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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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十九、朱蝶、おじさんと話す

 俺の身体が展開する≪異気≫に巻き込まれる俺。


――あれ、このままじゃ俺エネルギーとして消費されちゃうんじゃない?

 身体に戻っても、消えちゃうんじゃない?


 いや、待てよ。俺は一度、この≪異気≫を手なずけてるんだから、また仕舞っちゃえばいいんじゃないか?

 こう、心を使って折り畳む感じで……


――できねえ!


 なんでだ?

 身体の主導権失っちまったからか?

 そういや俺が初めて≪異気≫を仕舞い込んだ時って、蛟に身体を譲られた後だったけど!



(朱蝶、いるな? ≪意≫を強く保て)


 身体に引き戻されるなり、渋い声が聞こえた。

 なんか「気をしっかり持て」みたいに言われても、どうすればイイのか全然わかんねーっ!!


 そうこうしてるうちに、俺の何かが消えていく感じがする。


『なんだ? いったい何が消えてるんだ?』


(まだ、消えてはいないはずだ。……これは考えてみれば、僥倖だ。…………考えよ。考えるのだ。……≪死≫とはなんだ?)


 なんか、渋い声でジェ○イ・マスターみたいなこと言い出したぞ。

 あれは「感じろ」だったけど。


『えーーと……それ、今じゃないとダメっすか? なんか記憶的なものが消えていってるような気がするんすけど?』


 記憶だけじゃなくもろもろ消えて行ってる気がするんすけど……。

 考えてる時間とかあるの?


(記憶は消えているわけではない。≪●≫に引きずられているだけだ。……だからこそ、今なのだ)


 だからこそ・・・・・の意味がちっともわかんねーけど……。

 うーん、だけど打つ手も無いしなあ……。



――≪死≫、ねえ。≪死≫、かあ。


 俺はこの世界に来てから何回、≪死≫んだんだろ?

 龍に潰されたのは、あれは≪死≫だと言えるのか? 龍が腹を貫かれた時、俺も鬼――幽霊になってたけど、あれは≪死≫だったのか?

 もうひとつ、俺の人間としての生は終わってるはずだ。でも、その時の記憶は無い。

 だから、どれにも、≪死≫ぬっていう実感は伴って無かった。


 そもそも、こっちの世界は≪死≫っていうのが曖昧だ。

 四姐とか十三女、≪白帝≫なんかは千年越えで生きてるらしいし。


……いや。あいつら本当に生きてるって言えるのか?

 四姐はなんか食ってるらしいけど、それは≪喰う≫ってことらしいし……。十三女も食事してるから、代謝はあるのか?

 悪神のふたりは置いといたとしても、≪白帝≫は元・人間だったとか聴いたような……。

 でも、≪崑崙≫ってところは時間から切り離されてる的なことも言ってたし、あそこに居れば≪死≫なないのか?


 そういや、≪白帝≫はどんなモンの身体も頭部と胴部と末端部に別れるとか言ってたな。

……たぶん、≪神≫でさえもそうなんだ。皐山の≪神≫も、蛟が頸骨握り潰したら動かなくなったし。

 悪神もそうなのかもしれない。四姐の弱点が頸なんだし。


……あれ? ってことは俺は今回、マジで≪死≫んだんじゃねーの? アウト?

 いや、でもあれか。幽霊状態だから、ノーカン?

 俺がこの身体の主導権を握ってた時、俺の中にいた幽霊たちは元気過ぎて≪死≫んでるって感じが少しもしなかった。



――っていうか、アレだな。違うな、コレ。

 たぶん、そういうことじゃ無い。そういうことなのかもしれないけど、そっちからは答え出ない気がする。

 違うアプローチが必要。勘だけど。


 だいぶ、≪異気≫にヤラれちゃって俺なんか小さくなってる気がするけど、思いのほか冷静に考えられるな。あれか? ≪大荒≫なんかに行ったからか?



