双さんの名前を口走ってたように思う。

 そんな感じの俺に代わって、長双さんの死亡報告は、念話を仕掛けて来た十三女に蛟がしていた。


 十三女の口から、それを聴かされた尚が泣き崩れたのを見たような気がする。

 俺には何も言えなかった。

 だって、俺は長双さんの仇すら討てなかった。


 それどころか、≪相柳≫に手の内を晒した上に逃がしてしまった。

 ≪相柳≫は学習する。だから、次に遭う時があったら、もっと強くなってるはずだ。


…………でも、俺にはちょっと仇討ちできる気力は無い。

 いや、≪異気≫も≪力≫も増えてる。けど、俺の≪魂≫は無力感でいっぱいなんだ…………。


 膨張してしまった≪異気≫はいつのまにか5人ほど減って、16名になってしまった俺の中の幽霊さんたちにちょっとだけ預かって貰って、それでも全然多いから結局、身体強化に使ってさらに高密度に圧縮してる。

 だいたい、100メートルくらいの大きさで落ち着けてるけど、この状態はエネルギーをやたら食う。

 まあ、動いたりしなければ、暫らく保ってしまうんだろう。



――なんという、阿呆よ! ――



 なんか気がついたら眼の前に龍と玲華ちゃんと、おひい様が居た。

 ≪竜眼≫を開いたおひい様が俺の様子を観察すると、俺の着物をはだけさせて、ちょうど心臓の真上ぐらいのところになんか血を塗り着け始めた。



――これで良い。……そなたの器を別けた。≪異気≫を収めよ――



 隣で見てた十三女が、「うわぁー、エグいよー」とか言ってたっけ。

 そんな簡単なことで、俺の≪異気≫のやり場は増えてしまったらしい。

 こんな……簡単な……こと、で。


 おひい様はちっちゃな手で俺の頭を一回撫でるとそのまま、俺が居る部屋を後にした。

 俺はおひい様の言葉に従って、≪異気≫を仕舞う。……仕舞えた。……俺は何も喪わなかった。でも、俺の中の何かは≪死≫んだままだ。



――どうしようもなくて、とりあえず寝た。……そういえば最後に寝たのはいつだったっけ、とか考えながら。


 そして、起きた――


「……あれ、今は?」


「朱蝶どの。今は、己らが南邑を発ってからちょうど二旬が経っております。ここがどこかおわかりになりましょうか?」


 いつから座ってるんだろう? 俺の部屋の中央に座ってた龍が、そう言った。


「……都の、宮城の中、だよな?」


 龍が頷いてる。

――二旬、つまり、俺が≪相柳≫と≪脩神≫に遭ってから、もう十日になるだろうか?

 もう、そんなに経ったのか。


「大変、驚きました」


 ちょっと安心した顔をしながら、龍がそう言った。

……ああ、そうか。


「何も、できなかったよ……」


「――いえ。その事ではございませぬ。……旬と四日ほど前、まだ己と玲華どのと姫様が南鄙に居た時の事です。姫様が、≪竜眼≫を開きながら己と玲華どのの部屋に跳び込んで来られたのです――」


