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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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十八、≪女神の腸(はらわた)≫(三)――九女――


 〓〓〓




 ≪女神のはらわた≫十六姉妹。


 古の≪女帝≫、その十六のはらわた――十六の臓器から産まれた十六柱の悪神たち。

 ほかの獣やひとなどと同じく、彼女たちは自分たちがどのように産まれたのかは正確には知らない。

 ただ、彼女らは自分の母――彼女らを産み出すとなった完全なひと柱の≪神≫が、≪女帝≫であった事を産まれながらに理解している。



 広い帝域に悪神は多くは無い。

 正確に何柱いるのかは知らないが、その中でおそらく彼女ら十六姉妹は比較的古く、数が多く、力のある悪神には違い無いだろう。

 だが、無論、無敵というわけにはいかない。


――≪水帝≫の眷属――


 数多くの≪仙≫。

 それら≪仙≫の多くは≪五帝≫を奉っている。

 ≪仙籍≫が記される五つの≪仙碑≫が、≪五帝≫に関すると言われる五つの山にあるからだ。


 北東――≪風帝≫が在ったと言う≪太山たいざん≫。

 南――≪炎帝≫の墓とも言われる≪極南山きょくなんざん≫。

 およそ中央――≪黄帝≫が登仮したと言われる≪荊山けいざん≫。

 西――≪白帝≫が今も在る≪崑崙山≫。


 そして北西――≪水帝≫が破壊したと聴く≪不山ふざん≫。


 それらは五岳に対して、≪五山≫と呼ばれる。

 ≪崑崙≫以外の四山に≪神≫はいない。


 ≪仙≫どもとは、それぞれの≪帝≫の≪意≫に適おうと、難行に明け暮れるひと、あるいは死してのちに己の名が≪仙碑≫に刻まれた者だ。

 そうすると、そのひとや尸は≪仙≫となる。いや、正確には≪仙≫と認められる・・・・・


 ≪仙碑≫へと名を刻み込む者は最も優れて≪仙気≫を操ると言われる五仙。

 そして、五仙の一角――五仙のうち最も古く≪仙≫になったと言う≪澄清真人≫が問題だ。


――≪澄清真人≫――


……≪水帝≫の眷属の中では、穏やかなほうではあるが、その配下たる≪仙≫どもは彼女にとって煩わしい。

 いや、本人も彼女らを見つければ見逃すはずは無いだろうが……。


 ≪水帝≫の≪意≫を伝える者、そう呼ばれている。

……「元・ひと」のこの≪仙≫は、彼女たちよりも古くから存在する。



「ひとだったクセにふざけた爺だ……」


 思わず彼女は呟いていた。

 彼女の連れにしてみれば、それはいつもの独り言だから、なんという事は無い。

 しかし、ひとの船頭には少々、悪い事をしたと彼女は思った。


……ずーっと、小刻みに震えているのだ。

 そう、ひとというものは本来ならば可愛いものだと彼女は思う。

 それに役に立つ。水に濡れずに川を渡れる舟などというものは、不器用な彼女たちの手からは産まれない物だ。


 車もそうだ。

 どうして、畜生に木の車輪を付けた荷車を牽かせよう、などという考えが産まれるのか不思議でしょうがない。


「≪仙≫などに成らねば、至極可愛いく、便利なものだというのに……特に≪水帝≫なんぞを奉るとは……」


 独り言を繰りながら思うのは、彼女の宿敵の事。



 ≪水帝≫には独りだけ子があった。息子だ。

 息子とは言うものの、≪帝≫の子どもなのだからどのような産まれか知れたものでは無い。

 しかし、一度遭ってしまった時には、まるでひとのような姿に見えた。


……しかし、中身は≪仙≫以上に可愛げの無いヤツだった。


――≪脩神≫――


 彼女たち十六姉妹が産まれてそれほど経ってない頃、だいたい五百歳ほど経った頃だろうか?

