十一、尚、義姉妹の誓いをする
さて、俺たち一行の旅程は凄く順調だ。
尚に背負われた十三女は、なんか思うところがあったらしく、早速、玲華ちゃんをあやしてる。
「いいかな? うちは寂しい悪神じゃ無いんだよー」
……あやすって言うよりか、マインドコントロールしようとしてるように聞こえなくもない。
まあ、玲華ちゃんの笑い声が聞こえるので、良しとしておこう。
南邑から国都に到るまでの街道沿いにも大きな山は無いという話なので、このまま行けば今日中には南鄙に着きそうだ、って龍も言ってる。
南鄙、南鄙かあ…………。あっ!
……俺の脳裏に戦慄の記憶。
もしかすると、尚がげっそりし始めたのは、十三女のせいだけじゃ無いのかも知れない。
――推オジサンの存在をすっかり忘れてた!!
―――
南鄙。
現在、皐公国、第三の都市であるその街は、戦時の拠点として拡大した。
戦後は、城主にして上卿、そして公爵の弟でもある≪皐推≫の元でさらなる発展を遂げている。
「父上にはおふたりの弟君がおられる。妾の叔父上じゃな。……北は≪壊水≫という大河のほとりにある≪北鄙≫城主をしておられる上の叔父の≪皐砕≫叔父。下の叔父が南鄙城主であられる推叔父上じゃ」
おひい様は十三女が若干静かになったことで、ちょっとご機嫌を取り戻したらしい。
「砕叔父は厳しいお方じゃが、推叔父上は優しい。また、どちらの叔父上も有能であらせられる。隣の≪蓼侯国≫においては『子公国の≪宰甫≫か、皐公国の≪二公子≫か』と噂されるほどじゃというな」
「……はあ」
「両叔父上は共に『子国の≪宰甫≫様と比べられるなど、不敬だ』などと仰せになられるが、妾としては叔父上方が音に聴く≪宰甫≫様にも劣るとは、思えぬ。……妾の兄上方にもそれほどの覇気があれば良いのじゃが」
「……はあ」
「公子と言えば真っ先に叔父上の名が上がる。それほどに、兄上方は影が薄い。五人もおってなぜあのように……聴いておるのか? 朱蝶!」
「き、聴いておりますとも」
でも、俺がおひい様に訊いたのは、「推様のお好きな物とか無いんすかね?」って話だったと思うんだけど……それがなんでおひい様の情けない兄貴たちの愚痴を聞かなけりゃいけないんでしょうか?
「しかし、姫様。姫様とご同腹の兄君――第二公子の御噂は聞こえてきますよ。……なんでも、巫術を使われる、と」
最近、山賊みたいなヒゲ面ともオサラバした、寡黙に先頭を歩いてた長双さんが珍しく会話に参加してきた。
復路の長双さんは問われれば答えるってスタンスだから、基本的にはあんまり積極的に会話に参加してこない。
それだけ先頭で注意力を使ってるってことなんだろうけど、街道に出たことでちょっと余裕が出て来たらしい。
「卿、そうは言うが、兄の使う巫術はそう大したものでは無い。直截に申せば、兄にそちらの才は無いのじゃ。……むしろ、兄は己が身にて≪気≫を操る事に長けておられるように妾には見える。一度、戦場にでも立ってみれば良いのじゃ」
おひい様は手厳しい。母ちゃんが一緒だからなのか余計にオブラートに包むことを忘れた言い方だ。
まあ、おひい様は蛟によれば≪破格≫ってヤツらしいし、天才に凡人の苦悩はわかんねーだろうなあ。
……そこで、俺はひとつ気になった。
「戦場に立つって、でも、この国で戦争とかってまだあるんですか?」
「大乱はありませんね。しかし、多少の匪賊はそこここに出ると言いますし、いざとなれば帝軍に馳せ参じる、という手もあります。……広い帝域には未だ、乱の火種は多いですからね」
さすがは長双さん。そっち方面のことはよく知ってるみたい。
……ひょっとして長双さんも、まだ現役で闘ってみたいとか思ってるんだろうか?