 なんか、龍が急に語り始める。




 ―――




「――朱蝶が消えたっ!!」


 駆け込むなり姫様がそう言う。

 玲華どのが例によって泣き出すのにも構わずに、姫様はそのまま捲し立てる。


「龍! 朱蝶どもがどちらに向かったか聴いておるか?!」


「はい、聴いておりますが? 姫様、朱蝶どのが消えた、とは?」


「今は説いている暇は無い!! 即刻、叔父上に暇を願うぞ!! 玲華を連れて妾に従え!」



――そこからがまた厄介だった。

 皐推様に南鄙を辞する事を願う。しかし、あの手この手で引き留めようとする皐推様。


「……叔父上、妾は叔父上が嫌いになりそうです……」


 ぽつりとそう言った姫様の言葉に、とうとう皐推様も折れた。

 その頃にはもう、昼を大きく回って日が傾きかけていた。

 龍が泣き叫ぶ玲華どのと、姫を抱えて運ぶ。暴れる玲華どのを宥めるのにひと悶着あり、龍たちが南鄙を後にしたのは西日が赤く染まる頃だった。


――道中姫様が言う事によれば、朱蝶どのの≪意≫が消えたらしい。


「――まさか……」


「いや! 今は復しておる!! ……しかし、何やらおかしい。龍よ、本当にそちらで合っておるのか?」


「南鄙から西へ六十里と聴いております」


「何もおらぬ」


 龍の小脇に抱えられた姫様が≪竜眼≫で先を確認したのか、そう言った。

 背には泣き疲れて眠る玲華どのいるので、このような形になった。


「龍! 国都へ還るのじゃ――」


 姫様が指を差された方角は国都とは逆だったので、龍は国都へと向かって駆け出した――




 ―――




「……結局、国都に着いたのは、八日前でした」


 龍はちょっと落ち込んだ顔をする。


「……ああ」


 俺がぼやっとしてると、龍がゆっくりと頭を下げて、床に額を打ちつけた。


「え?」


「――変事にあっての遅参、まことに……」


「待て待て待て。頭上げろ。……いや、無理でしょ。玲華ちゃんとおひい様を、独りで抱えながら走るのは。謝ること無いって!」


 そう。龍はつまり、独りでふたりを抱えながら五百里――200キロ以上を進んで来たわけだ。

 しかも、六日ぐらいで来た計算だ。よくやったもんだと言ってやりたい。


「いえ! ……しかし、ならば朱蝶どの。そのように落ち込まれるのはお止め下さい!」


 顔を上げた龍が俺を睨んでる。

……急だな。おい、弟分。


 黙る。黙る、龍。

 俺の返答待ちなのか? 俺の口からどんな報告を期待してるんだ?

 なあ、俺は何を言えばイイ、龍?


 後悔? ……してもし切れない。

 懺悔? ……けっこう溢れ出てくるだろうさ。

 哀しみ? ……泣いちまうから、言わないように、漏らさないようにしてるのに?


――俺がぼけっとしてるのだって、心の防衛機能さ。

 下手に頭働かせりゃ、長双さんのこと思い出しちまう。幾らでも思い出せちまうんだよ。


 でも、違う。俺は知ってる。これは、たぶん発露させちゃいけないヤツ。

 涙と一緒になんか流しちゃイケ無いやつなんだ。


――長双さんが火傷の痕を残した意味がわかる。

 これは、戒めだ。


 そして、もうひとつ。


「……ムチャ言うなよ…………俺は、今泣き言なんか言ったら、折れちまう……」


 そう。俺、折れる。

 完全に折れる。次、折れたら立ち直れない。

 人間だった頃から、折れまくって来たからわかる。


――今、現実直視したら、良くて引き篭もるレベル。

 無理。無理です。勘弁して下さい。


「誰が、泣き言を言え、と?」


「……え?」


……哀しみを分かち合いましょう、的なノリじゃないの?

 溜息を吐かれた。龍に。え、何、その「ガッカリだぜ」みたいな感じ?


「……よろしいでしょうか? 長双さんは生きておられます」


…………何、言ってんの、この子?


「あの、≪雷名≫長双が≪死≫んだ? ふんっ、笑わせてくれますな……そのようなわけが無い!」


「いや、でも、その、俺……長双さんの手首を……」


「長双さんならば、手首のひとつやふたつ、棄てても生き残るでしょう? 己らの師とは、そのような御方ではございませぬか?」


 眼力。眼がイイ具合にイッちゃってる。

 俺は久々に龍をコワいと思ってる。やべー。やべーよ、コイツ。


「まあ、待て。龍。落ち着きなさい……」


「――それを皆、よってたかって、長双さんを死人扱いとは……情けのう存じます! 師に対する冒涜に等しい!!」



――ダメだ……俺がしっかりしないと……。

 その後、小一時間に渡って続く長双さんを賛美する龍の言葉を聴きながら、俺はそう思った――




 ―――




――長双さん賛美を終えた龍の話によれば、公爵様へのご報告はもう、済んでるらしい。

 でも、長双さんはいない。ムーの村はどうすんだって話だが、そこはなんか既に上卿だっていう尚の父ちゃんに頼む方向で進めてるらしい。

 つまり、おひい様と、尚の父ちゃんだっていう冬官長、あと龍から地官長のおっさんにも根回しして、領地換えを頼む予定らしい。


……おそらく、上手く行く。おひい様がそう言ってたみたいだから、大丈夫だと思いたい。


 四姐については、一応、十三女を介しておひい様との不戦協定が成立しているらしい。

……先々のことはわかんねーけど。


 さて、問題はここからだ。


 龍が去った部屋を見回して、俺は思う。

――俺もみんなの元を去るべきじゃないか、って。


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