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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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二十一、≪相柳神≫(一)――長双と悪神――

「義兄さん、起きたー?」


「……義兄違う」


 横向きに倒れた俺の顔を四つん這いになった、十三女と四姐が覗き込んでる。


え!!」


「それも違う」


 言いながら俺は上体を起こす。

 まずは≪異気≫のエネルギーの過剰摂取を抑える。俺はイップスか何か知らないけど、今までエネルギーの獲得効率を抑えることができてたはずなんだ。

 動き回ろうとする≪異気≫を押さえつける。いつもより、すんなり≪異気≫が俺に従う気がするのは、気のせいじゃ無いと思う。≪異気≫が集めるエネルギーが減ってくのが如実にわかる。

……でも、≪異気≫が勝手にむちゃくちゃ集めまくったせいなのか、俺の身体の中のエネルギー保有量はおそらく過去最大。だいたい、幽霊五万人ぶんくらい?


(……七万と言ったところだ。大きく違う)


……訂正。七万人ぶんくらい。師匠厳しいわー。

 でも幽霊六万人ぶん近くも増えてる……俺が現在≪異気≫を拡げてしまっている範囲には、南鄙も含まれるっぽいけど、影響は無いだろうか?

 というか、すぐ傍にいる四姐のエネルギー量がスゲー減ってないっすか?


『小さいほうの悪神が、お前を≪帝≫の巫器・・によって蘇らせた時に、大きく消耗したようだ』


(鬼にして、三十万ほどまで嵩が減っている)


 蛟とツァン師匠の疲れた声。

 十三女が俺を蘇らせた? おひい様じゃ無かったのか。……でも、なんでそれで四姐の力が減るの?

 座る俺がふたりの悪神の顔を見ながら首を捻ってると、上から声をかけられた。


「朱蝶どの。大事なさそうで何よりです。蘇ったばかりで心苦しいのですが、とりあえず≪異気≫を収めましょうか?」


 見上げれば、長双さんが微笑んでる。

 その横では尚が「あわわ」って言ってる。


「朱蝶どの! おかしなところはありませぬか? ご無事なのですか?」


「大丈夫ですよ、尚どの。……そうですね……とりあえず、長双さんの言う通り≪異気≫を……」


 ≪異気≫を折り畳もうとして、ちょっと疑問。

 俺の心の中には既に、思い出とか記憶とかがいっぱい入ってる。

 そこに≪異気≫なんてモンをぶっこんで大丈夫か?


――できない。

 わかる。俺にはわかるんだ。

 ≪閉神の術≫ってのは人間の技術体系だ。≪異気≫を身体で操るヤツのことを考えて造ってあるわけがない。


 でも、実際、過剰摂取は抑えてるけど、ちょっとずつ≪異気≫が力を集めてるし……相変わらず、俺の≪異気≫めっさデカいし。

 確かにこのままじゃ、そのうちなんか悪さしそうな……あれ?


(――朱蝶!)


 ツァン師匠が警戒を発してる。

 ≪異気≫の中を高速で飛来してくる物体があるからだ。

 それは俺の≪異気≫――たぶん俺を中心に80キロメートルぐらいのいびつな円を描くそれの外――東の方向から、中へと入り込みそのまま真っ直ぐ俺たちに向かって来る。

……俺は近づいてくる物体――小さな粒を捕まえようと、≪異気≫を操る。

 失敗した。早い上に小さいから、巧く捕えられない――


(網だ、網のように展開せよ!)


「朱蝶どの? ……」


 俺とツァン師匠に次いで気がついたのは長双さん。

 飛来する物体のほうを目を細めて窺ってる。

 十三女も四姐も今は≪異気≫を拡げてないし、拡げてても遠すぎてわからないはず。


「何か――飛んでくる」


 ぐんぐん近づいてくるそれを捕える為に、俺は≪異気≫の一部を壁のように展開する――

 だけど、それも突破された。


「何か?」


 遅れて、四姐が≪異気≫を展開したのがわかった。

 だけど、それが俺の≪異気≫の作業の邪魔になる。

 俺が造った≪異気≫の壁がまたひとつ突破された――


(≪異気≫の紐が付いておる! 断て!)