「しかし、姫様。苦言を呈するようですが、戦場に立たれる要の無い方が無理に戦場に立たれる事は無いのです。……確かに、兄君様は公子であられますので一軍を率いる機もあるかもしれませんが、それでも姫様がそれを願われるのはよろしくありませんよ」
長双さんはやんわり諭すように、厳しいことを言うなあ。
「……すまぬな、卿。そなたの前で、妾が戦の話を軽々に持ち出すとは……」
「いえ、姫様。私も失礼を」
おひい様が素直に謝ってるし、長双さんは長双さんでわざわざ足を止めて腰を折った。
何、その大人なやり取り?
「……さて、しかし、戦働きと言えば、やはり推殿下でしょうね。あの方はなかなかの――」
踵を返して進み始めた長双さんの言葉。
それをぶった切る衝撃発言が最後尾から聞こえて来た。
「あ、四姐が近づいてくるよー」
「え?」
「は?」
「何ぃ?」
「じゅ、十三女どの? まことですか?」
「うん、尚姐。……あ、でも止まったみたい……」
十三女の報告に俺たちほっと息を吐いた。
十三女はどうやら、例の身体に飼ってるウィルスだかバクテリアだかに索敵までさせてるらしい。
……よくよく考えると、コイツを四姐から引き離せたのは僥倖だったのかもしれねえ。
「止まってしまったのですか?」
みんなが安堵の溜息を漏らす中、独り残念そうな長双さん。
戦闘中毒の長双さんは、悪神とも手合せしてみたいらしい。……タチ悪い。
「十三女どのを取り返すつもりでしょうか?」
尚の言葉に十三女が頷いてる。
「四姐はうちら姉妹の中でも粗暴だし、ぶきっちょだからねー。うちがいないとまともに森も歩けないと思うよー。≪神気≫の動きもおかしいし」
「≪神気≫があると、何か問題があるのですか?」
長双さんの問い。
十三女は背中から一度、尚の顔を窺ってから、ちょっと気が進まなそうに口を開いた。
「……うちら姉妹は、≪脩神≫から呪詛を受けてるからねー。だから御坐を奪いたくても、近づけないんだよー。……ほら、尚姐と≪神怪≫のお義兄さんは見たでしょー? 四姐の顔にぽつぽつが……」
……ああ、そう言えば……って、待て? お義兄さんってなんだ?
「あの、お義兄さんってなんすか?」
訊いてみた。
「……? 四姐と夫婦の誓いを立てたんでしょー?」
「立てとらんわぃっ!!」
おひい様の怒号が降って来た。
十三女はそれを無視して、俺に向かって首を傾げてる。……おひい様を無視するとは、イイ度胸してやがる。
「……立てて無いっす」
「おかしいよー? 四姐ずっと、『あたしの夫も共か?』って頭の中で訊いて来るんだよー? あなたの事でしょー?」
……待て待て待て。いったい何がどうして、そうなった?
俺は頭を抱えた。
「……俺はお断りしたと思いますけど?」
「四姐は一途な阿呆だから、無理だよー? 惚れた男を自分で殺しちゃうまで諦めないんだよー」
「……殺す、って……どうして?」
「四姐は力が強いのに阿呆だから、殺すつもりは無くても、みーんな死なせちゃうのー。……お義兄さんは≪神怪≫だから大丈夫そうだねー」
考えてみればお義兄さんみたいなのは初めてだよー、って言う十三女。
「今までは、みーんな二日保たずに死んじゃったから、四姐も今回は張り切ってるみたいだよー」
俺の総身から血の気が引いて行く――
どうやら、ただの悪神じゃなくて、連続殺人犯に見初められてしまったらしい。
バツが何個も付いてるらしいバケモンが後方にいる。俺を狙って――
「――え、どうすればイイっすか? なんとか穏便に治める方法は無いんすか?」
「姉の幸せを願わない妹はいないよー?」
……さんざん、文句言ってたくせに!!
