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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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二十二、怪物誕生、前夜



――俺たちが長双さんと別れてから、三日が経過していた――


 あの時、十三女と長双さんがテレパシーで会話してたみたいだけど、それもすぐに途切れた。


――俺たちは長双さんがどうなったかわからまいまま、国都の近郊まで走って来ていた。


 十三女が小蟲で周囲を索敵して、その後を俺の身体の大部分を操る蛟が、四姐を抱えて付き従って行く。

 十三女を抱える尚は最後尾だ。




――戻れよっ! 頼むから戻ってくれ!! ――



 三日前、喚く俺を無視し続ける蛟の代わりに、ツァンが俺の身体中に響き渡る怒声を放った――


(静かにしろ――っ!! 貴様は己がどれだけ摩耗しているか気づいておらぬっ!!)



――摩耗。


…………そう、俺の≪魂≫は幽霊状態になった時に、この身体の≪異気≫に消化されかけた。

 その上、≪世界の法則ルール≫や、もうひとつ俺に繋がってる≪化けモン≫から、俺自身を取り返す力技を試みて、慣れない≪閉神の術≫。

 そして、ほぼ休む暇も無いままに、蘇ってそのまま≪異気≫のコントロールをしたり……。


 いくら、≪帝器≫といえども蘇生させるだけで、≪意≫の力は戻らない。

 いつもとは打って変わって真剣な口調で十三女が、そう補足した。


(……貴様は限界だ。半ば鬼である蛟よりも非力。ゆえに身体の≪権≫も取り返せぬ。……≪雷名≫はそれを見抜いた。ゆえに、逃がした)


 それだけの事よ、ツァンはそう言って黙った。

 俺も黙らざるを得なかった。


『休め。≪意≫を癒すのだ』


 心気は眠りによって復す。


 そんな蛟の言葉に、不甲斐無い俺は大人しく従ってそのまま眠りに落ちた。

 思いのほか疲れていたのか、すんなりと意識は途絶した。

――今回はどんな夢も見なかった。



 二日目、四姐が俺に≪異気≫のコントロールを教えると言い出した。



――あたしぐらい、≪異気≫で身体を強める事が出来れば、≪相柳≫に易々と融かされる事はねえ――



 俺は四姐が言うままに、≪異気≫で身体を強くする方法を習った。

……手遅れだ……半ば、そんなことを考えながら……。



 四姐から教えられた≪異気≫のコントロール方法は、いつかの夜に長双さんに教えて貰った≪気≫のコントロール方法と大体同じだった。

 ひとつだけ大きく違ったのは、人間の身体の時よりもより強く、より密接に身体を≪異気≫で強化しても良かったってこと。


 長双さんに訊いた夜、前置きの座学で長双さんは「あまりに強い≪気≫は己が身を傷ませる」って言ってた。

 その証拠に、俺が龍の身体で虎と闘った後、龍の身体はボロボロになった。

 おひい様にヒーリングして貰ったぐらいだ。


 少し自暴自棄になってた俺は、自分でもムチャだと思う程度に≪異気≫で身体をつなげた。

 でも、この身体はどんなに≪異気≫でつなげて――強化しても、ちっとも悲鳴を上げなかった。



――には才がある――



 そう喜ぶ四姐の言葉は、あの夜の長双さんを思い出させた。



…………俺はどうしようもなく阿呆だった。

 なんでそんな簡単なことに気づかなかった? この身体なら、かなり強く≪異気≫で強化しても構わなかったはずだ――

 だって、人間の身体じゃないんだから。

 俺はどこかで、自分に限界を設けて、満足してたんだ――


 30メートルはある谷を跳び越えられる?

 空を飛翔する勢いで、跳躍できる?


……人間なら……人だったら、それで十分過ぎるほどだっただろう。

 あっちの世界の人間に比べたら十分バケモンで、こっちの世界の人間に比べても上位レベル。


――でも、俺が闘うべき相手は≪神≫と、それ以上のバケモンどもだ――

 俺が、俺の周りのみんなを本気で守りたいと思っていたなら、俺は何を置いても≪異気≫のコントロールを――この身体を操ることを、優先しておかなければイケなかった――



 なんで、俺は可能性を見つめなかったんだろう?

 なんで、俺は自分で考えなかったんだろう?

 なんで、俺は答えが与えられるのを待っていたんだろう?

 なんで、俺はみんなに頼ってばっかりいたんだろう?

 なんで、俺は決意に見合う努力を怠ったんだろう?