――そう、それ・・には細長い≪異気≫の尻尾が付いてる。

 40キロ以上も先から伸びる細長い糸みたいな≪異気≫。

 俺はそれを自分の≪異気≫で掴み取る。


 だけど、俺が紐を掴む前に、俺が最後に作った≪異気≫の壁や、四姐の≪異気≫すらも突破して、飛来するそれ・・が音速で十三女を貫いた。

 遅れて届く、大気を切り裂く衝撃波と音。十三女の鎖骨の少し上にぽっかり空いた3センチほどの穴――


「――ひゅっ」


 十三女の首から、空気と音と血が溢れる。


いも――っ!!」


 四姐の叫びに十三女は、手を軽く振り、傷口を抑える。

 どうやら声が出ないらしい。でも、悪神だからなのか致命傷では無いらしく、首の下を抑えながら東――それが飛んで来た方角を睨む。


――超長距離射撃?

 何を飛ばしたのかはわからないけど、≪異気≫を細く伸ばして着弾点をコントロールしたのか?


――東側の俺の≪異気≫が圧される感触。

 何か・・が俺の≪異気≫を、≪異気≫で押し退けながら近づいてくる。



『≪相柳≫だよー』


 気の抜けた声が、俺の頭の中に直接響いた。

 十三女を見れば、咽喉元に手をやりながら頷いてくる。テレパシーか?


いも、間違いねえか?」


 緊張した面持ちの四姐が問い返す。

 どうやら、十三女のテレパシーは俺だけを対象としたものじゃ無いみたいだ。


『九分九厘間違い無いと思うよー。傷口が融けていってるからー』


 簡単に言うけど、お前大丈夫?

 人間だったら、かなりの重傷の上に、キズが融けてるって……。


「義妹どの?!」


『尚姐、心配無用だよー。傷口を小蟲に食わせて洗ってるからー。……でも、祝詛は上げられないよー。これで≪相柳≫の相手は無理ー』


 慌てる尚に十三女が哀しそうに眉根を寄せる。

 思いのほか無事そうで何よりだし、突っ込みどころは多いけど、大丈夫なら大丈夫で訊かなきゃいけないことがある。


「≪相柳≫って?」


(――朱蝶! もう一度だ!!)


――俺の質問と、それ・・の発射が重なった――

 二撃目。どうする? いや。対処方法はわかる。


 俺の≪異気≫を割って入ってくる何か――それに繋がってる≪異気≫の紐を断ち切りにかかる。

 その紐の左右から、俺の身体を支点に上下に僅かなズレをつけて俺の≪異気≫の両サイドを擦り合わせる。「ハサミの原理」だ。

 せん断力が通用してくれてよかった。≪相柳≫とやらの≪異気≫の紐は、断たれた両端がそれぞれ、と≪異気≫の大本へと収束していく。

 弾へと向かったほうの切れ端は、音速で飛翔している弾に追いつくと、それを巻き込んで球状になって停止した。


『≪相柳≫は≪水帝≫の眷属の悪神だよー。自分の体液に触れたものを融かすんだよー。うちら姉妹を狙ってるのー。うちと四姐は三百歳前に一度、争った事があるけど厄介だねー』


 そう言う十三女の咽喉元には、最初に放たれた弾に付いてた紐みたいな≪異気≫がまだ付着してる。

 俺はそれも、同じく「ハサミの原理」で断ち切った――


「ほう」


 感心したような長双さんの声。


――俺の≪異気≫を押しのける≪異気≫の本体――≪相柳≫の進行速度が上昇する。

 もの凄い勢いでこっちへと向かって来る。

 着けた指標マーカーを切られて慌ててるのかもしれない。


 なんだ? このふざけた速度は?

