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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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二十、拝啓、精神世界から


――俺の身体がへにゃりって倒れた。


 広ーい俺の心(?)の、高ーい天井にぐらりと揺れる視界が映ってる。

 天井……っていうのは不正確。


 だってこん中に上下左右の区別が無い。

 というか、今の俺に上下左右の区別が無い。

 人間だった頃に誰かが「主体の認識方法が変われば、世界が変わる」って言ってたけど、これはそれ以上だ。


 確かに、高速で走る車やジェットコースーター、荒波に揺られる船舶や一方向にGのかかるコーヒーカップなんかに乗ったあとは、地面が揺れてるように感じたり、逆に乗ってる時に酔ったりするモンだけど。

 認識手段に偏向をかける――身体感覚や手段の拡張や精密化っていうのは、向こうの世界じゃかなり一般的だった。

 別に、SFの中のサイボーグの話だけじゃない。


 例えば、道路に始まる様々な交通手段。あれは、脚の機能拡張だとも言える。

 顕微鏡や望遠鏡なんか視覚領域拡張そのものだし、電話だって聴覚拡張とも言えるのかもしれない。

 脳機能の一部――記憶や情報をネットやマイパソコン、スマートフォンやクラウドに依存することも一般的だった。


 現代人なら、誰でもどこかで認識してる。

 肉眼では見えないけども、空中には様々な微小な粒子が漂っているし、見えない電波が飛びまくってる。皮膚が肌色に見えるのはその下の血管を流れる血が赤いせいだ。

 電車に乗れば、何分ぐらいで数十キロ先の場所に行けるし、待ち合わせに遅れそうなら電話をかければイイ。


 考えてみれば、現代に限ったことじゃなくて、近代や中世、果ては古代でもそーゆうのは、一般的とは言い難くても行われてたはずだ。

 すべての道はローマにつながってたわけだし、伝統的な職人さんは愛用の道具を自分の身体の一部みたいに使うって言うし。

 平安末期以降に台頭した武士が、戦国期を経て急に「刀は武士の魂」とかちょっとイッちゃってること言い出したのは、それが戦闘手段の拡張および強化――刀が身体の一部だった、ってことだろう。


……身体的な手段であったはずの「日本刀」が、≪魂≫って呼ばれるのはどこか本末転倒な気もするけど……。

 いや、でもそれで合ってると思う。

 だって、人間の身体のほうが、そういう物質よりも変化し易いんだから。


 いや、モチロン、クソもミソも一緒にするようなこたぁ言えない。

 どう考えたって、パソコンが液晶画面に出力する画像と、一万年前の誰かが洞窟の壁に残した壁画はレベル違う。

 写実性以上の溝がそこにはある。たぶん、それこそそれらを造った人間の頭の中・・・に。


 で、頭ん中のから産み出された文明の利器が、今度は人間を変える――



……ということで、俺の現状もそんなに突拍子の無い話じゃない気がしてきた。

 いわゆる「あるある」です。

 そう、「あるあるー」みたいな?


 いや、蝶とか、鬼――幽霊とか、バケモンになってた時、ふつうに受け容れてた俺スゲーな。

 確かに蝶の時はずっとそれだったから受け容れるしかなかったし、鬼になった時は「蝶で死んだ」って思ってた直後だったからいろいろと考えなきゃいけなかったし、≪神怪≫になった時はそりゃもう必死だったし、起きてからはもろもろ状況が変化してて、長双さんは捕まってるわ、龍は生きてるわ、おひい様は暴れるわ、尚が俺をペット扱いするわ……。



――ここに至って、またひとつ、はっきりしたことがある。

 引き篭もってる時のほうが頭働く。

 いや、正確には頭部無いから、頭じゃねーとは思うんだけど。むしろ、この世界では頭部しか無い、と言うべきなのかもしれない。


 まあ、とにかく、その阿呆を自任してる俺にしてはキレる思考を頼ってみると。

 俺はやっぱ知らないうちに、なんか≪世界の法則ルール≫と、バケモンの俺に繋がってるらしいさらなる≪化けモン≫になんとなく影響を受けてたわけだ。


……決して、龍の身体借りたりだとか、蛟に身体譲られて久々に人間っぽい身体手に入れて、ブルッてたわけじゃない……。

 元引き篭もりだから、人間生活がちょっとキツかったとか、反社会的なクズってる≪魂≫を持ってたからではない!

 引き篭もってる時のほうが、安心してられる……とかじゃあ無いっ!!