――知ってる。

 俺はその理由を、もう知ってる。

 そして、その理由こそが俺の最大の過ちだったんだ――



 なんで、そんなにも人間であること・・・・・・・に恋々としてたんだろう――


――俺は、所詮、バケモン・・・・なのに。

 どうして、そんなにみんなと一緒が良かったんだろう?


 自明のことだったはずだ。

 俺自身、何度も自分に言い聞かせて来た。自分は怪物・・だ、って。

 だから、諦めて来たんじゃないか?


――だから、俺はみんなみたいな人間らしい・・・・・っていうすべてを棄てても――




 ―――




「……尚どの、ひとつ訊いてもいいでしょうか?」


――長双卿と別れて、三日目。進む一同の中、朱蝶どのが首だけで尚を振り返りました。

 昨日より四女どのに≪異気≫の繰り方の指導を願い、黙々と修練に励んでいた朱蝶どのが口を開いたのです。


 長双卿の事は誰も、話題に上せません。

 おそらく、どこかでみな、悟っていたからでしょう。

……もう、遅い、と。



――≪相柳神≫。


 尚とて聞いた憶えがあります。帝国初代、≪竜帝≫様が最も手を焼いた悪神。

 帝域を這いずり回り、その身体は触れるものを融かし、あらゆるものがその膚の触れた瞬間に蒸発する――


 治水業にて帝域を廻られていた≪竜帝≫様は女神の助力を得て、≪黄帝≫の遺された≪帝器≫――≪烏号おごう≫という弓を以って、討ち果たしたと聞き及びます。

……まさか、その女神がこの尚めが義妹たる十三女どのや四女どのとは思いもしませんでしたが……。


 ≪相柳神≫の身体より流れる血は大地を穢し、いくつもの深い谷を刻み、千仭の谷――東の≪無陵むりょう≫などは、かの≪神≫が身体を引きずった跡だとも申します。

 古い途の多くも、≪相柳神≫がその身を引きずった跡を、≪脩神≫や≪竜帝≫様が整えたものだと、申します。


――それでも、尚には信じられませなんだ。

 卿と、この尚めと、朱蝶どのは、かの皐山の≪神≫すら仕留め得たのです。


 あの時、尚めの袖を引く十三女どのが困ったような顔で、尚の頭の中に語りかけたのです――



――≪相柳≫は、何百歳も御坐で安穏としてた≪神≫とは違うの。……ほかの悪神とも違って、≪相柳≫は自ら御坐を降りた――



 量り得ない≪意≫がある、そう十三女どのは仰せになりました。



――ただでさえ、悪神に墜ちても在る事が適うような≪神≫は強いよ? 弱い悪神は消えて、強い悪神は御坐を奪うから、悪神は少ないの。≪相柳≫はその中でもとびきり強い。……うちらを棄てたほうが……――



 そう言ってから、卿を窺う義妹どの。

 その義妹どのに卿は、微笑みかけられたのです。

――だから、尚は長双卿に願いました。しかし……。



 みな、絶望していました。

 ゆえに尚も同じく望みを喪いかけておりました。そんな時、朱蝶どのが問われたのです――


「この状態をどう思います?」


 そう言うと朱蝶どのは、蛟どのが操る脚に運ばれながら、路傍にあった肌理の細かい砂岩質の大岩を己の自由となる左手の爪で引っ掻かれた。

 いや――、引っ掻いたのでは無く、岩の一部を握り取った・・・・・のです。それも、実に容易く。なんでも無い事のように――

 切り裂かれた岩には、五爪の痕が深く刻まれております。まるで粘土や泥の固まりを指で掬った跡のような、なめらかな痕跡。それはとてもひとの業では無く――


「俺は、≪異気≫で強化すれば身体のあらゆる部位が、同じような強度を持てるみたいです。…………ねえ、尚どの? ……俺があの時、これぐらいに≪異気≫を操れてれば、長双さんを独り残していくことは無かったんじゃないっすか……?」


