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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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十二、皐推、再登場



 途中、そんなこんながあったにも関わらず、俺たちは夕暮れに浮ぶ城壁を見上げていた。

――とうとう着いてしまった、南鄙。



「叔父上はご健勝であられようか?」


 ウキウキしてるおひい様の下方で、俺のテンションは極めて低い。


「ねー、尚姐? まずは四姐を血祭りに上げて、封じ込めよー。次は、一番上の双子の姐様たちかなー? ……あ、九姐より下は無害だから大丈夫だよー」


 ウキウキして物騒なこと言ってる十三女を背中に背負った尚のテンションも低そう。


「龍ちゃん? お元気ないよ?」


 眠そうな玲華ちゃんをおんぶしてる龍も、気持ち顔色が悪い。

……そうか、龍は俺に身体を貸してたから、推オジサンの恫喝を知ってるんだったな。



「さて、官邸まで参りましょうか?」


 長双さんが微笑みと伴に振り返りながら、そう言った。



 ここ南鄙の官邸は中心よりちょっと北側にある。どうも、ムーの南からの攻撃に備えた造りらしい。

 前回は北側の門から入ったけど、今回は南側から入る。

 街並みは首都に良く似てる。大通りが真っ直ぐ門から官邸まで続いてて、その両サイドには背の低い建物たちがズラリ。


……今回は、その大通りがやけに長く広く感じる。官邸までの道のりが遠くに。

 いや、実際に前回官邸に向かった時より、物理的に遠いんだけど、どっちかって言うと心理的距離が遠い。


…………行きたくねえ。



「おい、朱蝶! 遅れておるぞ!」


 おひい様の叱声が落ちて来た。

 気がついてみれば先頭を行く長双さんと、俺以下後続の間には数メートルほどの間が開いてる。


 振り返れば、俺の後ろを歩くふたりの顔は見事に淀んでる。


「早うせい!」


「……はい」


 大人には、やりたくなくても、やらなければならない時がある。

 進みたくなくても、進まなけりゃいけない時がある。……俺はのろのろ一歩を踏み出した。お腹イタイ。




 ―――




「――叔父上!!」


「――ハッちゃん!!」


――既視感デジャヴ半端ない。



「ねえ、ねえ、尚姐? ここ大きいね? あのひと何? 誰?」


「義妹どの……お静かに」


「龍ちゃん、……眠いよ……」


「もう少し、もう少し頑張りましょう、玲華どの?」


 尚と龍は、子供たちを大人しくさせる為に忙しい。



「遅かったじゃない、ハッちゃん! わし、心配しちゃったよ?!」


「叔父上、妾も早くお会いしたかったです!」


 オジサンに駆け寄ってにこにこ顔のおひい様に、姪を見て緩みまくった顔して微笑む推オジサン。

……コワい。何がコワいって、この後にあの緩んだ顔のオジサンからかけられる言葉を想像するとスゴくコワい。


「卿! この老骨めの寿命を縮めようとの思し召しか?」


 嘆きのおじいちゃん――確か朗召さんが、悲嘆に暮れて首を振ってる。


「――すまん! 朗召! ……さあ、ハッちゃん? お席にもどりましょうね?」


「はい! 叔父上」


 ゆっくりと席に戻って座るおひい様に、一座を見回す推オジサン。

 長双さんの上でその視線が止まった。


「なにやら人数が増えておるが……まずは長双どの。此度は我が姪を無事、南鄙まで届けてくれた事、まことに感謝する」


 微笑むオジサン。叩頭する長双さん。


「侍従、尚」


 尚がその声にびくりとする。


「よく、我が姪を守ってくれた。……して、国都への復命はいつを予定しておる?」



 その問いに俺も尚も龍も固まった。

――先手打ってきやがった!


「……こ、公命を奉じておりますれば、明朝にはここ南鄙を発ち――」


「それには及ばぬ」


「そ、それは?」


「既に兄上の元へは使いを走らせた。どうじゃ、ひと月ほど逗留して身体を休めては?」


「ひと……」


 尚、絶句。俺も絶句。龍の身体が萎んでいく。


「遅れたとは言え、そちたちがこの南鄙を発ってより、まだひと月と旬ほどじゃろう。ここから南沼までは、ふつうの脚で往復ひと月はかかる。あと、ひと月ぐらいの逗留ならば兄公もお赦し下されよう――」


「畏れながら、卿。公命は、帝命に次いで重うございまする。私情にて、姫様方の脚を御留めしようとはいかがなものか?」


 おお! 嘆きのおじいちゃん、頑張れ!


「まあ、待て朗召。わしとて承知しておるわ。……しかし、いたいけな姫を初め、≪雷名≫卿といえども疲れておるはず。それをこの南鄙にてねぎらうは、兄上の御≪意≫にも適うとは思わぬか?」


「しかし、ですな――」


「どうじゃ? 長双どの?」


「……殿下の≪意≫のままに」


 長双さん……裏切りやがった!!


「姫も、どうじゃろうか?」


――終わった。

 おひい様が推オジサンの勧めを断るはずがねえ。

 俺はこれから一か月にわたって、推オジサンに恫喝され続けるんだ――


「叔父上。それが、妾はお言葉に甘えたくても、甘えられぬのです……」



――驚愕。

 おひい様がもの凄く残念そうに、推オジサンのお誘いを御断りしてる!