 その男は急に現れた。


 いや、彼女たちも悪かったのだ。大人になった今ではそう思う。

 悪神という産まれの為か、彼女ら姉妹の成長は遅かった。身体はほぼ今と変わらないままだったが、心が幼かった。

 当時は、姉妹たちの中でも精神的に大人びている彼女も、奔放だった。下のほうの妹たちに至っては、まるでひとの子供のようだった。


…………人里を襲いまくり、十六姉妹みんなで近場の山の≪神≫を殺し回ったのだから、確かに良くは無かったとは思う。


 いつものように山を下りて、≪神≫の死体を玩んでいた彼女たち姉妹の前に、その男は現れた――



――初めまして≪脩神≫です。君たちと同じ悪神だ。趣味は帝域漫遊。一応、親の仇だから、ちょっとした呪詛をかけさせてもらうね――



 その男はそう言った。

 勿論、断固拒否した。だから、いつものように上の姉たちが先制攻撃を仕掛けた――


――次の瞬間には、一番上の双子と三女が空を飛んでいた。


 四女と五女が躍りかかるも、同じように男の身体に触れる前に別々の方向へ飛ばされ、男の後ろから迫っていた下の双子の姉は、一括りに吹き飛ばされた。


 残ったのは六女と彼女と彼女より下の妹たち。

 彼女は男の前に立ちはだかった。



――下の娘たちは、まだ心が幼そうだな……姉さんたちのところに飛ばしてあげよう――



 見逃さないのか……。


 そう思った瞬間、頸根っこを掴まれて放り投げられていた。その瞬間、首筋に悪寒。おそらくその時に呪詛を仕掛けられた。

 同時に理解した。なるほど、男――≪脩神≫の動きがあまりに早かったから、姉たちがなす術も無く弾き飛ばされたように見えたのか、と。



――気づいてみれば、深い森の只中に最も幼い容姿の十六妹と共にいた。


 ほかの姉妹たちとも念話で話す事は出来たが、誰独り自分の居場所さえわからなかった。

 しようが無いので≪異気≫を拡げてみたら、急に身体中に発疹が出た。

 あわてて≪異気≫を引っ込めた。痒み、発熱、痒み。


 慌てて他の姉妹たちに警告を発しようとしたが、遅かった。


……結局、十六姉妹中、比較的大きな≪異気≫を持つ彼女を含めた十柱が同じ症状を訴えていた。


 高熱は下がらず、発疹は消えない――


 これが呪詛? ≪異気≫を使うと発動するのか?

 産まれて初めて死ぬかと思った。


 六日目、漸くその症状が治まった。

 姉妹でそれぞれ差はありつつも、他の八柱もほぼ回復していた。問題は四女だ。四女だけはなかなか回復しない。



――四姐は、≪神気≫に思いっきり≪異気≫で触ったみたいだよー。ほかの姉様たちはー? ――



 四女の傍にいた十三女が念話でそう言った。

 十三女も、四女と共に≪異気≫を拡げていたようだが、呪詛は発動しなかったらしい。


 そして、彼女にも心当りがあった。そう、発疹が出る直前、彼女もまた≪異気≫で≪神気≫に触れていたのだ――

 ほかの姉妹たちも、我も我もと≪神気≫に触れた、と言う。



――≪神気≫に触れると発動する、呪詛?


 なんて、忌々しい!!