「……それにお義兄さんが殴られてれば、うちは殴られないと思うし……」
ぼそりと聞こえた、十三女の本音に俺は決意する。
「――おひい様、コイツを思いっきり抛りましょう!! どっか遠くまで放り投げてしまいましょう!」
「妙案! 妙案じゃぞ、朱蝶!! ……そうじゃ! いっそどこぞの≪神気≫にぶち込んでやるのじゃ! さすればこやつの姉妹がこちらに集まる事も無く、四女を足止めする事が適うじゃろう!」
「しょ、尚姐、助けてよー」
十三女は歩み寄る俺を見て、尚の首に縋りつく。
尚は口の端をひくひくさせながら、俺の前に手を突き出した。
「尚! そやつを朱蝶に渡せ!」
「おひい様、朱蝶どの、まあ落ち着いて……十三女どの……」
尚の手が背中に伸びて、十三女の頭を掴む。
そして、ベリベリ自分の背中からその身体を引き剥がした。頭を持たれた十三女はじたばたしながら、尚の前に引きずり出される。
「痛い、痛いよー。尚姐」
ぷらーんって十三女の手足を宙に浮かせながら、尚は凄く優しい声で話しかける。
「よろしいですか? 朱蝶どのは、おひい様に仕える身ゆえ、あなたの姉上様の夫にはなれませぬ」
「……こわい、顔がこわいよー。尚姐」
尚と俺の間には、頭を掴まれた十三女がブラ下がってるから、俺にはその表情は見えないけど、どうやらコワいらしい。
「お選び下さい。尚めと共に来るか、このまま≪神気≫の只中へと放られるか……」
「…………えーと、尚姐の義妹にしてくれる?」
「良いでしょう。立ち合いは、……おひい様、お願い致します」
「――本気か?!」
さすがにおひい様もびっくりしてるみたい。
いや、俺もびっくりしてるんだけど……。
「おひい様。尚めも十三女どのには多少の愛着が湧いておりまする。……それに、一度は盾としてしまいましたし……」
いや、そう言えばそうだけど……。
「では、誓いの獣を狩って参りましょうか」
そう言い残すと、長双さんが森の中へ消える。
適応力が高すぎるぜ、長双さん!
「……しかし、なぜ、その悪神は止まったのでしょうか?」
龍の疑問ももっともだ。
「たぶん、うちがいないから慎重になってるのと、呪詛が収まるまで距離を取ってゆっくり付いて来るつもりなんだよー」
急に、龍からの質問にも躊躇無く答えはじめる十三女。
切り替えが早ええな、おい。
「四姐も女だからねー。顔があんなじゃ、お義兄さんの前には出れないと思ってるんだよー」
「……俺、朱蝶だからねっ!」
「わかったー。朱蝶ー。うちの事は妹だと思ってよー」
――なんでだよっ!
―――
30分もしないうちに長双さんが牛を担いで帰って来た。
その牛の耳を、おひい様が切り取って、耳から零れた血をおひい様の荷物の中にあった二つの小皿で受ける。
血が収まった小皿を尚と十三女は受け取ると、それぞれその皿に口をつけて血を飲んだ――
まずそう。
「この≪巫姫≫が見届けた! これにてそなたらは姉妹じゃ!」
「義姉様、よろしくー」
「こちらこそ、義妹どの」
――こうして、尚はなぜか悪神と義姉妹になってしまった……。
「…………尚姐と一緒に、上のほうの姐様たちは、みーんな半殺しにしてやるんだから……」
…………十三女が溢した本音。
どういう心境なのか、俺にはよくわかんない。
可愛さ余って憎さが百倍なのか、それともイビられまくった恨みなのか……。
とにかく……。
――おそろしい娘っ!!




