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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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十三、朱蝶、誘導される



 眩暈がする。視界がぐるんぐるんしてる。

 待て。非人道的な提案にもほどってモンがある。



「叔父上! お待ちください! 朱蝶は妾の――」


 口を尖らせるおひい様に、推オジサンが微笑みかける。


「ハッちゃん。まあ、落ち着きなさい。少々、質しておかねばならぬ事がある……」


 そう言うと推オジサンは、十三女へと目を据えた。


「そなたが≪女神のはらわた≫とか言う悪神のひと柱か?」


「そうだよー。尚姐の義妹、≪女神のはらわた≫十六姉妹が十三女だよー」


「うむ。わしは、そこな可愛い姫の叔父にして、皐公国が公子、推と申す。……時に、そなたとそなたの姉は、なぜ我が姪の一行を狙っておるのじゃ?」


 自己紹介し合うふたり。そして、推オジサンは質問に入る。

 言われてみれば、その辺りのことはちゃんと訊いて無かったけども……。

 確か十三女は「御坐を奪いたい」とか言ってたような……。四姐も俺に≪神殺し≫をさせる気みたいだったし。


 そこらへんがコイツらの目的だとしても、俺を四姐に差し出したところで、おひい様が目の敵にされてるのは変わらないし、俺が一行から抜けると戦力が低下してしまうんじゃないか?


「公子、推ねー。わかったー。あなたには≪禺≫の系は及んでないみたいだし、なんか面白いから、初対面だけど教えてあげるよー。……うちら悪神は御坐から墜ちた、元≪神≫なんだよー」


 十三女もなんか軽い。

……推オジサンも大概軽いし、たぶん波長が合うってヤツなんだろう。

 べらべら喋り出した。


「うちらみたいな悪神はー、だいたい≪神≫に戻りたいって思ってるんだよー。でも、悪神が≪神≫に戻る為には、偶々≪神≫が消えた御坐の近くに居て、≪●≫に捉えて貰うか、今いる≪神≫を殺して、御坐を奪うかのどっちかしかないんだよー。うちらも母様が元≪神≫っていうか、≪帝≫だから、近場の≪神≫が消えればわかるんだけどー」


 そこで十三女は、おひい様を見る。

 そして気怠そうに指でおひい様を差しながら続ける。


「うちらも、≪神≫なんかすぐに消えると思って最初の千歳ぐらいは余裕ブッこいてたんだけどー、千歳ぐらい前から、こいつら≪禺≫のひとどもってのが、『神産み』とかして御坐を埋めてくわけなんだよー」


 うちらが坐るはずだった御坐を埋めてくんだよー、ヒドいでしょ? って言う十三女は気づいてない。

 おひい様があまりの怒りに、蒼褪めた顔してるのに気づいてない。


……だけど、ちょっとだけわかった。

 つまり、コイツら≪女神のはらわた≫とやらは就職活動中なんだ。

 でも、途中から人材派遣会社の≪禺≫っていうヤツらが活躍し出して、就職難。


 その≪禺≫っていう会社が百年ぐらい前に倒産しても、天下泰平の為、≪神≫はなかなか消滅しなくて就職氷河期到来。

……で、久々に近場で求人――皐山にいるだけの簡単なお仕事キター! ……って思ったら、まだ≪禺≫が存続してて、求人は即埋まってしまった。

 ってな感じか? ……なんつーか、千年も余裕ブッこいてた自分を呪えばイイ。自業自得だ。


「しかし、そなたら姉妹は、たったふた柱にて皐山の≪神≫を弑し奉った我が姪らを追い詰めたのであろう? どこぞの≪神≫の御坐とやらを奪えば良いではないか?」


 推オジサンの疑問ももっともだ。でも、その問いに対する答えは予想できる。

 アレだ、≪脩神・・の呪詛・・・だ。


「そこなんだけど、ちょっと聴いてよー? うちらは母様が≪水帝≫を封じたからって、≪水帝≫の放蕩息子の≪脩神≫に呪詛受けちゃってー。≪神気≫に近寄ると、発疹出るのよー」


 乙女の柔肌にありなえないよねー、って言う十三女。

 しかし、四姐と対峙した俺に言わせりゃ、柔肌って硬度じゃ無い。

 鉄人です。


「なるほど。……つまり、そなたの姉は我が姪に及ぶ≪禺≫の系の能を憎んでおり、朱蝶のような己の代わりに≪神≫の御坐を奪える者を欲しておる、と?」


「そうだよー。朱蝶に関しては、たぶんそれ以上だけどー」


「そなたは≪神≫の御坐を奪おうとは思わんのか? それの障りと成り得る我が姪を憎いとは思わぬか?」


 推オジサンの瞳が暗い光を放っていた。

……この人、姪可愛さ余って、悪神の一匹や二匹なんとかしようと思ってる!