 朱蝶どのは、御自身を嘲るような微笑を浮かべながら、尚めを振り返りました。

 その左掌から、握りつぶされて細かい砂へと変じた岩だったものが、さらさらと零れ落ちました。


……尚には、何も言えません。

 言えるわけが無いのです。尚は何も出来なかったのですから……。



「……ねえ、尚どの。俺はもっと早くに、ちゃんと、ひとを辞めておくべきだったんですね?」


 何か、何かを言わねばならぬのに、尚の咽喉は固まってしまっていました――


――そう言った朱蝶どのの顔が、あまりに恐ろしかったから……。



 そして、尚は後から後悔する事になるのです。

 なぜ、何も言えなかったのか、と。




 ――――




 僅か一日半。たった一日半で、俺は≪異気≫によって身体を強化する方法を覚えた。

 身体を強化してる間、俺は≪異気≫を広域展開時の三分の二ほどの大きさまで圧縮できることもわかった。およそ、全体量の三分の一ほどで身体を強化している計算だ。

 その過程で、俺は≪異気≫の性質も少しずつ理解するようになった。


 ≪異気≫ってのはつくづく便利だ。

 自在に形を変えられるし、物質にもエネルギーにも干渉できる。ただ、物質に干渉する為にはかなり高密度にしないといけない。

 だから、ふつうに何かを壊すなら身体や物を媒介にしたほうが便利だ。


……俺が、もっと早くこのことに気づいていれば、≪相柳≫とやらの長距離射撃も防げたかもしれない。


 ツァンが言ってたように、≪異気≫には限りがある。どんなにデカい≪異気≫でも、最大領域が決まってる。

 決まった質量がある、そう言い換えてもイイかもしれない。

 ふつうに拡げてしまうと半球状だけど、地面と平行に薄く平面状に伸ばせば、かなり遠くまで探ることができるし、立体的にしようと思えば空を衝く円柱型にもできる。


 もう少し訓練すれば、≪相柳≫がやってたみたく、紐状にもできるはずだ。


 ≪気≫にはそこまでの随意性は無い。

 ≪気≫っていうのは世界を覆うぐらいに全部つながってるから、なかなか引き千切って従えて形を変化させることは難しいみたいだ。

 ≪気≫を纏うっていうのは、つまり、≪気≫の一部の機能を借りてるようなもの。


 おそらく、≪気≫を一部分だけでも凝縮することができれば、物質的に扱うことも可能だろう。

 でも、それは非効率だ。

 ≪異気≫も凝り固めれば、物質的に扱えることがわかった。でも、それならその本来の性質通り、≪つなぐ≫――身体密度を上げることに集中したほうがイイ。


……だけど、≪異気≫は相手の≪異気≫にも作用できる。

 もし、相手の≪異気≫よりも圧縮度を上げた状態でぶつけあえば、俺が相手の≪異気≫に圧し負ける可能性は低くなるだろう。

 これは試してみる価値がある。


 つまり、≪異気≫で身体を強化しつつ、残りのだらしなく拡がってしまっている三分の二ほどの≪異気≫を圧縮して、密度を上げる。

 俺が今まで自分の≪異気≫をコントロールする時に思い描いていたのは、地上に描かれた巨大な円。およそ80キロメートルっていうのは≪異気≫の接地面の直径だ。

 俺の≪異気≫にはさらに高さがある。……つまり、質量の問題で言えば、四姐の≪異気≫の倍どころじゃない。


 ちなみに、四姐の≪異気≫は拡げるとキレイな半球状になっているようだけど、俺の≪異気≫はちょっと背の低いドーム状だ。

 背が低いと言っても、四姐の≪異気≫よりは高く、比較対象が近くに無いから今いちわからないけど、周囲にあるどんな山よりも高そう。

 ≪異気≫自体はどうやら、球形を保とうとする性質があるらしい。俺が切断した≪相柳≫の≪異気≫がそうだった。



 ≪異気≫を知り、操ることに熟練する為の作業を進めると同時に、≪相柳≫のことも十三女から教えて貰う。


『……≪相柳≫の強みは、なんと言っても膚だよ。でも、四姐とは違うの』


「違う?」


『四姐は単純に堅いだけ。≪相柳≫は触れるものをみーんな融かす。……四姐ぐらいの膚の強さが無いと、触れもしないよ? それに……』


 言いよどんだ、十三女を俺は顎をしゃくって促した。


『……三百歳前は、あんな攻め方してこなかったよ。……たぶん、≪竜帝≫に射られて学んだんだと思う……』


「弱点は?」


『……≪相柳≫は九つの首を持つの。だから頭部、そして頸を狙えば。≪竜帝≫も額を射ていたし……』


「攻撃手段は?」


『……基本的には、近づいて四肢を使うよ。触れるだけで、相手を融かせるからね……でも、今はわからないよ?』


「いや、十分だ」


 思考を巡らせる俺に、十三女は少しだけ表情を変えた。


『…………義兄さん?』



 怯える十三女の問いかけは俺の耳に届いても、脳には入らなかった――

 だから、俺はシュミレーションに没頭する。

……それに、長双さんが簡単にヤラれるわけ無いじゃないか。

 生きてるに決まってるさ。ひょっこり、いつもみたいに笑いながら「参りましたよ」なんて言いながら、現れるに決まってる。



――そんな妄想を、思い描きながら。


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