 結局、十日かかって四女もなんとか恢復した。

 というより、十三女が十日目に母上の≪帝器≫を使ったのだ。


 母上の遺品――五つの≪帝器≫。

 彼女たち姉妹の切り札。


 それを与えられたのは四女・五女・十三女・十六妹、そして彼女――九女だけ。

 ほかの姉妹たちはそれを羨んだりはするけど、譲れるものでも奪えるものでも無いし仕方が無い。


 四女に与えられた≪風杖・豪遷≫は持ち腐れだとは思うが……。


 十三女が与えられたのは≪風爵ふうしゃく露祝ろしゅう≫。

 周囲の力を集め、一滴の液体へと変えるさかずき

 その液を受けた者は、蘇生する。


 代わりに十六姉妹全員の力が減るという、厄介な効果が付き纏う。



――四姐の為だしねー――



 念話でそう言った十三女に、全員が同意した。

 なぜなら、四女が明らかに死にかけていた事が全員にわかったからだ。

 その時、初めて知れたのだが、姉妹の誰かが死にかけるとみなにその位置がぼんやりわかるらしい。

 おそらく、死んでしまえばもっとはっきりする。それは姉妹の共通の見解だ。



 その後、姉妹たちの対応はそれぞれ違っていた。

 一番上の双子の片割れと十一女、もうひと片割れと十四女、三女と十二女らの三組は、≪脩神≫を殺すと息巻いて≪神気≫に触れては寝込む日々だ。


 本格的に≪神≫から御坐を奪うと決めた四女と十三女、五女と十女、六女と十五女、下の双子の四組はどこかで強い≪神格≫を手に入れようと奮闘している。


――そして、彼女――九女と十六妹は……。


 姉妹たちを求めて旅をしていた。

 荒ぶる上の双子にそれぞれ従っている十一女と十四女が念話で嘆くからだ。

 ふたりの妹は≪神気≫に触れてしまうたびに、双子の姉ともども死にかけている。


 姉らは良いかもしれないが、付き合わされる妹たちは堪ったものでは無い。

 姉らは身体が強いが、妹たちは下に行くほど弱いのだ。


 だから、九女は姉妹たちが死にかけるたびになんとなくわかる位置を頼りに旅をする。

 ひとというものを使う事は、千二百歳ほど前に憶えた事だ。たまたま知り合った、杣人そまびとが思いのほか使えた。

 ほかの姉妹たちの多くはひとというものを蟲程度にも考えていない。

 だが、彼女たちは山に近づけないのだから、数多ひとがいるような里に行く事も頻繁なのだ。


 だから、九女は主にその杣人の子孫たちを頼って、旅をしている。

 おかげで千歳前には十一女と十四女を回収し、一番上の双子の姉を引き合わせてやり、三百歳ほど前には四女と十三女にも一度合流し、姉妹六柱で≪相柳しょうりゅう≫をも退けた。



――≪相柳≫――



 ≪水帝≫の眷属の中で、今のところ最も厄介なのはこいつかもしれない。

 ≪水帝≫の治世の頃の配下で、その後≪神≫に登ったらしいが、母上の娘たる彼女たち姉妹に復讐を誓って悪神となった。


 三百歳前はあの杣人の子孫が何やら、帝都で出世したらしく≪竜帝≫の助力を仰ぐことが出来た為に退ける事が出来た。

 その後、≪竜帝≫によって五体を裂かれ封じられたのだが、≪水帝≫の眷属は蘇る。


 ≪水帝≫自身も、一度蘇っているぐらいだ。

 ≪相柳≫が蘇る事もあるだろう……。



――最近、阿呆の四女が母上の≪豪遷≫を使った――


 姉妹の生死同様、≪帝器≫の使用も姉妹全員に伝わる。

 みなは勝手に生きているので、それほど気にかけていなかったようだが、彼女は驚いた。何せ千歳ぶりだ。


……それに気になる事がもうひとつ。

 今の杣人の子孫の一人に聴いたところでは、≪相柳≫の封じられた丘は東南にあると言う。

 なんか、四女と十三女もそっちの方角にいるらしい。



――ということで九女は今、十一女と十四女、そして十六妹を引き連れて帝域は東南へとゆっくりと向かっている。

 今、乗っている舟は壊水を渡っているのだと、船頭が震えながら言った。


 九女自身には方角が今いちわからない。

 五仙や五山の話なども、杣人の子孫に聴かされただけで、どっちに何があるのかなどという事はわからないのだ。



『ごめんねー。ちょっと四姐の婿が死んじゃったから≪露祝≫使うよー』


 突然、十三女の気の抜けた声が頭に響いた――


『四女の婿って、どうせまた脆いひとだろ? ほっとけよ』


 一番上の双子の姉が声を揃えて言う。

 それに同調するように、下の双子も不平を言う。


 これは数百歳に一度ある、恒例行事だ。

 彼女もそう思った。しかし――


『新しい義兄さんは凄く強い≪神怪≫だよー』



『――助けろっ!!!』


 ≪神怪≫しかも強い。――ならば≪神≫を殺せるはず。姉妹たちに御坐を齎してくれるかもしれない。

 姉妹たちの誰もがそう思ったに違いない。

 この場にいない、十柱の声が揃って轟いた――


『待て――』


『了解だよー』


 念話が一方的に断たれた。


「九姐、……良く無いかも」


 言葉が少ない十六妹がふた月ぶりに喋った――



――≪相柳≫に気づかれるかもしれない。


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