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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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十四、下手糞

(常に通用する最善の一手などというものはあり得ぬ。だが、戦士たるもの常に勝たねばならない。相反する要請をどのように止揚するか。……その為にはまず――)


 現在。俺は、南鄙城壁外を走っている。中天に差し掛かる太陽にじりじり灼かれながら、走ってる。

 ちなみに、さっきから聞こえてくる声は俺の中で喋ってる、ツァン『師匠』だ。


(朱蝶は、まず身体の操り方が拙い。おそるおそる身体を使っているからだ)


 いや、だってさ、この身体メチャクチャじゃないっすか?

 思いっきり跳べば垂直跳びで40メートルくらいは跳べる気がするし、立ち幅跳びでも30メートルくらいの崖を跳び越えたわけで。

 そりゃ、慎重にもなるってモンです。


(ゆえに垂れ流した≪異気≫のみで、どれほど動けるか、確かめているのだろう)


 そう、今、俺は持久走のテスト中なのである。

 肺が痛いっす、師匠。もう、良くないっすか?


(ふむ、まあ、良いだろう)


「……だあっ」


 俺は南鄙の南門まで、あと数メートルというところに倒れ込んだ。

 俯せに寝転んだ俺の上に陰ができた。

 見上げれば、元祖・師匠、長双さんが俺を見下してる。


「なるほど。ムーも、夏官とそう変わらないようですね?」


 俺は脳内と、身体の外に居るふたりの師匠によってしごかれてる。



――なんで、こうなったのかというと話は簡単だ。

 話は俺が推オジサンの口車に乗ってしまった直後に遡る――



 謁見の間を退いた俺たちは、官邸のお役人さんにそれぞれ男子と女子に別れて官邸内の部屋へと案内された。

 龍と玲華ちゃんは夫婦だから、推オジサンの計らいでふたりでひとつの部屋を使ってもイイってことになった。


 つまり、男子部屋には今、長双さんと俺しかいない。

 一礼して、俺たちを案内したお役人さんが扉を閉める。離れていく足音を確認してから、俺は泣いた。


「――どうしよう! 長双さん、どうすればイイっすか?」


 長双さんは、ぽかんって顔してる。

 何が? って表情。


「俺が独りっきりで四姐に勝てるワケ無いじゃないっすか!」


「そうなのですか?」


 俺は激しく頷きながら、捲くし立てる――

 あの、悪神がどれだけバケモンか、ということを!!


「アイツ、身体ん中に何万人ぶん? って力持ってるんです。そのせいで≪異気≫拡げなくても大丈夫らしくて、しかも身体すげえ堅いんすよ? あと、服も推さんに貰った剣で斬れないヤツだし、なんか暴風の固まりとかっていう武器使って来るし!! 腕力も異常だし、俺なんか殴られただけで内臓破裂すんじゃねえかって――」


「朱蝶どの!」


 珍しく長双さんが出した大声に、俺は停止。


「なんとなくは伝わりますが、好くはわかりませんよ?」


「ああ……」


 俺は凄く残念。残念な気持ち。

 天才の長双さんなら、俺の拙い説明でも「わかりました。では、こうしましょうか?」ってな具合で、即座に打開策を提案してくれると思ってた……。


 そら、そうだ。いくら長双さんが戦闘の天才で、戦闘中毒バトルジャンキーだからって、自分の眼で見てない悪神に対して有効な対策がそうぽんぽん出てくるわけが無い。

 でも、俺にはなんていうんでしょうか、あの四姐の隔絶ぶりを表現する言葉が無い。

……詰む。俺は四姐に鹵獲ろかくされてしまう。あの巨乳は魅力的だけど、それと引き換えに自由を売り渡すのは、断固拒否したい。


 いや、待てよ。推オジサンは「独りで退けろ」って言ってたんだから、四姐に謝って一端引いて貰えばイイんじゃないか?

 どんなに格好悪くてもそれで良くない? ……いや、でも四姐は俺以上に阿呆だから……。


(おい、しょうもない事を考えてないで、己の言葉を≪雷名≫に伝えよ)


 ツァン? ブリョウの親父がなんで急に?


(言うぞ)


「……『かの悪神は、朱蝶がおよそ周囲二百里より集めた力にて振るった剣を弾いた。朱蝶は≪異気≫の繰り方が拙いゆえ、鬼にして六千ほどの力しか発揮出来なかったが、それほどの力を以てしても、悪神の髪を二十本ほど斬ったに過ぎない。しかし、あの悪神の髪は元より強靭にして、おそらくあわせの材にも』――」