 尚も驚いてる。


「えーー? ……ハッちゃん、わし、嫌われた?」


「まさか! お優しい叔父上をどうして嫌うなどという事が……」


「では?」


 推オジサンの問いかけに躊躇するおひい様。

 長い間を取ってから、おひい様はゆっくりと口を開いた。


「……申し上げれば長うなるのですが。……実は妾たちは、皐山の≪神≫を弑し奉りまして――」


「ひ、姫様っ?!」


 嘆きのおじいちゃんこと、朗召さんが崩れ落ちた。

 あ、完全に腰抜かしてる。


「ふむ、それで?」


 一方、推オジサンは超冷静。

 肝が太えなあ。


「妾が神産みを行ったゆえ、皐山に変事は無いのですが――」


「か、神産みっ……」


 マズい。マズいよ、おひい様。

 朗召さんの余命が削れて行ってるのが、傍目にもわかるもの。


「おお! さすがはハッちゃん! わしの可愛い姪っこじゃ!」


 軽っ! オジサン、軽っ!

 おひい様もイイ笑顔だわー。褒めて貰いたかったんだねー。


「……それもこれも、妾の愚かな僕の朱蝶めが、どこぞの――」


――ダメ! それは……――


「おーまーえー……かぁーーっ!!」


 大迫力の怒号!!

 それが……なぜか、龍に向けて放たれた――


 きょっとーん、です。はい。


「……ぅあーーんっ!」


 泣き出す玲華ちゃん。

 わけわかんないって顔で、身体が縮んでく龍。


――そこで、俺は初めて気がついた。

 そういや、俺、龍の身体借りてる時に推オジサンに会ったんだった!


「ま、待って! 待ってください!」


 推オジサン、俺の言葉を無視。


「こらぁ! 僕の分際で、わしの――」


「お、叔父上! 落ち着いて下さりませ! その者は朱蝶ではございませぬ。……玲伯母上の子息、龍にございます」


「……ハッちゃん? え? 玲って、あの玲さん? ……あれ、だって……」


「はい。叔父上の義姉、妾の伯母上に当たられる玲様です。……以前、お会いした時には朱蝶が龍の身体を借りておったのです」


 呆気に取られる推オジサン。

 龍が隣でびぃびぃ泣いてる玲華ちゃんを抱っこしてあやし始めた。


「……ハッちゃん、わしにもう少し詳しゅう説明を頼む」


「はい……」


 おひい様がゆっくりと口を開いた――




 ―――




 おひい様はかいつまんで説明する。

 俺がおひい様に捕まった夜のこと。公爵様の命令で南沼に行くことになったこと。龍の意志が出発直前に身体の底に沈んで、俺が身体を借りてたこと。

 南沼に到着してみたら、蛟の母ちゃんがいたこと。蛟の母ちゃんを倒したところで、≪怪≫になりかけた蛟が出て来たこと。その蛟の身体を俺がブン捕って≪神怪≫になったこと。


 その俺がどうやら≪二天≫だかなんだかってのと、俺には良く聴き取れない≪世界の法則ルール≫の影響下にあるらしいこと。

 結果、世界中の≪神≫がどうやら俺を狙ってるらしいこと。それから逃れる為には≪白帝≫の元に行かなきゃならないらしいこと。



「――そして、なにやら南邑にて、そこな悪神――≪女神のはらわた≫に襲われ、その四女に付け狙われておるのです」


「なるほど。……少し待ってね、ハッちゃん」


「はい……?」


 おひい様に断りを入れた推オジサンが手を叩きながら、人を呼ぶ。


「おーーい! 誰ぞおらぬか? 朗召が倒れた」


 壁際を見ると、朗召おじいちゃんが腰を抜かしたまま白目剥いてる。

……死んじゃってないよね? 結構なお歳に見えるからちょっと不安。


 謁見の間に入って来たふたりの人が、朗召さんを運び出す間、俺に突き刺さる視線。

――見てる……推オジサンが俺を睨んでる!


「……まずは、南虞衡、龍どの。謝罪しよう」


 朗召さんが運び出されると同時に、推オジサンがそう言った。


「いえ、そのような――」


「そなたの母上――玲には、わしも世話になった事がある。……そなたの嫁御は蛮のようじゃが、南邑では暮らし難かろう。なんなら我が南鄙に居を構えるが良い」


「有り難いお言葉とは存じまするが……」


 叩頭する龍に、うん、って頷く推オジサン。


「まあ、虞衡ならばそう言うと思ったわ。しかしいつでも、わしを頼るが良い。玲の子息ならば、系は及ばずとも我が甥じゃ。困ったらいつでも来い」


 微笑む推オジサン。

 恐縮する龍。


「さて、姫よ。そして、尚」


 急に重々しく、推オジサンが声音を変えた。

 畏まるふたり。


――俺を睨みつける推オジサン。


「南鄙城主・皐推がここに提案する。……≪神怪≫朱蝶をその悪神――≪女神のはらわた≫の四女とやらに差し出してはどうじゃ?」



――ナンダソレ!!


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