 どんどん俺の≪異気≫を押しのけて這入り込んで来る――

――この速度なら、ものの10分ほどでここまで……。

 

「朱蝶どの、尚どの、ふた柱を背負い国都を目指し駆けて下さい。私は姫様と龍どのへ急を報せ、後を追います」


 目を細めて東を眺めていた長双さんからの指示。確かにふたりの悪神は今、戦闘可能な状態じゃ無い。

 四姐は両脚が使いもんにならなくてまともに立てないし、十三女は得意の呪文が使えない。

 だけど……。


「長双さん、俺は今、≪異気≫を収納できない!」


 俺は気づいてる。この≪異気≫を俺の記憶や思い出が詰まってるあそこ――心の中に収納すれば、≪異気≫は俺のぜんぶを呑み込んでしまう。

 俺が俺じゃなくなっちまう。


 でもこのままだと、俺が拡げた≪異気≫を追って≪相柳≫ってのが迫ってくる可能性がある。

 長双さんの決断は早かった――


「では、私が足止めをしましょう。おふたりは国都へと――」


(無理だ――)


 ツァンに同意!


「無理です! 長双さん!」


 俺の≪異気≫を押しのけて侵入して来た存在――≪相柳≫。

 コイツの≪異気≫は全体がまだわからないぐらいデカい。たぶん、四姐よりもデカい。

 長双さんといえども、独りじゃ無理だ!


「ご心配無く」


 朗らかに微笑む長双さんに俺は首を振る。


「じゃあ、俺も残ります。尚どのは、ふたりを担いで――」


「御冗談を。この尚めが、逃げるとお思いですか?」


 尚が大斧を振り回した。


『尚姐、逃げたほうがいいよー。≪相柳≫は強いから、うちら姉妹のうち六柱と≪竜帝≫の力があって初めて倒せたんだよー? ≪竜眼≫持ちがいるか、うちが祝詛を上げられるならともかく、今のままじゃ束になっても無理だよー』


 確かに、呪文を使えるヤツ――回復役がいないとキツそう。

 俺の中の三人の巫祝は?


(我らにそのような才気は……)


「――それでもっ!!」


「――私の異名を知っているでしょうっ!」



――≪雷名≫。

 その人が今、怒鳴っていた。俺と尚の身体が硬直するほどの怒声。

 初めて聴いた怒鳴り声。


――そして、微笑む。


「遠見するに、時はありません。……さあ、朱蝶どの、尚どの」


――俺は首を横に振った。イヤだ。


「……蛟どの。頼めますか?」


『……承知した』


 長双さんの言葉を受けて、俺の中で蛟の気配が大きくなる。

 待て。待てよ、蛟。俺の身体だろ? そんなに簡単に――


「――待てって!」


 四姐を竜と化した右腕で抱え上げると、蛟が俺の身体で駆け出す。


「尚どのも。さあ!」


 長双さんらしくない強い語気。尚も迷ってるらしい。

 尚の袖を引く、十三女。その顔を見て、尚が決意した。


――尚も、何か呟いてから長双さんに頭を下げて、十三女を抱え上げると俺の身体の脚を含めた七割を操る蛟へと追随した――


「――長双さん!!」


 俺は自分の思い通りになる、首から上で振り返って長双さんを見る――

 長双さんは微笑んでた。




 〓〓〓




「さて……」


 長双は駆け出した。

 ≪気≫のゆがみを見て取れば、≪相柳神≫の位置はわかる。そこへと長双は駆ける。


――≪相柳神≫。

 かつて≪竜帝≫と争ったという、伝説の悪神。

 帝国に生きる者ならば、誰もが知る伝承――


 伝承が真ならば、勝ち目は無い。

 朱蝶と尚が居たとしても、勝ち得る道理は無いだろう。

 だが、長双独りならば時を稼ぐ程度の事は叶うかもしれない――



『――なんで、うちと四姐を見捨て無かったの……?』


 長双の頭の中に響いたのは、≪女神のはらわた≫十三女からの念話。


「……尚どのの義妹どのと、朱蝶どのが己が身を呈して庇われた方を見殺しには出来ないでしょう?」


『…………』


「それでは、十三女様。≪相柳神≫の事を出来る限り詳しくお聞かせ願えませんか?」


『…………姉妹以外との念話は、そう遠くまで使えないけど、出来る限り』



――長双は独り、駆けながら微笑んでいた――





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