「朱蝶どの!」


 また、長双さんが俺の言葉を中断した。

 長双さんの顔は真剣そのものだ。


「……それは、朱蝶どのの言葉ではありませんね? かと言って蛟どのの言葉でも無い」


 断言する長双さんに俺は頷き返す。


「……なるほど。シヴ・シャン様から聴かされてはおりましたが……まさか、このような……」


 呟き、黙りこくる長双さん。

 俺の中のツァンも沈黙。


 何、この緊張感? ちょっといたたまれない。


「……先を」


 僅かな沈黙の末に長双さんは、そう言って俺の中のツァンを促した。

 ツァンがまた、語り出す。

 滔々と語るツァン。その言葉を口にする俺の声に耳を澄ます長双さん。



「……『――ゆえに、朱蝶が≪異気≫を用いて集めた力を凝らせば、かの悪神の皮膚を裂き、肉を削げる。しかし――』」


「――朱蝶どのが、≪異気≫の用い方を改めねばならぬ、と……」


 長双さんが、そう引き取った言葉に、短くツァンが、


(そうだ)


 と返す。


「『そうだ』って言ってます……けど?」


 長双さんが立ち上がる。


「時は限られております。今より、朱蝶どのを鍛える事に致しましょう」


(妥当だな)


「今からっすか? もう陽は落ちてますけど?」


 長双さんはゆっくりと微笑んだ。

 そして、無慈悲な一言。


「私が考えていたよりも、悪神は強く、朱蝶どのは弱い。だから今からです」



――こうして、俺の鍛錬は開始された――



 で、結局、俺はいったいココを何周したんだ?

 昨日の夜から、なんか丸太を持って素振りとか、短距離走とか、槍投げとか、幅跳びとかやらされたけど……。

 きわめつけが、今終わった持久走。昨日の深夜に開始されて、漸く終わったわけだけども。


「およそ半日で、三里ほどの外郭を五十二周ですか……」


 渋そうな顔で言う長双さんに、俺は異義を申しあげたい!

 俺、十数時間で150キロぐらい走ったんじゃん!

 間違いなく世界記録レベルだ!!


(……足りぬな。己が生きていた頃ならば、半日で二百里は駆けたものだが……)


 バケモンどもめっ!!


「朱蝶どのが只今纏っておられる≪異気≫でも、私に比肩するほどはあるというのに……」


「……か、かんべん……」


(……しかし、これで平常時の≪異気≫を纏った態での、朱蝶の能は知れた。……次は)


「次は≪異気≫を存分に拡げて、全てを行って下さい」



――無慈悲。

 だけど、すべては俺の為なんだから、俺には返す言葉も無い……。


 その後、俺は休憩を挟まずに同じことを今度は≪異気≫を拡げた状態で繰り返すことになった。

 俺としては、≪異気≫を拡げてまた生きてる人たちにもなんか影響が出ちゃ堪らないと思ってたけど、


「さきほど、朱蝶どのが走っている間に姫様にお尋ねして参りましたが、この辺りは十分に力が漲っているそうで生者に障る事は無いそうです」


 長双さんが微笑みと伴にそう言ったので、俺は破れ被れで≪異気≫を拡げて、体力テストに挑む。


 漲る。余裕だ。

 あんだけキツかった体力テストが超余裕。それから俺はほぼ一昼夜かけて同じことを繰り返した。


 素振りをすれば空気との摩擦で丸太が燃え上がり、短距離走はまるで瞬間移動。

 槍を投げれば地平線の彼方へと消え、幅跳びをすれば地面にクレーターができた。

 

 最後に、高速で南鄙の周囲を駆けまわる俺に向かって、長双さんが手を振って止まれの合図をした。

 急停止。


「既に、百周を超えました。これ以上はもう好いでしょう」


 しかし、長双さんの表情は晴れない。

 何さ! 俺はおおよそ体感で2時間程度で300キロも走った計算だよ!

 時速にして150キロですよ!! その辺のスポーツカーにだって負けませんよ!!


(≪異気≫を用いて力を集めてその程度か……下手糞め)


 なんだよ! なんだってんだよー!


「……ひとは、≪気≫を用いて力を集めたとしても、その力に見合った能を発揮できるわけではありません。話を伺う限り、悪神といえどもそうなのでしょう。……しかし、十倍程度では」


(足りぬな。悪神の膂力はまさしく山をも砕くものだ)


「――でも!」


「よろしいでしょうか、朱蝶どの? 私が今より目一杯≪気≫を従えますゆえ、それを≪異気≫にて包み込んで私の力を計って下さい」


 そう言うと、長双さんは微笑みながら≪気≫を纏った。


(ふむ、一里四方だな)


 一里――400メートルぐらい? つまり、俺の二百分の一? でも、長双さんの身体の中にある力の結晶は……。


「いかがでしょうか?」


 長双さんの笑顔に俺は唖然とした。

 長双さんの体内の力は、たぶん感覚的には人間の幽霊で言うと千人分ぐらいはありそう……。

 いや、もちろん俺が≪異気≫を拡げた時に比べればだいぶ少ない。少ないんだけど……。


(わかったか? 下手糞め)



……長双さんは俺の二百分の一程度の大きさの≪気≫で、俺の六分の一もの力を集めて来てる。


 なるほど。俺は下手糞だな。


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