……でも、これからはちょいちょい引き篭もろう。……いや、別にみんなが嫌いなわけじゃなくて、逃げるとかでもなくて、……こう、なんつーか思考力? の問題? 的な?

 まあ……これぐらいで、俺の良心へと用意する言い訳は大丈夫だろう……。



 さて、じゃあこれからどうするか?

……皆目、見当がつかん。


 例えば、試しにココから出てみるとする。

 ≪異気≫に呑まれます、からのー≪死≫。濃厚。超、濃厚。


 よく無い。いや、案外簡単に身体の主導権を取り戻せたりする可能性はある。

 さっきから、天井(仮)に映し出される視界に乾いた泥の地面が映ってるとこを見ると、どうやら、おじさんが主導権を手放したみたいだし。

 しっかし、考えてみればおじさんが俺に「身体を譲る」って言えば、蛟の時みたいに俺が身体を取り戻せたんじゃねーのか?


 おじさん、ミスったのか? 凡ミスなのか? おじさんのミスのせいで俺はここから出れねえのか?

……うーん、あのおじさんのことはよく知らないけど、あんまり凡ミスするようには思えなかったなあ。

 譲れない理由があったのか?



――僥倖――



 おじさんはそう言ってた。

 つまり、これはおじさんにも想定外のこと。でも、タイミングとしては最高ってことなんだろう。

 おじさんの言葉が本当なら、俺から「奪われてたもの」を取り戻す為だったんだろうね。


 この状態――≪閉神≫なら、俺に介入しようとする≪世界の法則ルール≫やら、≪化けモン≫やらから口出しされない、と。


 というか、そもそも身体の主導権をなんで、おじさんが握れたのかが疑問。

 あと、蛟がこの身体の頭が再生された後でなんで出ばって来なかったのかも疑問。

 もっと言うと、身体の「主導権」って何? って話。


 確かにこの世界での言葉は「重い」。

 巫術を使う為の呪文だって、ちょっと漢字の多いふつうの帝語だけど、ちゃんと効果を発揮する。

 やっぱり、≪意≫ってヤツか? あれが関係あると考えるのが妥当なのか? ≪白帝≫は『クオリア』と似てるのかもしんねえとか言ってたけど。



……ひとつの仮説。


 おじさんは本人が言うように、たぶんだけど「死んだ人」だ。だから、この身体とちゃんとした『繋がりリンク』が築けなかった、とか?

 俺の中の幽霊たちも、この身体を乗っ取ることはできなかったし……一度、右腕に顔が浮き出たのにはびっくりしたけど。

 あれは「乗っ取る」って言うよりか、身体を「壊す」に近い感覚だったように思うし。


 その仮説で行けば、蛟が俺に身体を譲った後もちょくちょく干渉できた理由も説明できる気がする。

 そう、蛟は実は≪死≫んで無い。≪異気≫に侵食されてる時に俺に身体を譲ったから、正確には≪死≫んで無い。

 かつ、ヤツは竜だ。おひい様曰く、竜は不思議な能力を持ってる。


 身体の組成を変える、っていうヤツ。

 おひい様は、≪神竜≫とやらに至っては他人の身体を自分のものにするって言ってたし。


……あれ? でも、おひい様は俺も似たような能力持ってるって言って無かった?

 そしたらなんで今回は≪異気≫を操れなかったんだろ?

 やっぱ、死亡判定出てたってこと?


――どっちかって言うと、俺の仮説に従えば、おじさんが『繋がりリンク』を構築できなかったみたいに、俺もそれに失敗した、とか?

 そう言えば、初対面の時、おひい様は言ってた。



――尸鬼とは、死してのちの鬼が己がむくろを操るものを指す――



 そう、自分の身体・・・・・を操っていても、尸鬼ってのは、生き返ったことにはならないらしい。

 つまり、どういう理屈かはわかんないけど、一回死亡判定出ちゃうと、無理っぽい。



…………あれ、俺、詰んでね?


 いや、でも俺には特殊能力があるらしいし……。

 おひい様の口ぶりからすると、かなーり稀少な能力っぽいし! 何より≪神竜≫! ≪神≫と付く≪竜≫の能力っすもんね?

 大丈夫っしょ! ……≪神竜≫の能力と似てるだけ、だけど……。

……あと……使い方わかんねーー……。


 うそ? 俺、ずっと引き篭もり生活?

 慣れてはいるけどさあ……。居心地も悪く無いし……。


 待て、諦めるには早い気がする。

 龍はたぶん、一回、死亡判定出てる。

 でも、おひい様、生き返らせた!


