十六、≪女神の腸(はらわた)≫(二)――四女とは――
昨日、十三女は相も変わらず気の抜けたような喋り方で四姐の情報をべらべら喋った。
キリが無さそうなので、途中で長双さんが質問を絞ったぐらい喋った。
長双さんが、訊いたのは以下の通り。
・四女はどの程度のエネルギーを持っていて、どのようにそのエネルギーを集めたのか?
質問の前半部に対しては、俺がツァンの言葉を即座に伝えた。……さすがに長双さんでも驚いてた。
――そう、あの力の量はどう考えても不自然なのだ。
長双さんが操る≪気≫くらい、力の収集効率が良かったとしてもおかしい。
なぜなら、四姐の≪異気≫は拡げた時でもせいぜい俺の≪異気≫の半分以下の大きさしか無かった。
順当に考えると、長双さんの力の数十倍程度――数万人ぶんぐらいが妥当のはず。だけど、ツァン師匠の目測によると五百倍以上――五十万人ぶん以上だってんだ。計算が合わない。
それとも悪神はエネルギーの収集効率がもの凄くイイんだろうか?
・四女にはどのような弱点があるのか?
俺とおひい様が四姐に対して取った攻撃手段については、俺の身体の中から観察してたツァン師匠の言葉を長双さんに伝えてある。
どうやら頸が大きな弱点だ、ということも含めて。
だけど、わかってる弱点が頸だけじゃこっちの攻め方は単調にならざるを得ない。
長双さんの意図は明白。つまり、俺が狙える部分を増やしたいのだ。
・四女にはどのような長所があるのか?
四姐はまず皮膚が鉄並み。着てる服についても長双さんには伝えてある。
考えてみれば、あれも反則的な装備だ。防刃性と耐熱性。
さらに、頭髪もめちゃくちゃだった。あの服があの髪で造られているんだとすれば、頭部はほぼ鉄壁だ。
かと言って、鉄みたいな皮膚に刃が通る気もしない。長双さんが気になってるのは、さらにストロングポイントがあるんじゃないか? ってことらしい。
……あったら、俺はどこを攻撃すればイイのか、わかんねー。
・四女にはどのような攻撃手段があるのか?
四姐が俺に対して使用してきたのは、拳。
追い詰めたら、あの≪豪遷≫とか言う透明な棒も使って来た。
……あれを使われたら正直勝ち目なんて一個も無い。
それに、ほかにもどんな武器を隠し持ってるかもわからない。万が一、≪豪遷≫以上の奥の手があったら、軽く5、6回は死ねる。
・四女が好んで使う戦術・戦法はあるか? あるならば、どのようなものか?
長双さん曰く、どのような強者といえどもクセは抜けないのだそうで。
特にひとつのステータスが飛びぬけて高いヤツほど、それに頼ってしまうことが多いんだと。
それは、それで利点はあるけども、それを潰された時にできるスキは致命的だと、長双さんは言う。
……龍の身体の中で聴いたことある話だ。
言われてみれば四姐は身体の強さに依存した近接白兵戦闘をしかけてきた。
おひい様の≪竜眼≫に縛られてようと、こっちに向かって進んで来たぐらい。
今、冷静になって考えるに、俺も相当阿呆だ。
龍に精神体として取り憑いてた時に、あれだけ長双さんとシミュレーションしたって言うのに、それがひとつも身について無かった。
そう、ふつうに考えれば、四姐とエンカウントした時、あの時は逃げるコマンド一択だったんだ。
おひい様を抱えて、尚を回収してから走る。
おひい様の≪竜眼≫が効いてる限り、四姐はそれほど高い機動性能を発揮できたはずが無い。
ある程度距離を取ったところで、おひい様に≪竜眼≫を封じて貰って、姿を晦ませる。
四姐の声が聞こえたのが、おひい様の≪竜眼≫開放とほぼ同時だったことを考えれば、四姐だか十三女だかの索敵範囲に引っかかった理由は≪竜眼≫。
だから、それで逃げ切れた可能性はある。
ただ、それは相手が四姐単体だった場合の仮定。
十三女が四姐に協力してたら、俺たちが逃げても捕捉された可能性は高い。
……そう考えれば、十三女をこっち側に取り込めた現状はかなり悪く無いはず。
たぶん……。
俺が冷静に反省点を列挙していると、長双さんの質問にちょっと考える顔してた十三女が口を開いた。
「……まず、最初の質問だけど。四姐は吝嗇家だからねー。贄――四姐の場合は食べ物、それを≪喰らって≫力を溜めると滅多に使わないんだよー。そうやってコツコツ二千歳溜め込んだ力が四姐の中にはあるんだよー」
うちは、すぐ使っちゃうんだけどねー。と続ける十三女は、なにげに怖ろしいことを言った。
二千年溜め込んだ力?!