 しかも、この姪バカなオジサンが本気出したら、ちょっと何とかできそうだから余計コワい!!


 十三女はその光に射られてちょっと怯みながらも、言う。


「……うちは、この二千歳で初めてひととちゃんと話してるしー、悪神の生活もそこそこ気に入ってるしー。……それに尚姐がいるから……」


 そこで尚を窺う十三女。

 尚はちょっと困ったように微笑み返す。

 微笑みかけられた十三女は有頂天になりながら言った――


「尚姐のイヤがる事なんてしないよー?」


「なるほど。では、良かろう。くれぐれもそこな尚をよろしゅう頼む」


 表情を和らげながら軽く会釈する、推オジサン。

 十三女は張り切って応える。


「任せといてよー」


 その言葉を聴いて、おひい様に向き直る推オジサン。


「良く聴きなさい、ハッちゃん。……その悪神とやらは確かに、ハッちゃんを目の敵にしておるようじゃが、察するに主にそこの朱蝶に執心のようじゃ。ならば、差し出してしまえば良かろう? そこな悪神の娘の言葉を聴けば、みだりに『神産み』を行わずば、狙われる事も無い」


「朱蝶どのはおひい様の僕であらせられます!」


「尚も聴きなさい。侍従ならば、主の身を第一と考えるべきじゃ。ならば、主の為に僕のひとつやふたつ、悪神にくれてやらんでどうする?」


「朱蝶は≪神怪≫ですぞ? 叔父上。……このような僕がそこらに転がってるとお思いですか?」


「≪神怪≫というものが、どれほどのものかわしは知らぬ。しかし、主を危険に晒す僕ならば、棄ててしまえば良い……だって、じゃないとハッちゃんは、西の果てまで行く、とか言い出すじゃろ?」


――本音漏れてる!

 そんなことじゃねーかと思ってたけど、このオジサンは良く無い。

 可愛い子には旅させよーよ!


「妾は朱蝶を手放す気などございません!!」


 頼もしい! おひい様が普段の百倍ぐらい頼もしい!

 そう、あの悪神なんかに差し出されてしまった日には俺はどんな扱いを受けるかわかったモンじゃない!!


「えーー。……ならば、朱蝶。お前はどう思う?」


「…………え?」


男ならば・・・・、我が身を己で守れぬは恥では無いか?」


 推オジサンはそう、俺に微笑みかける。

 でも、その目の奥は例によって笑って無い。


「聞けば、お前は我が甥の龍の身体を使ってわしをたばかった」


 オジサンの眼が鈍く光り出した。

 騙したわけじゃない。そうじゃないけど、確かに俺は勝手に龍の身体を使ったことがあるし……。


「その上、≪二天≫とやらに絡め取られておるとかで、わしの可愛い姪っこに≪神殺し≫をさせよった」


……プレッシャーが凄い。

 なんだ? この迫力は!!


 でも、≪神殺し≫についてはおひい様が勝手にやった……いや、元を正せば俺のせいなのか?


「さらには勝手に、悪神とやらに見初められ、公命を奉じる一行を危機に晒しておる。……わしだったら、自害しておるなぁ」


 それも、俺のせいじゃ無い気がするけど……。

…………なんか泣けて来た。

 言われてみれば、俺は厄介事しか提供してない気がする。

 あれ? 俺はみんなに必要とされる人間になりたかったはずなのに?


 俺自身が厄介者なのか?

……俺はココでも余り者・・・なのか?


 俺って、いったい……。


「叔父上!」


 おひい様が推オジサンに向かって非難するような口調。

 そんなオジサンを責める口調は初めて聴いたけど、俺はそれどころじゃない。


「畏れながら推様! 朱蝶どのは、己が兄も同然。兄を助けるは弟の勤めにございます!!」


「ハッちゃん、それに龍。わしとて何も朱蝶を苛めたいわけでは無い。……しかし、朱蝶にも矜持というものがあろう。……なあ?」


 そう言いながら、俺に圧力をかけてくる推オジサン。


――無い。はっきり言って俺にプライドなんてものは、無い!