……俺はこっちの世界に来てから何度か≪死≫にかけて、何度も≪死≫ぬ思いしたけど、一番はやっぱあの≪大荒≫だ。

 あそこには、なーんも無かった。

 向こうの世界でさえ、あんな無機質な場所は多く無いだろう。

 ≪魂≫の真空って感じかな? 生命の気配が一個も無え。


――ただ、ひとつあそこにあったのは…………。



『奪われる、って言う実感。……それが一番近い気がする……』


(ふむ)


 そう言えば、この状況はあの時に似てる。

 消えていくあらゆる手応え。五官なんか無いし、俺の境界も曖昧になっている気がする。

 考えてるから、俺は存在してる?


 ナマ温っ!! 思考は本来、電気信号だ!

 意識は連続性を保つ為の脳の機能だ! その脳を喪っちまった俺はどうなる?

 今の俺こそが残りカスなんじゃねーのか? って思う。


 仄暗い口を開けてるのはパラドクス。じゃあ、幽霊の俺の≪魂≫は? この世界の鬼って何?

……うーん、謎。


 でも、ちょっとだけわかるのは、この世界の鬼っていうのも何かの≪存在≫なんだ、ってこと。

 五官こそ無いけど、身体じゃないひと塊の≪俺≫っていうものを意識できるから。

 考えてみれば、鬼や≪魂≫をエネルギーとして扱えるってことは、そういうことなんじゃないだろうか?

 そして、それに触れる・・・ことができるのは≪気≫のたぐいだけ。


 つまり、あれだ。現在、幽霊の俺は身体未満の≪存在≫によって構成されてる、ってこと。


 自己認識以前ア・プリオリに俺には≪魂≫が与えられてるなんてこと、口が裂けても言えない。

 俺はその辺、謙虚だと思う。≪魂≫ってのは、きっと後天的ア・ポステリオリなモンだ。


――俺が俺として選んだ結果。それが俺の≪魂≫。


……なんか、謙虚じゃ無い気もするけど、まあイイとしよう。


 つまり、身体未満――物質未満の≪存在≫――の俺の≪魂≫が在るからこそ、奪われる実感も在る。

 唯物論みたいだけど、なんか違うような気もする。

 いや、結局、イデア論だとか実在論だとかを突き詰めると、その≪存在≫の消失が関わってくるわけで。

 問題は、身体未満の≪存在≫が在っても、それが永続的なものでは無いってところなんだ。……たぶん。



…………自分で考えててよくわかんなくなってきたけど、アレだ。


『俺は、今も、なんかしらの形で≪いる≫ってことだ。……つまり、今の俺が奪われ尽くしたら≪死≫ぬんじゃない?』


 単純に言葉にすれば≪魂≫の消失点ヴァニッシング・ポイント――無限遠点が≪死≫だ。

 なんか、昔の中国のエラい人も言ってた気がする。


――まだ、生き切ってねーのに、≪死≫ぬことなんか、わかるわきゃねーだろ!! ……的なことを……。


……なんか、違う気もするけど。そんな感じだったと思う。……たぶん。



(ふふ、……ならば、奪い返す事も適うとは思わぬか?)


 渋い声のおじさんが、渋い声に似合わない愉快そうな笑い声でそう言った。


『は?』


 俺には意味がわからない。説明、お願いしたい。


(貴様は、鬼であっても確かに在るのだろう? ……ならば、鬼として、鬼のままに奪い得るのでは無いか? 己が記憶、己が≪意≫、そして己が≪権≫を)


『≪権≫……権利ってことっすか? でも、俺が権利とか奪われた憶え無いんすけど?』


 ついでに、≪意≫とか記憶とかも……いや、記憶は確かに時々曖昧になってる気がする。

 あの≪生首≫のこととか、かなり長い間忘れてたし。

……こっちの世界に来てから記憶力は良くなってたのに、考えてみればおかしい。

 いや、記憶力が向上してる時点でおかしいんだけど。


(消えかけている今ならば、わかるだろう。≪≫も、もうひとつ・・・・・も、今は貴様を引き寄せる事に関心を注いでいる。ゆえに僥倖なのだ)


 相変わらず言ってる意味はわかんねーけど、このチャンスは逃せないってことかな?