そりゃ、どう逆立ちしたって俺がなんとかできるモンじゃねえわ。
「四姐は≪脩神≫を討つのに力を蓄えてるから、何があろうと大きな力は使わないんだよー。……たぶん、その前に阿呆だから力を溜めこんでることも忘れてると思うー」
本当にコイツの言うとおりだったら、四姐は阿呆を通り越して病気だと思う。
長双さんが、なるほどって頷きながら、先を促した。
「四姐の致命的な弱所は頸だけだよー。膚の内側は割と柔いけど、その膚が堅いしねー。あと何より肉が凄いの。……だから、肘とか膝とか、肉が薄いところは意外と脆いかもよー」
「つまり、かの悪神の強所は肉――筋肉という事ですか?」
長双さんの問いに十三女は頷く。
「四姐は姉妹たちの中では、三姐の次に膂力が強いんだよー。三百歳前、≪相柳≫と争った時も、ずっと素手だったしー。朱蝶と≪竜眼≫持ちは凄いよー。四姐に≪風杖≫を使わせたんだからー」
「その≪風杖≫とやらは、かの悪神ひと柱にて、扱えるものなのですか?」
長双さんの問いに十三女は首を振る。
「無理だよー。≪風杖・豪遷≫は母様の遺した兵器だからねー。……少なくとも阿呆の四姐だけじゃ使えないよー?」
朗報。それは朗報だ!
つまり、十三女が四姐に寝返らない限り、あの≪豪遷≫とか言う武器は発動しない!
俺の生存確率が僅かに上がった!!
……まあ、あの鉄肌を斬れる気がしない時点で、詰んでる気もしてるけどね。
「つまり、貴女様がかの悪神に協力しない限り、かの悪神は肉弾戦を挑んで来る?」
長双さんの問いに、また十三女が頷いた。
「四姐は自分の見目と、膂力には絶対の自信を持ってるからねー。……阿呆だよねー」
なるほど。
つまり、四姐はナルシストの力自慢だ、と。
脳筋にもほどがあるって言いたいぐらいの、イタい女だ。
「……ふむ」
以上の情報を総合して考えてるのか、長双さんが押し黙る。
その長双さんを指さして、十三女が不満そうな声を上げる。
、
「ねえ、尚姐? こいつ≪仙≫なの? だったら厭だよー。……なんかこいつの気配、≪澄清真人≫にちょっと似てるしー」
何、その漢方薬みたいな名前の人?
そう言えば、蛟も長双さんのこと≪転仙≫とかなんとか言ってたような?
『長双はひとを大きく逸脱しておるにも関わらず、己が≪意≫を強く保ったままだ。ひとが生きたまま≪仙≫に転ぶを≪転仙≫と言う。長双はまさにそれだ。ふつう、≪仙≫は尸より転ぶ。≪転仙≫はなお稀だ』
よくわかんねーけど、長双さんは稀少ってことか?
やっぱ、凄い人なのか?
『長双は、既に単なる≪神格≫の域を超越しておる。お前の知る≪白帝≫の如く、≪生神≫となるべきだろう』
長双さんは、あの隕石落としたり、キメラ産み出したりする≪白帝≫と同レベルだってのかよ?!