 俺、おひい様、待つ。正解。

……よし! 不確実な希望を頼りに引き篭もろー。


 おじさんもココにいっぱい置いとけ、って言ってたし記憶とか思い出とラインを残しつつ、外に出れるようにしよう。

 あれだ、人事を尽くして、おひい様を待つ、的な?


 問題はラインをどう残すか、だけど。意外と簡単にできそうな気がする。

 現在、俺には上下左右が無い。もっと言うと、頭部も胴部も末端部も、クソもミソも無い。

……よくよく考えれば、超、不思議。


 こんだけ、不思議だともうアレなんじゃないでしょうか?

 こう、この状態――≪魂≫的な何かの一部を伸ばすこともできるんじゃないでしょうか?


 向こうの世界では≪魂≫のとか、言ってたもんね。

 幽体離脱エクトプラズムを撮影したって言う写真とかも、だいたい≪魂≫っぽい靄の先っぽが身体や、口とつながってたしね。

……あれは、ほとんど捏造だった気もするけど、まあそれは置いといて。


 俺は自分に長ーいしっぽを生やすイメージ。

 お、なんか伸びてる気がする。

 その先が、孤を描く輝きのひとつに触れた――



――己は、朱蝶どのと別れとうありませぬ。しかし、朱蝶どのが、帰りたい、と仰せになるのであれば、この一生を――一命を賭けます――



 真剣な眼差しが、今の俺を射てくる。

 俺は固まる。しっぽがそのまま停止する。

……そのまま、ちょっと早送りしたみたいに時間が流れたかと思えば、



――己は悔いを残したくありませぬ。むしろ、帰りたい、と願われる朱蝶どのを引き留めたほうが、悔いるでしょう――



 そう強がる、龍のぎこちない顔。

 それが、俺の中を駆け廻った。


――うん。知ってるさ。

 お前がそういうヤツだから、俺はおちおち引き篭もってもいられないんだ。

 お前を≪死≫なせたくないから、俺はやっぱり居心地のイイ、ココからも出るんだろうさ。


 利他行為――自己犠牲ってのは向こうの世界で一番有名な神様が好きなことなんだってさ。

 でもな、俺は他人にソレをやられるのが結構キラいだ。


 英雄的行為で満たされてんのはお前だろ? そう、言いたくなる。

 不特定多数の誰かを救って、自分の値段まで上げたつもりか、って。

 俺はクズだからな。


――でも、俺は知ってるんだ。

 この世界では言葉が「重い」。

 龍だって、それを知ってて矛盾をはらんだ顔で矛盾を纏ったその言葉を吐いた。


――別れたくない。……でも、俺が望むなら、命を賭ける。


 バカな野郎だ。まったく、けしからん。

 簡単に「命賭ける」とか言うんじゃ無いよ。


……お前が≪死≫んだら、俺が≪死≫ぬわ。

 俺の中の構成分――オネエさんとか、お兄さんとか、いろいろあるけど。

 たぶん、一番大事なとこが≪死≫ぬ。


 一回、≪死≫んだと思ったから余計にわかる。

 お前が≪死≫んだ後の俺は、使いモンにならねー。

 長双さんが壊れちゃったと、思ったぐらいだし。


――俺は知ってる。壊れてたのは俺のほうだ。

 だから、長双さんが壊れちゃったと思っても、すんなり受け容れちまった。

 自分も壊れてるんだから、みんなだって壊れるでしょ? みたいな感じだ。


 そうやってキズをナメ合いたかっただけだ。

 そうやって誰かに、状況に寄りかかりたかっただけだ。

……俺は≪魂≫の底、根っこまでクズなんだろうさ。


 だから、俺はお前の為なら自己犠牲でもなんでもしてやろうと思う。

 俺の値段は鰻上りさ。だって、クズの俺が、俺の良心を救えるんだから。

 ソイツは俺の自己満足。いくらでも開き直ってやる。


――だから、泣きそうな顔してんじゃねえ。

 俺が、俺の自己満足を満たす為だけに――



――その時。


 どの思い出たちよりも輝く粒が、俺の前にすぅっと降ってきた。

 俺の想いの欠片が流星みたいに上へ上へと尾を引く――


 浮上。

 この感覚は経験したことある。

 同時に、俺の心(?)の絞り口の隙間から≪糸≫みたいなもんが侵入してくる。


 侵入とは言いつつも、イヤな感じはしない。

 そして、それは俺に触れた――


……俺はしっぽを残す。ココに繋がるそれを残しておけば、きっと大丈夫。



――だけど、ちょっと早くない?


 俺は文句を垂れながら身体の表層へと浮上する――



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