『――どーすりゃイイっすか?』


 俺の言葉に、おじさんが微笑む気配がした――


(――思い浮かべ、それに蓋をせよ。仕舞い込め。貴様のに貴様のすべてを込めるのだ)


 器――器?

 皿に盛ってラップする感じか?

……って器って何?!


(貴様はこれほどの≪異気≫をどこに仕舞い込んでいた?)


 どこ? そうだ、どこに俺はこんだけのモン仕舞ってたんだ?

……たぶん、身体の中だと思ってたけど、違うの? それがなのか?


(畳め、己を畳んでそこに閉じ込めろ!)



 そうか――

 ≪異気≫を畳んで収納する要領だな!!

 できる、できる気がする!



――俺は思い返す。産まれてから今までのいろんなことを。

 生まれ変わってから今までのいろんなことを。

 そいつをゆっくりと折り畳んでいく。俺と言う名の物語みたいなそれを。


(……経緯とは経糸たていと緯糸よこいとからなる。……周囲の者を思い浮かべよ……奪い返せ!)



――思い浮かべる。渋い声に言われたことはよくわかんねーけど、とにかく思い浮かべる。

 龍の言葉。おひい様の兇悪な笑み。長双さんの雄姿。尚の土下座。玲華ちゃんの大泣き。蛟の声にツァン師匠の声。あとついでにミンの声。おひい様の元部下の三人の声に、ほかのモブのみんなの声……。


 俺の周りはなんだかかんだで、いっぱい人とか幽霊とか竜とかいるなー。

 引き篭もってた頃がウソみてーだ。


 全部の記憶を畳んで行く……推オジサンのこと、ロウじいさんにシャンばあさん、ムーの人々、地官長のおっさんに、雪に、公爵様……両親の顔、≪ヤツ≫の顔……え?

 なんでだ? なんで思い出せるんだ?



(……いいぞ! すべて、奪い返せ! そして、封をしろ!!)



――よくわかんねーけど、よしきた! 封だ、封じる! 蓋して引き篭もれ!

 そこんとこ、俺の腕前はプロ級だ!! ……いや、プロって言っても引き篭もってる間、自分で稼いだことなんて無いけど……。


 でも、俺の≪魂≫――現在の俺が、なんかのカラみたいのに包まれてく感じがする。

 殻――つうか、袋? その口をゆっくり内側から引き絞る。



(――成った。――良いか? これよりは、出来る限り多くのものをそこに留めておくのだ――)


 渋ーい声が引き篭もる直前に聞こえた気がした――



…………広っ。俺の心(?)ん中、広っ。

 そん中をぐるぐる思い出が感情を伴って廻ってる。輝きながら孤を描くように回ってる。


 どっかで見たような光景だなぁ――




 〓〓〓



 朱蝶は≪死≫を理解した――

 ゆえに、己のかたちも呑み込んだ――


「……今、朱蝶の≪閉神の術≫が成った……」


 これで、ひとつ艱難を越えた。


『……貴様、何者だ? よもやただの鬼ではあるまい。……≪仙≫か? 悪神か?』


 男の身体の内側から、苦しそうな竜の誰何すいか

 そう、朱蝶を守ったとは言え、≪異気≫の乱れは已んでいない。

 ツァンどのも、ミンどのも、公国の鬼の誰もが苦しんでいる。呑まれぬように。


「蛟……いや、蛟どの。……己はただの鬼――死人だ。尸さえ晒す事の適わなかった死人ゆえ、名など無い」


 男が操る身体の前に立つ、ふた柱の悪神も警戒している。


「あなた……≪尸仙しせん≫?」


 掌大の、透明な器を持った悪神が眉根を寄せて問うてくる。

 もう片方は、膝立ちになりながら、男を睨んでいる。


「――あたしのを返せっ!!」


 ちらりと横を窺えば、≪雷名≫卿と侍従どのが駆け寄って来る。


「……言われずとも……」


 そうして、男もまた自らの≪閉神≫によって、朱蝶の身体を手放した――


 

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