 だけど、今ココでそんなこと言えば、推オジサンに殺されそう……。

 いや、仮にも≪神怪≫の俺が人間の推オジサンに殺されるわきゃ無いんだけど、社会的に殺されそう。


 そう、推オジサンの言うことは至極もっともなんだ。

 俺は気づいてみれば、この世界の社会法則に絡め取られてる。

 俺の身分証明書――かまぼこ板は、公国発行だし、俺独りじゃ宿に泊まることもままならないのは、半ばおひい様のせいだったけど、南邑で証明されたような気もする。


 例えば、俺が独りで「≪神怪≫なんだゾ!」って宣言しても、南邑の邑長みたいに震え上がってくれる人はいないだろう。鼻で笑われる。

 おひい様の権威があって初めて、俺は≪神怪≫ヅラできる。

 尚は自分のこと「半端者」って言ってたけど、俺のほうがよっぽどハンパだ。見た目、人間。中身、怪物。

 そういう意味では、悪神の十三女や四姐のほうが俺に近い。


 俺に近いコイツらがどんなふうに生きてるかと言えば、十三女に聴いたところじゃ幸運を頼りに人里を荒らす日々だ。

 俺が朱蝶でありたいなら、この世界の人間社会に馴染みたいなら、みんなの存在は欠かせない。

 でも……あんまり考えたくはないけど、都に戻れば俺たちは一時解散、ってなことになる。……たぶん、高確率で。


 だって、おひい様は公国に必要不可欠な存在らしいし、尚はおひい様に付き従うことになる。

 龍には虞衡とやらのお役目があるし、長双さんに至っては領主になる予定。

……つまり、≪崑崙≫とやらには、ふつうに考えれば俺独りで行かなきゃならない。


 これから、おひい様の暴虐に涙することになる人々のことは尚に任せればイイとしても、長双さんとムーのこれからは気になるし、龍に降りかかる呪いとやらも気にはなる。

 だけど、このまま≪神≫なんかに常時狙われてるような俺が、みんなの傍にいるほうがよっぽど迷惑――



――阿呆の俺は、その事実に、推オジサンに言われてから、やっと気づいた――


 つまり、俺は相も変わらず寄生しようとしてたんだ……。

 みんなが俺の為に≪崑崙≫くんだりまで来てくれるのが、当然。……どっかで俺はそう思ってた。


 んなワケねー! みんな、俺に付き合ってる暇なんかあるワケねーんだ!

……俺の問題なんだから、俺独りでなんとかするのが当然! しかも俺は≪神怪≫なんだから、独りでなんとかできなきゃおかしいんだ!!

 そんな当たり前のことに、今さら気づくなんて……。


「……俺が独りで四姐を退けて、≪白帝≫様の庇護を求めに行くのが、スジってモンでしょう、ね?」


 俺の言葉に、推オジサンはもっともだ、って顔で頷く。


「……朱蝶、何を言うておる?」


 おひい様の声は冷静でも、顔は蒼褪めてる。

 おひい様はお怒りであられる。

――だけど、俺にだってココばかりは譲れない――


 みんなに、おひい様に頼ってばっかりじゃ、せっかく生まれ変わった意味がねえ。


「――おひい様。俺は、俺の力で歩かなきゃならないんすよ……。みんなに守られてばっかりじゃ、龍に兄貴ヅラできないじゃないっすか?」


「……朱蝶どの?」


 龍の声に俺は決意を固めた。


「皐推様、お願いがあります!」


 土下座。こっちに来てから何回も繰り返して来たけど、今回ほど必死になったのは初めてだ。


「……言うが良い」


「龍と玲華ちゃんに、長双さんぐらい強い護衛を一人付けて下さい!」


「……良かろう。長双どのに比肩する手練れは、帝域を見渡してもおるまいが……例えば≪鄧梧とうご≫ではどうじゃ?」


 俺は推オジサンの言葉に、ちらりと長双さんを窺った。

 長双さんが頷いてる。


「お願いいたします」


 俺の言葉に笑み溢す、推オジサン。


「不遜じゃな。お前、よほどわしが信に足らぬと見える」


「……いえ。俺は物を知らぬものですから、≪鄧梧≫なるお方が、どのような方か知りません。……俺の信頼に応えてくれる人たちは、世界で五人しかいないので、どうかご容赦下さい」


「ふふっ、……面白い。朱蝶! 貴様に機会を与えよう! ここ、南鄙にてかの悪神、≪女神のはらわた≫の四女を迎え撃ち、独力にて退けよ! ……見事火中に栗を拾う事適えば、貴様の願い存分に叶えて遣わそう!」


 推オジサンの言葉に、俺はゆっくりと叩頭した――



……こうして、俺は四姐と決闘することになったんだけど、……当然、俺たちは四姐が現れるまで南鄙に足止めなわけで。

 推オジサンの思惑通りってことなんだろうねー……。


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