『無論、≪白帝≫は隔絶しておる。……しかし、同類と言えば言えなくは無い』
…………俺の師匠はマジもんの≪神≫クラスだったわけか……。
「……十三女様は、四女様を裏切るに躊躇いは無いのですか?」
ふと、考え込んでた長双さんから投げかけられた問い。
今度は十三女が考え込む。
阿呆の悪神は沈黙の末に、言った。
「無いよー。……だけど、出来れば殺さないで欲しいー」
……うーーん。微妙。
どう受け止めるべきなのか、判断に迷う。
コイツ――十三女はどこまで本気なんだ?
苛められてきた姉貴に手酷い仕返しがしたいのか? それともちょっと見返してやりたいだけなのか?
「朱蝶どのは、何を望まれますか? かの悪神を滅したいのか、それとも退けるだけで良いのか?」
長双さんにそう訊かれても困る。
いや、困らないのかもしれない。だって、俺は四姐を人間認定してしまってるんだから……。
俺はちらりと十三女を見てから長双さんに答える。
「できることなら四姐を殺さないで、退ける方向がいいっす」
長双さんに苦笑され、尚に溜息を吐かれ、十三女に駆け寄られて嬉しそうに背中を叩かれた。
「義兄って呼んでいいよねー?」
「それは違う」
俺の即答にむくれた十三女を尚が回収したところで長双さんが言った。
「ならば、取り得る策はひとつですね――」
(チッ)
ツァンが舌打ちをした。
俺は何か気に障ること言ったか?
―――
俺は息を殺してる。
≪神怪≫と言えど、この状態はかなり苦しい。
(堪えろ……十三女とやらが言うには今少しだ)
ツァンの言葉。
十三女は姉妹たちとテレパシーで会話できる。
それによって、なかなか現れない四姐を誘き出すことにした。
ちなみに、ここ数日の成果で俺の中にはおよそ幽霊二万人ぶんほどのエネルギーがある。
ふつうに四姐とガチンコになれば勝てるはず無いけど、四姐はケチだから普段蓄えてるエネルギーを気前よく使うことは無い。
つまり、四姐が本気になる前に俺が四姐を戦闘不能に追い込めれば勝ちだ。
その時、落下音――風を切る音が上から聞こえた――
直後、周囲が揺れた気がした。
たぶん、何かが地表に落ちたせいだ。
「なんだ、こいつら? おい、妹! あたしの夫はどこだ? あの≪竜眼≫持ちの娘もいねえじゃねえか?」
轟いたのは、四姐の大音声。
相変わらず声デケえ。
おかげで、四姐のだいたいの位置がわかる。
「四姐、四姐。落ち着きなよー。≪竜眼≫持ちはいないけど、義兄さんはいるよー?」
この状態のせいで、気の抜けた十三女の声がやけに籠って聞こえる。
十三女と四姐の距離は数メートル。
そして、十三女は予定通り灌木に腰掛けた状態から立ち上がる。軽い足音が俺の鼓膜に響く。
続いて重い足音。たぶん、四姐がゆっくり十三女を追う音だ。
「どこだ? あたしの夫はどこにいる? それにあいつらはなんだ?」
遠巻きに見つめる長双さんと尚を、四姐が指してることだけはわかった。
俺には見えないけど。
(……そろそろですな……太極は陽。陽は少陰。日月は――)
俺の中の巫祝三人が呪文を斉唱し始めた。
俺もその後をぼそぼそ声で追う。
「『――宙空に麗し、五穀草木は地上に麗し。重黎は日月歳を計り、火正、祝融を戴く――』」
十三女には小蟲とやらの索敵で、俺の位置がわかってる。
でも、猛る四姐には俺の姿は見えないし、俺のぼそぼそ声は聞こえない。
「もう少しで見えると思うよー」
「いい加減にしろ! 妹!」
そんな会話をしながら、四姐がおれの頭上を通り過ぎた――
「……『≪離≫――≪豪焔≫……』]
俺は発火した剣をまず、地表へと解き放つ。
すぐに、俺自身も地中――柔らかくひび割れた泥土から姿を現した――
屈む俺の眼の前には、四姐のアキレス腱が映る――
「――うんっ?」
四姐がそう言って振り返るのと、俺がありったけのエネルギーを込めて剣を横に薙いだのは、ほぼ同時だった――




